カテリーナ:看板作り 後編
カテリーナ視点に戻ります
ハッ! いけないわ、アレンとの出会いを思い返していたら、いつの間にか奥から仕立て屋の従業員がぞろぞろとやって参りました。
見学会の参加者が揃ったことで、ナイトが奥の部屋で着替えるようです。アレンがわたくしへ一声かけて奥へと向かいました。
わたくし達ディメンションのお客様は、服が陳列されているこの接客スペースで待つようにと魔王から言われました。
やけに横柄な魔族がいると思ったら魔王だったようです。ディメンションで見た事がありますし、水色の髪の魔族の娘が「魔王様」と呼んでいたので間違いありません。
その他には初回でわたくしを案内した茶髪の若い魔族……よく見るとこの者も顔が整っていますわ。あともう一人の内勤、大柄な金髪の魔族もいました。……なぜ……なぜ今日は女性言葉を話しているのかしら?
そんな事よりも魔王! わたくしに立ったまま待てと言うのですの⁉ ドレスがどれだけ重たいか知らなくって? そこにソファがあるでしょう! マーガレット様とわたくしは座らせた方が平民も気まずい思いをしなくて済むのですわよ⁉
くっ……しかし魔王城ディメンションで身分は関係ありません。仕方ないのでアレンが着替え終わるのを待つことにしました。
するとすぐに、着替え終わったアレンが早足でわたくしのところへやって参りました。騎士服の時とはまた違ってなんて素敵──
「カテリーナ様お待たせしました! 立ちっぱなしではお辛いでしょう? こちらへどうぞ」
そう言ってアレンは店内ソファを手で指します。
……もうっ! もうっ! ずるいですわ! わたくしを座らせるために急いで着替えてきて⁉
「で、でも他の方は立っていてよ……」
「ここでは身分差が無いので早い者勝ちです」
アレンの笑顔がキラキラと眩しいですわ!
「……ねぇねぇ、私ルフランの裸見たい! みんなでいこーよ!」
とんっっっでもない発言に思わず声の主の方へ振り返ります。
殿方の着替えを覗きたいだなんて! あのカリンという娘は!
……本当に奥へ覗きに行きましたわ。破廉恥極まりないです! きゃぁあああ! マーガレット様以外の皆も奥の部屋へ! 平民は全員破廉恥ですわ!
「ね? ほらソファは空いていますよ。お手をどうぞ」
アレンが腕を差し出し、首を傾けながら微笑みかけてきました。……くぅ! 心臓が押しつぶされて死んでしまいそうですわ!
そ、そこまで言うのであれば……早い者勝ちですもの、仕方ないですわ、ええ。
ソファへ座り、改めてアレンの服を見ます。
白いシャツに濃紺のズボン、その上に羽織っている同じく濃紺のフロックコートは、貴族が着るものと遜色のない上等なものでした。袖や胸ポケットには刺繍があり、ボタンの装飾も凝っています。
何よりフロックコートの長めの裾はバックスタイルがAラインスカートのようにひだが広がっており、見た事のないデザインです。アレンの中性的な雰囲気でなければ着こなせないでしょう。
サイズ調整前のはずなのに、すでにアレンのために作られたかのような錯覚に陥ります。……顔の良い者は何を着ても似合うという事を改めて実感しましたわ。
「カテリーナ様、いかがですか?」
ハッ! 思わずほうっと見とれてしまいましたわ!
「わ、悪くなくってよ。ちょっと後ろを向いてよく見せてくださるかしら?」
「わぁ、嬉しいな!」
アレンが嬉しそうにくるりとターンし、裾がフワッと広がりました。……これでじっくり見られるわ!
「カリンお前なぁ! 覗きまでしてそんながっつくなよ!」
「減るもんじゃないしいいじゃーん!」
あら、他のナイトも戻って参りましたわ。
ルフランという金髪のナイトがチラリと横目でわたくしを見た後、あの破廉恥な娘の頭を撫でました。何かしら?
……もしかして、もしかして……あの娘達はわたくしを座らせるためにわざと覗きを……? ここではわたくしが貴族として振舞えない事を分かっているからこそ?
