カテリーナ・アレン:初回回想編
途中からカテリーナ視点 → アレン視点に切り替わります。
「そうね……高貴なるわたくしを満足させられるだけの者はいて?」
「かしこまりました」
若い魔族はニヤッと笑ってその場を去りました。
するとすぐに濃いブルーの騎士服を着たナイトがこちらへ向かって来ます。あの看板に描かれていた者です。……平民の割に騎士服の見立てはいいですわね、アメジスト色の髪と瞳に合っていますわ。
「失礼します、『恋の無限螺旋階段へエスコートします』アレンです! ご一緒させて頂いてもよろしいですか? プリンセス」
アレンというナイトも先ほど案内をした魔族と同じようにわたくしの向かいで跪き、両手で軽くグラスを掲げながらそう申しました。
そ、その螺旋階段とやらは何かしら? 看板にも書かれていましたけれど……。
ともかく、「プリンセスと騎士の恋物語」の疑似体験開始という事ですわね。
この店内内装といい、見た目だけは麗しいナイトとその演技といい、魔王……中々やりますわ。
「そうでもしないと始まらないから仕方ないわね。ただし、わたくしは遊びに来ているのではなくってよ?」
「ありがとうございます! お隣失礼してもよろしいでしょうか?」
「なななっ! なんて破廉恥な!」
初対面で異性が隣に座るなど言語道断です! しかも平民が! あと後半のわたくしの言葉は聞いていましたの⁉ とっっっても重要な事ですわよ⁉
「残念です。ではこちらに失礼しますね。プリンセスの美しいお顔を拝見しながらいただくお酒の方が美味しいですし」
そう言ってアレンとやらは全く気にした様子もなくわたくしの向かいに座りました。
……ふむ、失礼かと思いきや、平民の割に女性に対する気遣いは出来るようですわね? 隣に……というのは平民なりの冗談かしら?
そしてとりとめもない会話が始まりました。……くっ! わたくしはこんな所で平民にワインを施している場合ではなくってよ!
「僕の髪色はこれですから、カテリーナ様のように綺麗な金の御髪の女性に惹かれてしまいます。高貴なる色ですよね」
「貴方の好みの話はもういいわ」
ああもう! 貴方には興味が無くってよ⁉ お客様に貴族がいるでしょう? その話を な さ い !
「……では、カテリーナ様の好みの女性はどんな方ですか?」
は? 女性?
そう言ったアレンと視線を合わせると、アレンの目は先程とは違い笑っておらず、口端だけがわずかに吊り上がっていました。
……こやつ……! 出来る……ッ‼
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このカテリーナ様という貴族、情報収集に来てる感がすごいなぁ。貴族って大変だ。
「……では、カテリーナ様の好みの女性はどんな方ですか?」
僕がそう言うと、カテリーナ様は酷く動揺した。
まさか平民に図星を突かれるとは思わなかったよね。大体の貴族はこれで僕を見る目が変わる。
「……そうね、黒髪の貴婦人には憧れるわ。わたくしもこの髪色ですから、黒髪には憧れましてよ」
……クラリゼッタ様とお近付きになりたいって事だ、またか。
クラリゼッタ様が毎日通ってた頃はそういう貴族からよく指名をもらったな。でも今さら来たって事は、カテリーナ様は違う派閥の人かな?
