ルル:オルガ国王の決断
ルル視点でほんの少し戻ります。
アレイルへの食糧輸送初日が終わり、聖剣を取りに行った5人を見送った。
「メイリアちゃん、今日の晩御飯は私達二人で作りましょう? 私はちょっと出かける所があるから行って来るわ、晩御飯までには戻って来るつもり」
「……? ……はい……」
営業中の一階へ降りると、私に気付いたバレットさん達の視線を感じた。一言コーディに言っておこうかしら。バックヤードへ向かう。
「あれ? ルルさんどうしたんですか?」
「うふふ、ちょっと魔王様のお尻を拭いて、ある人のお尻を叩いてくるわ」
「? 大変ですね」
苦笑いのコーディに私も同じく苦笑いで返し、入口ドアを出た。
さて、親バカな魔王様のお尻を拭いてあげましょう。昨日握手したオルガ国王の魔力を思い出し、念話を発動する。
『国王様ごきげんよう、ルルです。火急の用なのだけれどよろしいかしら?』
『……ルル殿⁉ か、火急の用件とは?』
『ちょっと……魔王様がしてしまった後始末を』
『…………』
きっと最悪な事態を色々と想像して固まっているわね。
『国王様? 最悪の事態にならないようにお話をしたいのだけれども。今日は私一人よ』
『お、おお……すぐに来るのだな⁉ 待っておる!』
お店から徒歩で行く事を伝え念話を切り、オルガ城へ向かう。
城の正門に着くと門番に声をかけるまでもなく通された。見覚えのある近衛兵に案内され、いつもの来賓室へ。
「国王様! ルル殿がお着きです!」
「入っていただくのだ」
来賓室のドアが開かれると視線の先には青い顔をした国王と宰相が。簡単に挨拶を済ませソファに腰掛ける。
「夜分に申し訳ないわ」
「いや、それだけ急ぎなのであろう? して何があったのじゃ!」
「魔王様が……『魔族より』という手紙と共にアレイルの農村部100か所程に食糧をバラ撒いたわ」
「……国王様! だからあれほど詳細の確認をと!」
宰相が唾を飛ばす勢いで国王へ叫んだ。ごめんなさいね、私もあえて条件を詰めなかったの。
「……おお……も、もうやってしまったのだな?」
国王は気絶しそうなところを必死に我慢しているわね。
「ええ……私が止める間も無かったわ、ごめんなさい」
本当は昨日魔王様とここで話し合いをした時から気付いていたけれど。
「だから尻拭いに私が来たの。魔王様は邪魔だから置いてきたわ。それでなぜこんな事になったかというと、魔王様は商人から無料輸送に裏があると疑われてしまい、魔族の無害アピールだという事で商人に納得してもらったの。それで国王様との約束を忘れてしまったのね、ほんとウッカリさんだわ」
これは本当なのよ。私が止めなかっただけで。
「「…………」」
二人とも硬直の効果を受けているわね。石化までしてしまったかしら?
