三人称:たのしいお茶会 中編
今日から夜更新(21時過ぎまでには)になりますm(__)m
「……見たのでしょう? その時の様子を教えてくださる?」
カテリーナにとってはお待ちかね(?)の尋問の開始である。
(あああ! 確証を持っていらっしゃる! シャンパンタワーの事も、すでにご存じでわたくしの反応を窺っていらっしゃったのですわ! ……もう、隠すことは出来ません)
クラリゼッタがシャンパンタワーについて知らない振りをしていたのは単に恥ずかしかったからである。
「は、はい……その場におりました。……わたくしが見た事の無い娘がシャンパンタワーをなさいまして、地方の貴族らしいのですけれどどこの領地の方かまでは存じ上げ──」
「その娘の出自は興味が無くってよ!」
クラリゼッタはつい後ろめたさから叫んでしまった。彼女にとって奴隷のクーの事は隠したい。奴隷を使ってまで平民のアレンに貢いだなど口が裂けても言えないからである。
しかしカテリーナはまたクラリゼッタを怒らせてしまった、また失敗してしまったとすくみ上がる。
「し、失礼いたしました! シャンパンタワーはディメンションという魔王が経営している恋物語の──」
「それは知っていてよ!」
クラリゼッタは話を進めたい気持ちが先行し、先ほどの勢いでまた叫んでしまった。
(ひぃい! わたくしだってクラリゼッタ様がディメンションに足を運ばれていた事は存じております! でもそれを知っている事自体が罪なのでしょう⁉ ……いえ、きっとこれは通過儀礼です。ここで叱咤されるのは予定調和なのです。クラリゼッタ様の問いにすべて答える事がわたくしの贖罪なのです)
カテリーナにはもはやクラリゼッタこそが魔王にしか見えない。なのでもう許しを請うため全てを話すことに決めた。
だが直接的な言葉で断罪されていない以上、貴族は常時たおやかに振舞わねばならないのだ。カテリーナは泣きそうになりながらも明るく会話を続けることに努めた。
「左様でございましたのね。流石クラリゼッタ様、情報を広くお持ちでいらっしゃいますわ!」
侍女のベアトリアスはここでクラリゼッタの紅茶を「冷めてしまいましたね」と交換した。紅茶はまだ湯気を立てている、つまりお茶会で使うサインのうちのひとつであった。
クラリゼッタはサインにより自分の話をしていなかったと気付く。
「……わたくしもその店に行ったことがあってよ」
行ったことがあるどころではない、全通である。
カテリーナはその言葉にホッと胸をなでおろした。クラリゼッタから「ディメンションに行った」という話さえ出してもらえれば格段に話しやすくなるからだ。
「まぁそうでしたの⁉ 存じ上げませんでしたわ! ではシャンパンタワーが入ったアレンというナイトはご存じでいらっしゃるかしら?」
パキッ。
(あら? 何の音でしょう?)
クラリゼッタが「アレン」という単語に思わず力み、カップの持ち手を破損してしまったのである。
「クラリゼッタ様! お怪我はございませんか⁉ 私が事前に気付かず申し訳ございません! ティーカップが劣化していたようです、代々使用している最高級の物をカテリーナ様のためにご用意されたのですものね! すぐに新しいセットをお持ちいたします!」
「え、ええ、大丈夫よ……お願いするわ」
(侍女の致命的な失態を咎める事も無く、なんとお優しいお方!)
カテリーナは怖い顔の公爵夫人の思わぬ優しさに感動した。まるでお伽話に出てくる、実は心優しいオーガが小動物と触れ合っている場面を垣間見たようであった。不敬である。
(……じ、実はお優しいお方なのかしら? わたくしの罪もこの場だけで終わらせてくださるようですし……)
元より罪など無い。
ティーセットが交換される間にも、カテリーナは沈黙にならないよう話を続ける。
「ア、アレンというナイトは平民なのですけれど、見目麗しく言葉遣いもそれなりに出来るので貴族からの指名が多いそうですわ」
アレンに貴族言葉を学ばせたのは自分なのだ。その自負がクラリゼッタのプライドを刺激した。
「それなり、ではなくってよ。彼は貴族言葉をほぼマスターしているけれど、あえて親しみやすいよう言葉を崩しているの」
自身の言葉を否定されたカテリーナは「もう本日何度目の失敗でしょう⁉」と絶望する。が、何か引っかかりを覚えた。
(……あら? な、なぜクラリゼッタ様がアレンの事を詳しくご存じで? アレンはわざと言葉を崩しているの? これは新しい発見だわ!)
