いいまぞくより
アントンさんに案内されてモンテナ商会の倉庫へ入った。
「この手前に積んである荷が今日出せる目一杯です」
「オッケー! みんなで手分けして亜空間にしまってくれ!」
魔王様のお声でラウンツさん、お兄ちゃん、アーニャ、ルルさんがサッと動いた。さすが近衛隊と魔王軍と元諜報員だ。私とメイリアさんはもそもそと荷物に近づいた。
麦類はむき出しで紐でくくられてる、木箱の中身は野菜や乾燥肉かな?
倉庫の半分以上を空にして、アントンさんとはお別れした。
去り際、アントンさんが今日一番の笑顔だったのはきっと気のせいじゃない。
そういえば昨日も今日もアンナさんいなかったなぁ。……布教活動してるんだきっと。
そして次々とオルガ街の食糧を取り扱っている商会へ出向き、モンテナ商会と同じように驚かれながらサクサクと荷物を亜空間へ入れていった。
途中で前衛組3人が「もう亜空間がいっぱいよぉっ!」というような事を言ったので、亜空間の広い魔王様と私、ルルさんメイリアさんが盗人のようにサササッと食糧をしまった。
「はー! これで全部回ったな。じゃあ行くか」
転移が来る! と身構えた瞬間には草原に転移していた。
「魔王様もうアレイル⁉」
「おうそうだ!」
やっぱり……もうアレイルに来た。アーニャと魔王様のこのやり取りはデジャヴだ。
「ここはアレイル北部の真ん中位だな! 一番食糧が行き渡っていないここを起点に南下して行こうぜ」
確かに前に虫害調査に来た時、北部の中央から南部へかけてが一番ひっ迫していた。もっと北や東側は虫害を免れたし、西部もアレイル都市からさらに西側は大丈夫だ。南部はオルガからの食糧が来ているからまだいいのだろう。
つまり、当たり前だけど虫害の起きたアレイルの真ん中らへんがヤバいのだ。
「俺様がドンドン町に転移して食糧を落としていくから、ちょっとここで先にメッセージを荷物に挟むぞ! 一番目立つ所に頼むぜ」
そうして私達は一旦食糧を出し、箱の中の野菜や肉類をまんべんなく分けて入れ直した。そして「アレイルがオルガからゆにゅうしたごはんをはこびました。いいまぞくより」と書かれた紙を荷物の紐に挟む作業をしていく。
……ふぅ、終わった。倉庫何個分もの食糧を整理して紙を挟むのは地味に疲れたよぅ!
魔王様を見ると、みんなで描いてメイリアさんがまとめたアレイルの地図に目を落としていた。
「魔王様っ終わったわよぉ!」
ラウンツさんが声をかけると、魔王様は「俺とニーナだけでいけるな」と仰った。亜空間の事だろう。魔王様と二人で亜空間に食糧をしまった。
みんなが来た意味あったのかな? あ、仕分け直しとメッセージは人手が必要だ。
「よし! 100か所くらい連続転移するぞー! 目ぇ回すなよ?」
ひぇ! 100か所⁉ 確かにそれくらい紙を書いたからたくさんの町や村に配れるけど……忘れてたよぅ!
そして魔王様は私達全員を連れてとある小さな村らしき所の近くへ転移した。遠くにポツポツと建物が見える。
「今から食糧を村に転送するからよ、集音魔法で聞いてみようぜ! なんかサプライズってワクワクするよな!」
「プレゼントみたいだね! 楽しみ! こっそりカッコイイマークも書いておいたよ!」
……そういえばアーニャが小さく十字架を書いてたのが見えたな。
「アタシのラブレターが入ってたら当たりよぉっ☆」
当たりの定義とは。
「ほれ、もう置いたぞ」
ラウンツさんに気を取られていたらいつの間にか魔王様が食糧を転送していたらしい。確かに私もちょっとだけ楽しみだから〈集音〉っと。
「なんだなんだ⁉」
「小麦だ! やったーやったー! 食べ物だーーー!」
「こっちはお肉もあるわ!」
「誰が置いて行ったんだ⁉」
「……いいまぞくより……?」
「村長ーーー! 村長ーーーーー!」
ふふふ……嬉しい悲鳴が聞こえる。もっと喚き泣き叫ぶがよい人族よ! この村はもうもらったようなものだ!
ハッ⁉ こうしてアレイルを征服する作戦⁉ そういえば魔王様がアントンさんにそんなようなことを言っていた。オルガ街の商人さんも魔王様に腰が低かったし……さすが魔王様です!
くっ……! 浅はかな私は「えぇ……今日いきなり食糧運ぶのぉ? 魔王様めっ! やっぱり『漆黒の傀儡使い』だよぅ!」なんて思っててごめんなさい! 魔王様の顔面に200万貢いだので許してください!
「食糧が来たじゃと⁉」
「はい村長、この紙が挟まっていました……」
「……『いいまぞくより』とは……魔族か? 竜が描いてあるのぅ、子供の魔族じゃろうか? なぜ魔族が? ……毒など入っておらんじゃろうな……」
「しかし村長……食べなければどのみち飢え死にです。とりあえず村民に配りましょう」
「……うむ、そうじゃな……。 これより食糧を配給するぞ! 皆の者集まるのじゃ!」
魔族より、って書いたら毒を警戒されるのかぁ……その気になればメイリアさんが出来るからあながち間違いじゃない。メイリアさんはその逆をやろうとしているんだけどな……。
「よしよし、飢えには勝てないからな! 俺様の作戦はバッチリだ!」
「魔王様……オルガ国王には『魔族とバレないように輸送する』と伝えていたわよね……勝手に魔族が侵入したとアレイルは判断するわよ?」
「しまった……ルル先に言ってくれよ……。アントンを言いくるめるための嘘に引っ張られちまったぜ……もうやっちゃったしいいじゃん!」
え……魔王様、魔族アピールの事をルルさんと王様に言ってなかったの?
ルルさんが額に手を当てながら頭を振っている……。魔王様……どこが「作戦はバッチリ」なの?
「魔王様の急な指示の勢いのせいで今やっと気付いたわ……。アントンさんへの嘘とは何かしら?」
魔王様に振り回されると目の前の事しか考えられなくなるのには同感だ。
「タダで輸送する事に裏があると思われたからよ、魔族好感度アップのためって事にしたんだ。『可愛いニーナのお願いを叶えるため』なんて恥ずかしくて言えねぇだろ……」
「確かにそれじゃ理由として不確定だしお願いは叶えてあげたいわね……」
魔王様は小声で喋ったつもりかもしれないけど、私はまだ集音魔法を持続していたからバッチリ聞こえた。
……魔王様っ! 私のためにっ! 可愛い私のためにっ! これは魔王様名刺の布教活動を頑張らねば!
「それにホラ、あれだ、これで魔族が信頼されれば殺虫剤を撒く時に俺らの姿を見られても多少は大丈夫だろ!」
「……散布は国にやらせるのではなかったかしら……そうね、前向きに考えましょう」
ルルさんが諦めた。なんか魔王様とルルさんって熟年夫婦みたいだな……。
ハッ⁉ もしかして二人はそういう関係⁉ だってなんか見た目も中身も能力もお似合いだし付き合いも長いし信頼関係もあるし……アーニャに報告案件だ!
あ、いやダメダメ……多分公にしてないって事は、2人の性格からしてルルさんの片想いだ。魔王様なら狙った獲物は逃さないはず、昔はチャラさ100パーセントだったって言ってた。
もしアーニャが騒いだらルルさんは身を引きそう……ここは私一人でひっそりと「ルルさん応援隊」を!