「……儂、やっぱり今すぐ王位譲る……」
「国王様! お気を確かに!」
「…………」
「…………」
二人ともまた沈黙してしまったわ。
昨日魔王様は国王に「俺の亜空間と転移でアレイルに輸出する食糧の輸送を手伝うぞ! オルガ街の商会へは今日中に話を通しておいてくれよ。あ、あと国王の書状も欲しいな! 俺も書状をババーン! ってやりたいんだよ!」と仰った。
国王は、魔王様が絡むと精神的負担軽減のため考えを放棄する事に慣れてしまっていた。
そして「アレイルにバレなきゃいいんだろ? チャチャッとやってやるよ!」と言う魔王様のいつもの勢いに押されたのと、私がいたことで「ルル殿が上手くやってくれるだろう」と私達に任せてしまった。
魔王様は最初からアレイルに直接食糧をばら撒くおつもりだったけれど、国王は当然「オルガからアレイル国境までの輸送」だと思ったでしょうね。国境を超えるならアレイルへも話を通さないと、アレイル側の役人もしくは商人から「輸入予定の食糧が足りない」と苦情が来るもの。
宰相はちゃんと「国王様、詳細の確認を」と言っていたのだけれどね。
でも私は見たかったのよ。いつも振り回す側の魔王様がニーナちゃんの可愛いおねだりで振り回されるのを。
ニーナちゃんはまさか自分のおねだりが王達を唸らせる国際問題にまで発展するとは思ってもいなかったでしょうね、うふふ。
後は、もう「魔族は害をなさない」とアピールしてしまった方が、手っ取り早く人界征服が進むと思ったのよね。別に急ぐ旅じゃないけれど、人界征服を楽しみにしているんだもの。
他国へ入国する際は、オルガの時みたいに受け入れ側の国が「獣人とドワーフを守るため仕方なく」というような大義名分が無いから、武力行使での入国になる。魔王様はその手を本当は望んでいない。
……それにしてもホストクラブなんて突飛な事をよく思い付くものね。経済を掌握するなら他の方法で手広くした方が……いえ、多分あれは本当に好きでやっているわね。「面白いだろ! ははは!」って魔王様の高笑いが聞こえてくるわ。……あ、国王と話している途中だったわね。
「国王様、アレイルとの会談の日取りはお決まりかしら?」
「お、おお……調整中じゃ……」
「国王様……魔族が我が国から食糧を奪って行ったという事にしてはいかがでしょう!」
宰相がそう思案する事に全く怒りは無いわ、だって私達が原因だもの。そもそも「魔族に不法滞在されてしまっている」という設定は事実であり、私が提案した事。
「…………」
「魔王はアレイルにも恋物語の酒場を出店したい、その前に人気取りのため安直な考えで食糧をバラ撒いたという事で……国王様のあずかり知らぬ所なのは事実ですから!」
まぁ、長い目で見ればおおむね正解ではあるわね。特に「安直」ってと・こ・ろ。
「…………」
「国王様? ……国王様!」
「……宰相よ……決断の時が来たのじゃ」
ずっと沈黙していた国王が口を開いた。あら? 可愛いおじちゃんだと思っていたけれど流石は国王ってところかしら?
「国王様……け、決断とは……?」
「オルガと魔族が友好関係を結んでおるという事を諸外国へ通達する時が来たのじゃ」
「なりませぬ! 我が国が人界中から非難を浴びます! 戦場になります!」
「魔王がそうはさせないのであろう? ルル殿」
国王の目がギラリと獰猛に光り、宰相はスッと後ろへ一歩引いた。「そっちの答えを聞かせる番だ」という事ね。私が尻を叩くまでも無かったわ。
「ええ、もちろん。オルガが攻め込まれたらすぐに魔王様へ念話して下されば、魔王様が転移して結界を張り、こちらは攻撃せず敵を撤退させるわ。魔王様は辺境の連絡係と一度魔力交換をしておいた方がいいわね。
でも人界中への通達はまだいいんじゃないかしら? まずはアレイルをオルガ陣営に取り戻すわ。そして速やかにルーガルも」
「……それをアレイルとの会談で?」
「ええ。魔王様は時々ルーガル国王周辺を盗聴しているのだけれども、中々手強くてね。重要な事は暗号文書でやり取りをしているみたいなの。そこまで慎重だなんてキナ臭いわよね。だから魔王様はアレイルにルーガルの事を吐かせるおつもりよ。今回の件はアレイルとの会談に魔王様が同席するいい機会でなくて?」
「…………」
「魔族が無理矢理食糧をアレイルへ運んだ、というのはそのままでいいわ。国王様は知らなかったという事でね。
魔族の目的は……やっぱり恋物語の酒場なのよ。各国へ出店したいというただの魔王様の戯れ。馬鹿馬鹿しいかもしれないけれど、事実オルガではそうなのだから。恐らくお客様に扮して他国の偵察も来ているはずだから多少は信じてもらえるはずよ。少なくともルーガルからは来ていた」
クラリゼッタさんの屋敷に侵入したのはルーガルの密偵が濃厚だもの。
「……もうそれでいこう。ルル殿、まだ時間は?」
「大丈夫よ」
そして国王と話をある程度詰め、ディメンションへ戻る。
メイリアちゃんと今日のメニューを決めておくのを忘れていたわ! 今日はグラタンにしようと思っていたのに! 魔王様にみっちりお説教して八つ当たり決定よ!
次回、勇者探しです!




