三人称:たのしいお茶会 前編
初めての三人称です、カテリーナ寄り。
今日はクラリゼッタがカテリーナをお茶会へ招待した日である。
クラリゼッタの屋敷ではクラリゼッタの甲高い声が響いていた。
「ベアトリアス! ロマール産のヴァンサムとモンテナ商会のザクロを使用した砂糖菓子は手配出来ていて⁉ ティーセットはミシュールプモリーよ! 忘れていないでしょうね⁉」
「クスクス、大丈夫ですよクラリゼッタ様。急なお茶会でカテリーナ様の情報収集と準備が大変でしたけれど、万全です! もう10回目の確認ですね、うふふ」
「そ、そう……。ッ! こ、このドレスはカテリーナ様と同じシルエットになってしまう可能性が高いのよね⁉ やはりウェルミット型の方が!」
「ふふっ、それも昨日何回もお話しして、カテリーナ様がよく着ていらっしゃる型にしましょうという事になりましたでしょう? お揃いにしようという事で」
「そうだったわ……。ッ! か、髪型は⁉ 紅茶と菓子は恐らくカテリーナ様が見た事のない物だわ、髪型まで最新の結い方だったら嫌味だと思われないかしら⁉」
「話題が尽きた時にその髪型のお話をするという事で決めましたでしょう?」
「…………。は、花は……」
「クスクス、花も抜かりなく。本当に今日のお茶会が楽しみなのですね。私も自分の事のように嬉しいですわ!」
クラリゼッタの心情は侍女のベアトリアスに全て見透かされている。もう大人しくティーサロンでカテリーナの来訪を待とう、と彼女は会場へ向かった。
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一方カテリーナは、これから連行される犯罪者のように鬱々とした表情で馬車に乗り、クラリゼッタの屋敷へと向かっていた。
看板作りの見学会の晩に突然届いた招待状……そこに書かれていたお茶会の参加者はカテリーナひとりだけ。
なぜ全く接点の無かったクラリゼッタからカテリーナへ誘いが来たのか。カテリーナはその目的は分かっても理由が分からないでいた。
(ええ、確かにわたくしはクラリゼッタ様へお近付きになりたいとは思っていましたわ。でもディメンションで何も情報は得られなかった、なので早々に諦めたのです。でもアレンとの会話が楽しくって! ついつい息抜きで通ってしまってしまいますわ。なんとこの間の見学会ではわたくしだけが招かれましてよ⁉ わたくしがアレンの中の頂点と言っても過言ではないでしょう、おほほほほほほ!)
過言である。頂点は何を隠そう、これから会うクラリゼッタなのだ。
しかしそんな事はつゆ知らず、つい恐怖からの現実逃避で思考がアレンに飛んでしまったカテリーナは「いけないいけない」と自分を律する。
(もうクラリゼッタ様の事は諦めたというのに、今になってこんな形でお会いしたくは無かったですわ! ああ、怖い、怖いわ!)
親しくない者との「二人きりのお茶会」とは、もはや「尋問」と同義である。ただ、大勢の貴族がいる社交の場で詰問し致命的なダメージを与えるような事はせず、「内々に処理してあげます」という意味に捉える事ができる。
尋問が今日のクラリゼッタの目的のようだが情状酌量の余地はありそうだと、カテリーナは少しだけ自分を奮い立たせた。
しかしやはりムクリと起き上がってくる不安に負けそうになる。果たして自分が尋問される理由とは?
(一体わたくしがクラリゼッタ様にどんな不敬を働いてしまったというの⁉ お近付きになるどころか叱責を受ける事になるとはもう我がベルツ家はおしまいです!)