オープン初月は、ディメンションが他の貴族の情報を収集できる場だと勘違いして来る貴族が殆どだった。
でもナイトが他のお客様の情報を話すのはマナーとしてタブー。その前に、僕ら平民が貴族の社交に関わっても面倒な事になるのは明白だ。
ちなみにクラリゼッタ様は社交が苦手でいらっしゃる。
まず顔が怖い。本人は表情を悟られないようにしているつもりなんだけど、頑張り過ぎていつも眉間に皺を寄せて睨んじゃってるから。あはは。
そして不器用な彼女が元王族として振舞おうとすると、どうしても傲慢な態度になってしまったり人を傷付ける言葉を使ってしまう。なのであの方を苦手としている貴族は多いらしい。
だからなおさらクラリゼッタ様はあまり社交の場に出ないのだろう。でもそれがかえって貴族に「もしクラリゼッタ様とお近付きになれれば!」と思わせてしまう事もある。
今の僕なら分かる、クラリゼッタ様は本当に苦労なさっているのだ。
「黒髪ですか、それも美しくていいですね」
「貴方に黒髪の貴族のお客様はいて?」
「ええ、いらっしゃいますよ」
カテリーナ様の体がピクッと反応した。
「そ、そう……まぁいても男爵クラスでしょうけれど」
僕を煽って「公爵夫人のお客様がいます! えっへん!」って言わせたいんだろう。「男爵どころか王族までコンプリートしましたよ」なんて言ったらどうなるかな? 言わないけど。
「僕にとっては男爵夫人も公爵夫人も貴族という意味では一緒ですので勉強中です。僕に良くしてくださる貴族のお客様が沢山いらっしゃるのでありがたい事です。カテリーナ様にも貴族の言葉遣いや振る舞いをご教授頂きたいな」
公爵夫人というキーワードでカテリーナ様が扇子をぎゅっと握りしめたのを僕は見逃さなかった。……表情や仕草に出やすい人だなぁ、社交大丈夫?
「ええ……それもやぶさかではなくってよ。でもわたくしも公爵夫人などもっと上流階級の方々の事を学びたいわ。そういう方はさすがにいらっしゃらないわよね?」
いますよ、週6でお会いしてました。
「残念ですが……」
カテリーナ様はガックリと肩を落とし、思いっきりショックを受けている。
あれ? 僕がクラリゼッタ様から指名をもらっていた事をこの人は知らないのかな?
知っている人は「そんな訳ないでしょう!」と疑いの目で見てくるのに。やっぱり違う派閥だ。
まぁどの派閥でも関係ない。ごめんね、クラリゼッタ様に群がるハエは僕が追い払っているんだ。具体的には、クラリゼッタ様を利用しようと僕に近付いてきた人間はそれとなく彼女に報告してる。
「そうよね、平民ですもの……」
「でもきっと僕はプリンセスが欲しい答えを持ち合わせていますよ」
「どういう事かしら……?」
あ、レオが来た。レオって抜くタイミングがバッチリなんだよなぁ。「抜きのレオ」って二つ名を付けたら怒るかな?
「お話し中失礼します、アレン」
「プリンセスとの楽しい時間はあっという間ですね。他のナイトとも楽しんでください、ではご馳走様でした」
「え? 終わり? なぜ?」
カテリーナ様は僕を指名するだろうから引きでいく。
「色々なナイトを見てお気に入りを見つけてください。あ、今度念話してもよろしいですか?」
僕はニッコリと笑いながら人差し指をカテリーナ様へ差し出した。
ディメンションで貴族がナイトと魔力交換する際、貴族は手袋をしたまま人差し指の先を触れ合わせる。殆どの人間は手からじゃないと上手く魔力を流せないからだ。平民同士は素手で握手するけれど。
貴族が外で手袋を外すなんてはしたないんだって。生で指先が触れるだけでキスと同じくらい恥ずかしいらしい。ちなみにナイトは手袋をしていると滑ってボトルを落としそうになるからみんな外してる。
プレオープン時にアリアヴェルテ王女様へ相談した所、貴族がお抱えの商人などどうしても平民と念話先を交換したい際に、侍女など立場と爵位の低い貴族がこうしているそうだ。なのでディメンションでは人差し指をくっつけるのが慣習になっている。
しばらくカテリーナ様も困惑していたけど「その方法しかないか」と諦めて魔力交換してくれた。
僕はするりと席を抜けてバックヤード近くにいたレオに話しかける。
「ねぇレオ、『抜きのレオ』って二つ名どうかな?」
「っやめてくださーーーい! アレが上手いみたいじゃないですか! 僕はホモじゃありません!」
「敬意を表したのに、残念」
ディオルが寝巻姿で魔王様と握手したという事は実は素手だったんです。
8/23(月)、24(火)は夏休みを頂きます。m(__)m




