月の女神の啓示さくせん
「────〈聖なる光〉! ────ぐあぁあああっ‼」
詠唱が終わると、振り下ろされたアーニャの左手から、ほのかに虹色に輝く眩い光が放出され都市全体へと降り注いだ。
これだけ広範囲に発光させるなんて……アーニャは魔力全部使い切るくらいの勢いだ。演出に熱が入っている。
そしてアーニャが自爆しているのはいつもの事。これだけ大量の聖属性魔力に当てられたらそりゃあね……。ヴァンさんの時は軽くだったから耐えられたみたいだけど、悪魔に使った時みたいに本気を出すとさすがにダメージを喰らうらしい。
自爆したアーニャはガクガク震えていたけれど、少しして落ち着いたら柔和かつ儚げな声を発し始めた。
「アレイルの民よ……わたくしはあなた方に月の女神セレネーと呼ばれている者です。……今アレイルには危機が迫っています。嗚呼どうか、どうか……邪悪な者達からわたくしの子供、人族を救ってください。ごく近い未来、四体の何者かがアレイルの民を蹂躙すべく出現します。
わたくしが出来る事はたったひとつ……聖剣・デュランダルを勇者に託す事だけ……。勇者とは、勇敢に悪に立ち向かう者の事です。その宿命を背負う者の名は……リュー! あなたが聖剣・デュランダルを抜き、その聖なる力をアレイルの民を守る盾として使用するのです!
聖剣・デュランダルは敬虔なるわたくしの信者、リューにしか扱えません。聖剣・デュランダルは強大な邪と対峙した時にこそ、その真価を発揮するでしょう。
聖剣・デュランダルはこのアレイル都市近くの森、一番大きな樹のたもとに顕現させます。
嗚呼……もうわたくしが民に呼びかける時間は残されていないようです……リューよ……邪なる四体を倒すのです! その者達を倒せば世界に平和が訪れる……しょ……。頼み……し……よ……」
大きく息を吸って吐いたアーニャは、一仕事終えたと言わんばかりに右腕で額の汗を拭ったように見えた。そしてウッキウキな顔で私達の所へ戻ってくる。
すっっっごい長台詞だったな……。設定の説明を盛り込んでいるから仕方ないけど、きっと本物の女神だったらこんな丁寧に設定を説明しない。ヤラセの匂いがプンプンする……いや、純度100パーセントのヤラセなんだった。
というか、邪なのはあのカジノ狂で借金持ちのカス勇者の方では?
「魔王様! バッチリ⁉」
「アーニャお疲れ! バッチリだ! ちょっと勇者を盗聴してから聖剣の仕込みに行こうぜ!」
ええ……また魔王様が楽しんでる。さっさと終わらせようよぅ!
しかしノリノリの魔王様と四天王(三人)が動かないので仕方なく〈集音〉。
「うおーーー! リューって俺の事やんなぁ⁉ なぁ⁉ 毎朝蜂蜜ミルクを飲んどった俺の祈りがセレネー様に届いたんや!」
「アホ! 蜂蜜ミルクはウチのためやろ⁉ しかもほんの最近や! どこが敬虔なる信者やねん! リュー違いや、自分ちゃうちゃう。ええからさっさと今日の宿代稼いで来て?」
ミルムさんの意見には激しく同意だが、誠に遺憾ながら魔王様はこのカスをご指名なのである。
「俺やてぇ! ミルムもセレネー様も一緒や! たぶんマドカスカの森のあのデッカイ木ぃやろな~、よっしゃ! ちょっくら行って来るわ! 聖剣はいただきやでぇ~!」
「あっ! ちょい待ちぃ!」
……カス勇者もノリノリだ。カス勇者が移動し始めたのか、都市の人達の声もパラパラと聞こえてくる。
「これだけの聖魔法……本当にセレネー様が……?」
「何かが攻めて来る! うわぁーーー!」
「誰かのイタズラだろう。全く、拡声魔法でも悪用したら罰せられるのに……」
「あのバカの自作自演か? 頭は空っぽだが魔力だけはあるらしいからな」
「アホリューが選ばれるワケあるか! オレが聖剣をもらう!」
う~ん……都市の人は半信半疑みたい。だって本当にイタズラみたいなものだもん、ごめんなさい。
「よし、聖剣の仕込みに行くぞ! 聖剣を見れば人族も信じるだろ!」
魔王様はカス勇者の反応に満足したのか、やっと動く気になって下さったようだ。
魔王様が私達ごと転移したのは太い枝の上。……上下左右をキョロキョロと見回すと、ひと際大きな樹木の上の方に転移したようだ。周りにここよりも低い背丈の木が沢山見える。この大樹の根元に聖剣を転送して置くのかな?
