ディオルフィーネと魔王
『あ、あのう……私が出て来た意味ってあったんでしょうか……』
『……私に聞かれても分からないわ。……随分と可愛らしい魔族ね? 何だか気が抜けたわ』
……お姫様、言葉を選んでくれたな。さすが王族、魔王様も見習ってほしい。
『ははは! へっぽこでビビリなんだ! ニーナなんで机から出てこなかったんだよ~。まぁいいや、よくぞへっぽこの役目を果たした!』
『嬉しくないですぅ!』
魔王様の命令通り「へっぽこでお姫様の警戒心を解け」っていうミッションはクリアしたけど不本意だ! そして机にこだわるのはなぜ⁉
『俺は紳士だって言ったろ? ニーナがいれば何もやましい事はない!』
今男女の事を気にする場面⁉ そうじゃなくてアレイルに対してやましいようっ!
ともあれ、お姫さまとの接触に成功した私達は、お姫様からソファに座るよう促された。
お姫様は、やっぱりあのビラでアレイルが戦争に動くのではないかと危惧していたらしい。ただ、夫のアレイル第一王子とその話をしても奥歯にものが挟まったような答えしか返ってこないそうだ。
『父上の手紙に書いてあったわ、今の魔王は友好的だと。そして世界の治安を維持するとも。あのビラが事実ではない事だけでも分かってよかったわ。でも魔王たる者が、恋物語の酒場を出店するためだけにわざわざ人界の争い事にまで首を突っ込むなんて信じられないのだけれども』
『その疑問はもっともだな』
本当はホストクラブで人界征服します! ごめんなさい!
『じゃあ俺が人界に干渉しなかったら魔界がどうなるか想像してみてくれよ』
『魔界……?』
『おう。一部の魔族はよぉ、人界征服だー! って言って人族を殺したいだけの奴もいる。それを俺が止めているとしたらどうする?』
『……なんてこと! でも貴方が止めているって?』
『俺が人界に来たことで、魔族は俺が再び人界征服に乗り出したと思っている』
思ってるんじゃなくて事実です! ごめんなさい! でも人族は殺さないですから! っていうか魔王様、人界征服なんて単語使っちゃっていいのぉ⁉
ハッ⁉ あえて物騒な事を言う事で逆に信じさせる作戦⁉ ……さすが魔王様です!
『貴方はカモフラージュで人界に来ているというの⁉ でも魔王が魔族を抑えるなんて……でも昔はすぐに引き上げたわね……。いえ、そもそも残虐な魔族がいなかったとしたら魔王の罠では……いえ、やはり魔族の恐ろしさは歴史が証明しているから……』
お姫様は混乱してとりとめもなくブツブツとつぶやいている。フッフッフ……もうお姫様は魔王様の手のひらの上だ!
『俺の話を信じるかどうかは好きにすればいいけどよ、人界に来ている魔族はたった10人位で、大人しく酒場をやってるだけなのは事実だぜ? 国王の手紙にも書いてあるはずだ。俺はマジでこの世界に無かった恋物語の酒場をやりたいだけなんだよー!
……んでさ、とりあえず戦争はやだろ? 特にディオルは立場上な』
『…………』
お姫様は黙ってしまった。嫁ぎ先のアレイルが出身国のオルガに戦争をけしかけるなんて考えただけでも目眩がするもんね。しかもお姫様は実質人質状態だから、オルガ国王はディオルフィーネお姫様を見捨てる決断を迫られることになる……。
沈黙を破ったのはお姫さまだった。
『ルーガル……が元凶ならルーガルを潰せばいいと?』
『お、話が早くて助かるぜ! ルーガルがアレイルになんか圧をかけてないか?』
『そこまでは私に話が来ていないの。虫害を理由に、ここで気に病むことなくゆっくり過ごすようにと隔離されたから。でも、少しならルーガルの話を知っているわ。ルーガルは18年前の魔族の侵攻により、武器製造と並行して結界の魔道具の研究が盛んになったの。そして生誕の地を手に入れる、と……ルーガルの研究者の間で一時期囁かれていたらしいわ』
魔王様ぁ! 魔王様のせいでルーガルが武器作っちゃったよぅ!
