ムーバーイーツ、始動
メイリアさんと急いでエルドラド行き、日課の名刺受け取りと実験場での作業を済ませた。
リサさんは魔王様の素描を大量に描いたらしい。見たかったけど、今日は急いでいたので取り急ぎ昼食のためディメンション2階へ戻った。
魔王様がダイニングテーブルにいる……。な、何の用だろう。
「寒い日にはやっぱりスープスパよネッ☆ ご飯できたわよぉ!」
ピンクのハートエプロンをしたラウンツさんへの耐性はみんなすでに習得した。むしろラウンツさんのエプロン姿を見るとお腹が空くようになってきた。慣れって怖い。
ちなみによくお料理をしてくれるのはラウンツさんとルルさんメイリアさんだ。ルルさんは意外にお料理が苦手らしいけど、料理上手なラウンツさんメイリアさんによく教わっている。完璧主義っぽい所があるから何でも出来るようになりたいのかな?
そしてラウンツさんの女子力って私やアーニャより高いんじゃ……。
「よし! メシ食いながら今日の予定を話すぞー! いただきまーす」
今日の予定? ……魔王様の発言に嫌な予感がしつつスープスパゲッティをいただく。あ、今日はクラムチャウダー風だ、わぁい!
「昨日ルルとオルガ国王んとこに行って来てさ、アレイルに食糧輸出してるオルガの主な街と商会のリストをもらってきた。ここ、オルガ街はすでに城から商会に手配済だから、メシ食い終わったらムーバーイーツしに行くぞー! コーディは店をよろしくな!」
「はい、ディメンションはお任せください!」
ぎゃぴっ! 魔王様もう王様から書状をもらったのぉ⁉ ……昨日あの後、私がドブグロにいる間に行ってきたんだ。
「レイスター、またアレイル潜入だね!」
「おう! 潜入楽しみだぜ!」
アーニャとお兄ちゃんが潜入にノリノリなのは放っておこう。……あ、そういえば。
「魔王様ぁ、オルガ街以外の街の場所わかるんですか? 『大体しか知らない』って言ってませんでしたっけ?」
「ルルが知ってる」
魔王様がお口をもぐもくしながらルルさんへ視線を移すと、ルルさんは肩をすくめてこう言った。
「前に人界調査をしていたから、各国の主要な街の場所と名前は記録してあるの。国王は街の情報を出し渋ったけれど、私がオルガの地理に関して話し始めたら諦めたわ。……本当はオルガを怖がらせないために言うつもりは無かったのだけれど、魔王様からGOが出てね……」
ほうほう、昔の人界征服作戦でルルさんは諜報活動をしてたから知ってるんだ。
「なるほどですね」
「昔ルルが大きな街のほとんどに転移陣を設置したから転移先もバッチリだ! アレイルの小さな町の位置も虫害調査に行った時に確認済だしな。あ! みんなでメッセージ書こうぜ!」
メッセージ? と首をかしげた私達に魔王様はこう説明した。
私達がいきなり姿を現したらアレイルの人族が怖がるので、食糧だけ魔王様が転送魔法で町のど真ん中に置くらしい。でもそれでは誰が置いたか分からないので、「アレイルがオルガからゆにゅうしたごはんをはこびました。いいまぞくより」と書いた紙も添えておくらしい。
……メイリアさんの「よくきくポーションです。がんばって作りました」と同じ作戦だ……。
「なるほどね! 可愛い魔族が置いたっぽくていいね!」
「ラブレターなら任せてっ☆」
アーニャとラウンツさんのメッセージは危険だ! でも今回は魔王様が文章を指定するから大丈夫かな?