「聖剣っていったらやっぱりブッ刺しておかないとな! あとアイツ以外は抜けないように空間固定も……」
そう言って魔王様は亜空間から取り出した聖剣を下へ投げ放ち、木の枝の間を正確にすり抜けた聖剣がドスッ! と地面に刺さったのが見えた。
いつまでこの茶番を見せられるのかと、虚ろな目をしているメイリアさんと一緒に枝の上に座る。
しばらく座ったまま足をブラブラさせていたら人の声が聞こえてきた。
「本当にあったぞ⁉ 昨日は無かったのに!」
「ぐおおおおーーー! ふんぬーーーっ! ……ハァッ……ハァッ……抜けねェ!」
「次は俺だ! どけっ!」
アーニャに騙された人族が集まってきて、聖剣を抜こうとしているみたいだ。
「まいどまいど~! 月の女神の啓示を受けた勇者、リュー様のご登場や!」
あ、カス勇者も到着した。身体強化で視力を上げ、その姿を見てみた。
……え? イケメン? どこが?
皮鎧と大剣を身に着けた姿は冒険者っぽいけど……皮鎧から覗く、と……虎の顔が全面に描かれた黄色と黒の原色シャツは何⁉ 虎の顔面装備が趣味なの⁉ アクセサリーも金ぴかのチェーンエックレスやチェーンブレスレットで何か下品!
そして何より気になるのが……チリチリにパーマがかかったその短い金髪は何なのぉおおお⁉ いや生まれつきの天パかもしれないけど、全然イケメンの髪型じゃない!
アーニャも「イケ……メン……?」と首をひねっている。
メイリアさんの虚ろな目はカス勇者へ侮蔑の視線を送っていた。その視線だけでカス勇者を殺せそうである。
「アホリュー! 人違いだ、帰れ!」
「そんなこと言わんと、俺が聖剣抜くとこ見といてやぁ! ……よっしゃ、どっこい~~~せえーーーいっ! うわっ!」
魔王様が空間固定を解除したのか、思いっきり力んでいたカス勇者は聖剣を引っこ抜きながら尻もちをついた。
こんなにすぐ手に入るとはなんてお手軽な。魔王様の寛大な御心に感謝するがよい!
私が魔王様なら、キャラリア山脈の僻地の秘境のさらに罠が張り巡らされた場所に幾重にも結界を張って隠していたところだ。
「……ヘヘッ! やっぱり俺が勇者や! セレネー様への祈りが届いたんや!」
周りにいる人族がザワザワしている。
「ハァッ……! ハァッ……! ……ちょっ! リュー⁉ ホンマに聖剣手に入れたん⁉」
「おっ! ミルム来るの遅いで! 俺が勇者リュー様や! ヘヘッ!」
ミルムさんは赤いローブを着た赤髪ロングのキツめ美人さんだった。……なぜカスの彼女に……。
「……ホンマかいな……ウチ……ウチ……クソボケゴミカスのリューが好きやったのに~~~!」
ミルムさんはワッと両手で顔を覆って泣き出した。ええ……なんて歪んだ恋愛観……。
「大丈夫や! 勇者になったらモテモテなってまうかもやけど、俺はミルム一筋や!」
「いや、モテモテにはならへんやろ」
ミルムさんの泣き声はピタリと止み、声色がサッと低くなった。……この二人のテンションの振り幅はアルディナさん並みに激しいな。
「ならへんのかーい! いやなるやろ⁉ アレイルを救うんやで⁉」
「……これ、アカンやつちゃう? エッグい奴とホンマに戦うん? 死や。死。死しか未来が見えん」
繰り返し誠に遺憾だが、死は訪れないのである。
「それはこの聖剣、……なんやったっけ?」
アーニャがしつこく4回も言ってたのに覚えてない……。
「デュランダルや……」
「せやせや! 聖剣・デュランダルがなんとかしてくれるやろ⁉」
「ウチ知らんで……ホンマに知らんで……」
「大丈夫大丈夫! 俺のどちゃくそカッコええとこ特等席で見せたるわ!」
「いやそれ巻き添えでウチも死ぬやつやん! 可憐で儚い美少女は人質にされるんがオチや!」
「誰が可憐で儚いねん! 鏡見たらアダマンタイトしか映らんくて頭おかしなったか⁉」
「いてまうぞボケェ! カスゥー!!!!!」
そしてわぁわぁガヤガヤと騒ぎながらカス勇者とミルムさん、周りにいた人族は都市方面へ帰って行った。
「ま、魔王様ぁ……全然イケメンじゃないですよぉ! 今ならまだ間に合います! 勇者の変更を!」
「ニーナもそう思うよね⁉ やっぱりイケメンじゃないよね⁉ 私の魔眼が聖魔法でやられたかと思った! 魔王様、見損なったよ!」
聖魔法の影響もなにも、そもそもアーニャに魔眼など無い。
「あん? 雰囲気イケメンじゃないだけで、顔はクソイケメンだったぞ? ちゃんと見なかったのか?」
「「え?」」
私とアーニャの声が重なった。
大阪のオバチャンがよく着てる虎の顔のシャツに金ネック・ブレス、パンチパーマですねw