『生誕の地……』
『ええ……昔はルーガルの研究者はお伽話に夢を見ている、とアレイルでは笑い話にされていたのだけれども』
ん? 何の話?
『……確かにルーガルの城だけデッカイ結界が張られてたな、上空はザルだったけど。結界の研究がやけに進んでると思ったらそっちに注力してたか』
魔王様、最近ルーガルに行ったの?
『ルーガルが我が国を取り込もうとしているとしたら、その目的は背中を固めること……いえ、もっと先ね。そのためにオルガを巻き込むなんて……』
『よし、やっと全貌が見えてきたぞ……サンキューな』
……私だけ何も見えていないのは内緒だ! とりあえず顔だけ神妙な面持ちをしておく。
『ディオルところでさ、俺様間違ってアレイル中央部にオルガからの食糧バラ撒いちまった。魔族よりってメッセージ付きでな、ははは!』
『……な、何をしているの……?』
あっ! そういえばルルさんが言ってた! 「魔族が勝手にアレイルに侵入したとみなされる」って。……あの時はルルさん応援隊の事で頭がいっぱいになって忘れてたっ!
『ははははは! ちょっとディオルがなんとかしてくれよ~! オルガがアレイルに輸出する予定の食糧の半分が届かないけど魔族が直接運んでるから大丈夫って言っておいてくれ!』
『無理よ! 私が魔族を手引きしたと即刻処刑されておしまいだわ!』
ひぃ! 処刑! 私のせい⁉
『ごごごっ! ごめんなさい! 私が魔王様にお願いしたんですっ!』
『……なぜ貴方が?』
『ニーナ気にすんな。ディオル、ニーナはアレイル国民が餓死するのを黙って見てられないってさ。んで俺様がお願いを叶えてやったわけだ! カッコイイだろ⁉』
そ、それはアレイル国民が死ぬとディメンションを出店してもお客様が来ないからで!
『……私の食事は相変わらず豪華だわ。それを色んな苦い思いと一緒に毎日飲み込んでいるの。でも私の力では国民へ何も出来ない……』
……ディオルフィーネお姫様は瞳を潤ませたが、その一方で歯を食いしばりスカートをきつく握っていた。
『箱入り娘が一人で何も出来なくても当たり前だろ』
魔王様失礼すぎるっ! お、お姫様怒らないでぇ!
『…………』
『……まぁこの件はオルガとアレイルの会談で話すからいっか。なぁディオル、オルガが虫害対策の薬剤を売ったらアレイルで散布できるか?』
『……様々な問題をクリアしたとしても手間と時間がかかるわ』
『そうだよなーお役所仕事って遅ぇもんな、春に間に合わねぇ』
『間に合わないとは?』
『春になったらバッタの卵がうじゃうじゃ孵化する。前回の比じゃないかもな?』
『前回以上ですって⁉』
『それを殺すための薬を俺の配下の錬金術師が趣味で研究して完成させた。しかも人体と土壌は汚染しないものをな。あとは実験して量産するだけだ』
『魔族の錬金術師がなぜ……すでに完成させている……? という事はずっと前から……』
『若いって熱くなれていいよなー! よしわかった、俺らが勝手に撒くわ。アレイルとオルガの会談で話をまとめる』
ええっ! 食糧だけでもマズいのに⁉
『そっ! それはやめて! アレイル国王とお父様が何とかするわ!』
『時間の流れは残酷だぞ? ……なぁディオル、俺を信じてみねーか? お前の見たい夢を現実で見せてやる』
『…………』
魔王様の言葉に、お姫様は長い長い沈黙のあと、決意のこもった目を魔王様へ向けた。
『いざという時は私が民衆の前に立ちましょう。アレイル王太子妃として、オルガ第一王女として』
魔王様とお姫様はどちらからともなく握手を交わした。
魔王様、ドラ〇もん演出でニーナと遊びたかった模様。
次回から久しぶりのホストパートです!