しかし馬車は無情にもクラリゼッタの屋敷へ到着してしまった。
カテリーナの足取りは鉄球付きの足枷を着けられた囚人のように重く、締め付けのきついコルセットが拘束具のように呼吸を乱す。
(……行くしかないのです。何とかお許しを頂くしかないのです)
屋敷の入口でカテリーナの到着を待っていたクラリゼッタの侍女の姿を見つけたカテリーナは、錆びついたブリキ人形のような足を何とか動かし馬車を降りようとした。
「カテリーナ様ぁ、頑張ってくださいね~! これでクラリゼッタ様とお友達ですねぇ~」
なんて呑気なメリッサ! とカテリーナの頭がカッとなる。
自分は今から生き死にをかけて戦わなくてはならないのだ。カテリーナは他人事のような話しぶりの不敬なメリッサを無視して馬車を降り──ようとしたがメリッサも同伴であることを忘れていた──メリッサと馬車を降り、屋敷を見上げた。
(……まるでこちらの方が魔王城だわ)
空は一面、灰色の厚い雲が広がっており太陽が覆い隠されている。
(罪深きわたくしはファネイ様の加護すら受ける資格が無いということでしょう……フッ)
いささか、いやかなり大げさではあるが、ともかく覚悟を決めたカテリーナと呑気なメリッサは、侍女に案内されティーサロンへと足を踏み入れた。
「カテリーナ・ヴィレ・ベルツ様のご到着です」
侍女がそう告げティーサロンの扉を開ける。その先にはオルガ城に負けじと劣らず美しくて広い空間が広がっているが、カテリーナの目には映らない。なぜなら彼女はある一点しか見つめる事が出来なかったからだ。
眉間に皺を寄せた黒髪の公爵夫人、クラリゼッタ・ルド・バラデュール。
互いに挨拶をし、席を勧められたカテリーナが着席する。ここにいるのは自分とメリッサとクラリゼッタ、そしてクラリゼッタの侍女ベアトリアスだけである。カテリーナはこの場でクラリゼッタから何を言われるのか気が気でない。
まず最初に紅茶と菓子を勧められたカテリーナは、いつものおべっかではなく心からそれらを絶賛した。彼女が聞いた事のない紅茶と見た事のない菓子だったからだ。
(この砂糖菓子の上に固められた果物は何かしら? わたくしのためにこのように希少な物をご用意くださったというの?
……いえ、これは公爵夫人として恥をかかないためでしょう、クラリゼッタ様ご自身のためです。いけません、思い上がる所でした)
何がしかの罪を追及されるであろう自分を律したカテリーナは、クラリゼッタの心からの歓迎を受け止める事が出来なかった。完全にすれ違いである。
「そう、この紅茶は初めてなのね?」
「はい初めてです、流石クラリゼッタ様! この果物ですが──」
「まぁまだわたくししか存じ上げない代物ですから当然だわ」
カテリーナの話を遮ってしまったクラリゼッタは「やってしまった!」と焦る。
一方、カテリーナは「わたくしの話など聞くに堪えないという事です! ああ、どうしましょう!」と心の中でさめざめと泣いていた。
「ところでわたくしは紅茶も好きですけれど、お酒も嗜んでいてよ。カテリーナ様はどうかしら?」
焦ったクラリゼッタは「何事も無かったかのように振舞う」という選択をし、罪悪感によってカテリーナから目を逸らし会話を続けた。この後の会話で挽回すればいい、と。
「は、はい、わたくしも少し嗜んでおりますがほぼワインです。クラリゼッタ様はどのようなお酒をお好みでいらっしゃるのでしょう?」
カテリーナは無難な会話が続く事をもどかしく思った。
(ああ、もういっそ今すぐ断罪してくださいませ!)
そんなカテリーナをよそに、クラリゼッタは本日の目的、アレンの話へ移るため動いた。緊張のあまり手元のティーカップは心なしかカタカタと音を立てている。
「そうね……もう一通り嗜んでお酒の味はどれもさして変わらないという事に気付いたわ。重要なのは誰といただくか……。ああ、市井ではシャンパンタワーなるものがあるそうね。興味があるわ、カテリーナ様はご存じ?」
ここからが本題ですよ! というサインでクラリゼッタがカテリーナへ力いっぱいの視線を送る。
真剣な顔つきになったカテリーナを見て「ちゃんと伝わりましたわ!」と達成感に包まれているクラリゼッタ。
だがクラリゼッタの勇気もむなしく、「ひぃ! 睨まれましたわ! 手が震えるくらいお怒りでいらっしゃる!」と勘違いしているカテリーナ。
(わたくしがディメンションに通っていることがバレている⁉ 王族の次に位の高い公爵家の人間の情報は集めようとしただけで不敬にあたるのです⁉ ともかく何か言わなければ!)
情報収集が不敬罪なら貴族は全員罪人である。だがカテリーナは気付けない、クラリゼッタの今日の目的を。
「ぞ、存じております……」
「そう……見た事はあって?」
(ひぃいいい! バレている! バレていますわ! わたくしが決戦日にいたことを! 決戦日に平民と同じ空間で思いっっっきり楽しんでいた事が貴族らしからぬという事でしょうか⁉ でもでもアレンが是非応援にと……仕方なく!)
カテリーナが沈黙してしまったので、クラリゼッタは出来るだけ優しい声色でこう続けた。
「……見たのでしょう? その時の様子を教えてくださる?」
しかしクラリゼッタの声は残念ながら、地獄の門が開くがごとく底冷えする音としてカテリーナへ届いた。
カテリーナにとってはお待ちかね(?)の尋問の開始である。
明日8/28から夜更新にします。21時までに更新m(_ _)m
次回、中編。