「そ、そうなのですね。流石クラリゼッタ様、一度会話をしただけでその人となりがお分かりで……」
「わたくし、アレンを永久指名していましたの」
カテリーナは思わずヒュッ! と息を吸い込み、気絶しないよう全身に力を入れる事しか出来なかった。もちろん思考は強制終了。
「……それで? シャンパンタワーの様子は?」
クラリゼッタに話を促され、我に返ったカテリーナは何とかシャンパンタワーの様子を話し始める。
しかしそこはアレンにハマッてしまったカテリーナ。ついつい熱が入り、一から十まで克明にその時の様子をひたすら話し続けてしまった。普通のお茶会なら一人だけ喋り続けるなどマナー違反である。
「──という感じで、まさにあの一時はかの娘が店の中の頂点であるかのように見えましてよ! ああ、わたくしもいつか決戦日でシャンパンタワーをしてみたいですわ!」
自分のシャンパンタワーの詳細を聞き終えたクラリゼッタは大変満足し、キラキラと目を輝かせながらこう言った。
「そうよ! シャンパンタワーの頂点のグラス、あれこそが店の頂点を示す聖杯と言ってもおかしくないわ!」
頬を紅潮させ、興奮した様子で自分の話に同調してくれるクラリゼッタを見てカテリーナはふと気付いた。
(あ、あら? クラリゼッタ様は王命で魔王の調査に行っていたのではなくって? もしかしてわたくしと同じように楽しんでいた……?)
「そ、そうですわね! でもカリンという平民の娘によってアレンのナンバーワンは叶いませんでしたわ……」
クラリゼッタはギリッと扇子を握りしめた。「自分があの場にいればアレンをナンバーワンに出来たのに!」と。
「残念だったわ……」
(残念? クラリゼッタ様はやはりアレンをお気に入りでいらっしゃる? ……ハッ! 何てこと⁉ わたくし、クラリゼッタ様の「被り」というものじゃない! こ、この被りこそが罪⁉ わ、わたくしは被りだなんて知らなかったのです! お許しを! 何卒お許しを!)
今日この場に呼び出された理由を「被りの排除」と勝手に結論付けたカテリーナは、さあっと青ざめブルブル震えあがった。
しかしそんなカテリーナの様子に気付くこともなく、クラリゼッタは採寸見学会の話を促す。
カテリーナは「わたくしがアレンの中の頂点だなんて言ったら処刑ですわ!」と慎重に言葉を選び、おずおずと話し始めた。
しかしそこはやっぱりアレンにハマッてしまったカテリーナ。話をしているうちにまたまた熱が入り、一から百まで克明にその時の様子を話し続けた。
「──という感じで、まるでセレネー様が月夜のヴェールをアレンのためだけに纏わせたかのように錯覚してしまうほど素晴らしかったですわ!」
(ハッ! わたくし、また暴走してしまって⁉ あああ! 危なかった! 大丈夫、わたくしがアレンに選ばれし者という事は言わずに済みましたわ)
カテリーナは採寸と決戦日の様子をクラリゼッタへ伝えるための伝書鳩としてアレンに選ばれたので、あながち間違いではない。
「そうなのね! きっとアレンがセレネー様までもを惑わせ寵愛を受けたのだわ!」
クラリゼッタ、ノリノリである。
「まぁ! セレネー様まで虜にするとはアレンはなんて罪なナイトなのかしら⁉」
「くっ……アレンには困惑させられるわね……」
(クラリゼッタ様が嬉しそうにわたくしのお話を聞いてくださっている……。何ひとつ咎められない……。この茶器から紅茶、菓子まで全て本当にわたくしのために……? もしかするとこの方は……)
カテリーナの淑女らしからぬ熱い語りに対し、少女のように目を輝かせ相槌を打ってくれるクラリゼッタを見て、カテリーナは一世一代の賭けに出た。
もし間違いだったらと考えると怖いが、もうすでに監禁・尋問されているのだ。状況に変わりは無い、ならばこの現状を打破する一手を。
彼女は手汗でびっっっしょびしょになった手袋越しにきつく扇子を握りしめ、言葉を絞り出した。
「……あ、あのクラリゼッタ様。わたくしを本日お招きくださったのはもしかして……アレンのお話をするため……で……しょうか……?」
現在改稿同時進行中、第1話と2話を改稿しました。
次回、後編。