「さてご馳走さま、じゃぁみんなでいっぱい書こうぜ! 子供っぽい字だぞ? 頼むぞ?」
そして私達はたどたどしい字で何枚も「アレイルがオルガからゆにゅうしたごはんをはこびました。いいまぞくより」と書く作業に移った。……人界征服のためだ、多少の仕込みは仕方ない。
「にーしーろのやのとー、にーしーろのやのとー……」
魔王様は私達が書いた紙を数え始めた。魔王様って変な数の数え方をするなぁ。
「よし、100枚はあるな、今回はこんくらいでいいだろ! じゃあ行くか!」
えっ⁉ あ、もう? ……魔王様ならそうだよね。でも大規模食糧輸送を「じゃあ買い物行くか」みたいなノリで言わないでっ⁉
そしてコーディさんを残してみんなで1階へ降り、徒歩でオルガ街の商会へ向かった。
最初に来たのはモンテナ商会、アントンさんの所だ。
「よう! アントンいるか?」
お店の従業員さん、お客さん全員が「ひっ!」と小さく悲鳴をあげた。
あ……魔族7人でゾロゾロと来たら怖いよね。ここにいるのは実は魔王様だし。
この間お出迎えに来てくれた従業員さんが魔王様に駆け寄り、「奥へどうぞ!」と1階の裏口のある部屋へ案内してくれた。
するとすぐにアントンさんが来た。
「ま、魔王様……昨晩役人が来たのですが……も、もうですか?」
「おう! あ、国王の書状見るか?」
「いえ……役人が来たのでこの街では見せなくても大丈夫だと思いますよ……」
「なんだよーババーン! って見せたかったのにな。まぁいいや、今から行きたいんだけど食糧準備してあるか?」
「は、はい……何とか」
アントンさん……「食糧を準備すればいいだけ」だなんて思ってごめんなさい。そうでした、魔王様は恐ろしいスピードで人を振り回すのが得意でした。
「おっ! いいぞ! ところで食糧輸送の件で困ってる事無いか? 悪いようにはしないぞ?」
まさに今魔王様に困っています!
そして「悪いようにはしない」って台詞は「俺の希望を叶えた上でなら聞いてやらんでもない」っていう輩言葉だ!
悪い人がいい人に見せかけてよく言う条件付き文言……。お父さんが持ってる騎士物語で小悪党が言ってたもん。
「あ、ありがとうございます……え~っとぉ……困っていることは、無い、ですね」
嘘だ! アントンさんも魔王様に「はい」か「イエス」しか言えなくなってしまった……。
「あ、そういえば魔王様が食糧の半分をアレイル北部へ輸送してくださるなら、我々の輸送手配も半分で済みますので助かります。国境付近は魔物が強いですから、冒険者ギルドへ護衛の依頼や費用の計算やらで大変だったんですよ、ははは……」
アントンさん、無理やり話題をひねり出したな……。
「おうそうか! うん、アントンは今まで通り国境まで食糧の半分を届けてくれればいいぞ! ウィンウィンだな!」
「ははは……いやぁ、実は急な遠方への輸送需要に人手が足りていませんでしてな、本当に助かりましたよ。信頼できる運び屋はそう多くないですから」
「うんうん、流石俺様、そこまで見越してたぜ!」
魔王様はビシ! とアントンさんを指差した。
……絶対、今言われて魔王様の手柄にしたよね?
でもう~ん……よくよく話を聞くと確かにアントンさんの助けにはなってるみたいだし、これでいいのかな?
というか輸送は運び屋さんに依頼してたんだ。確かにモンテナ商会の人が国境まで行って戻って来るとしたらかなりの日数がかかるから大変だ。
「流石魔王様、先見の明をお持ちで!」
「魔眼も持ってるぞ!」
「そうなんですね、流石です! 知らなかったですよ凄いですね! では倉庫へご案内しましょう……」
アントンさんもナイトの「さしすせそ」をマスターしている……なぜ? 商人も使ってる技なのかな?
魔王様はアントンさんと自分の事を「流石流石!」と言い合って気を良くしながら、案内されて裏口へ向かった。
そしてみんなで少し歩いて、商業地区のはずれにある倉庫へ来た。
頑なに「昔」と言わないルルさんw 女の意地です。