いえ、平民にそんな気遣いができるはずない……です……わ。……い、一応、心に留めておきましょう。
再びアレンに目をやると、針子がアレンの所へ来てアレンが着たままの服を調整し始めました。
「マ、マーガレット様! ずっと立たせてしまい申し訳ございません!」
……あの内勤がやっとマーガレット様へ無礼を働いたことに気が付いたようです。遅いですわよ⁉ わたくしだけ座っていて実は気まずかったのでしてよ⁉
「バ……バレット様……ッ! 素敵ですわ! 素敵すぎますわ! もっとよく見せてくださいまし⁉」
マーガレット様はそう仰りバレットという内勤のそばへ。
「いえそれよりお待たせして──」
「お待ちしているもどかしい時間ですら楽しくってよ! 元よりじっと座って待っている事など出来ませんでしたわ!」
「そ、そうですか……。いやぁ! 実はマーガレット姫に覗いていただくために時間をかけて着替えていたのです! 健気に待っている姫もいじらしい。はっはっは!」
「やだもうっ! バレット様ったら! わたくしがそんな事出来るはずないとおわかりでしょう?」
「そうですが、不幸な事故なら仕方ないですから。事故なら!」
「まぁ! わたくしはなぜ幸運のお守りなぞ身に着けてきてしまったのでしょう⁉ もう捨てますわ!」
「はっはっは! では守りなら私にお任せください、マーガレット姫の騎士ですから!」
「バレット様……っ!」
……マ、マーガレット様が震えて感動していらっしゃる。
マーガレット様ってあのような方でしたの⁉ 立たせられていた事を全く気にした様子もなく冗談を交わし合い、しかも平民を様付けで呼ぶなんて!
これは……一体……どういう……。……頭がパニックですわ!
「クッ……私だけ着替えを見られなかった……。ミアくんだけ衝立が……」
「ニャ? アンナは裸の付き合いをしたいニャ? ニャら今度一緒にお風呂に入るニャ!」
ななな! 獣人はなんて野蛮で破廉恥ですこと⁉ 一体わたくしは今日何度辱められたのでしょう⁉
「ハッ⁉ そうだ、その手があった! 女の子同士なら何も問題ないもんね! うん! じゃあルナとディアナもうちに呼んで……」
な、なんと……あの獣人は女の子でしたのね。……女の子? ナイトなのに? なぜ?
そしてお店の外で会えるのですの⁉ わたくしもアレンを屋敷に呼びたくってよ!
「僕の服だけニャんだかヒラヒラが多いニャ。ついヒラヒラを引っ搔きたくニャってウズウズするニャ!」
「まさに王子様! 王子様だよミアくん! 我慢して!」
「王子様よりアイドルにニャりたいニャ~」
王子よりアイドルとやらになりたいだなんて不敬でなくって⁉ ……アイドルとは何かしら? そこのアンナという娘、説明なさい!
「いやもうじゃあそれがアイドルの服だよ! そうしよう⁉ ちょっとこの服買います! パウリーさーん!」
「アイドルの服ニャ? ニャら我慢するしかニャいニャ~。アイドルへの道は厳しいニャ!」
そしてこの日は服の仮詰めだけして解散となりました。
姿絵を描くのはまた後日、サイズの調整が終わってからエルドラドというドワーフと獣人の村で行うそうです。エルドラドでは見学会は無いのですって、残念ですわ。
ふぅ……分かってはいたけれど、やはり平民の振る舞いや会話にいちいち疲れてしまいましたわ。結局アイドルとやらが何なのかは分かりませんでした。
でもいつもとは違うアレンの私服を見られたのは眼福でしたから大満足ですわ! アレンのお客様の中で唯一選ばれたのはわたくしでしてよ! おほほほほほほ!
さて、もう今日は屋敷でゆっくりと休みましょう。そう思いながら馬車で帰路へと着きました。
「カテリーナ様ぁ~! 大変です~! 大変ですう~~~!」
ああもうまったく! 今ベッドへ入った所だというのにメリッサは!
メリッサが「大変」と言うので仕方なく入室を許可しました。
「何事ですの?」
「クラリゼッタ様からお茶会の招待状が届きました!」
わたくしがベッドへ倒れたのは言うまでもありません。
カリンちゃんはこの街で一番高い女。グラス割るだけじゃないんだよ!
次回、お茶会編、多分全三話。主人公不在で7話進めていいのだろうか/(^o^)\




