ご褒美(罰ゲーム)
私がミュリエルさんみたいな恰好をしなければならない事にしくしくと泣いていたら、いつの間にか結構な時間が経っていたらしい。
アーニャが「二つ名発表だよー!」と張り切って私を呼びに来た。
そういえば今日は、ダンスの練習時間を決戦日後のミーティングにするって魔王様が言ってたな。
二つ名発表かぁ……。コーディさんが私に浴びせた〈哀悼の笑み〉という器用な技を、私も早速ネフィスさんセシルさんにお見舞いしてあげよう。
フロアに全従業員が集まったら魔王様が仁王立ちでホールど真ん中へ転移していらっしゃった。張り切っている。
「よーし決戦日お疲れ! ミーティングするぞー!」
ネフィスさんセシルさんはすでに未来予知しているのか顔色が悪い。
「まずはルフラン、改めてナンバーワンおめでとう!」
「ありがとうございます!」
「タワーの客の予算が200じゃなくて350万だったら千ディル差でアレンがナンバーワンだったぞ、ははは!」
魔王様のそのお言葉に全員が固まった。
……みんなあの女の子がクラリゼッタさんの手駒だって気付いていたか、今気付いたんだ。そしてもしクラリゼッタさん本人があの場にいたら、350万差をひっくり返すなんて「十分有り得た」という事も……。
ルフランさんを見ると真剣な顔になっていた。すでにアレンさんから事の顛末を聞いてるんだろう。
「そういえば公爵夫人は冬の社交が忙しいみたいだな。さて、サクっとナンバー順言ってくぞー」
あ……魔王様が言わなくてもあの子が実質クラリゼッタさんだってもう気付いてるナイトさんが多いから、そういう事にしたんだ。……春になったらどうするの?
「──ナンバーは以上。じゃあナンバー10までは看板に載るから、次の女神の休息日に朝から仕立て屋パウリーへ来い。指名客も一人ずつ連れて来ていいぞ! 誰を連れてくるかはよぉ~っく考えろよ?」
ん? お客様も連れて来るの? 何で?
「やったニャー! 看板ニャー!」
ナイトさん達がちょっとざわざわしてるけどミアさんはピョンピョン跳ねて喜んでいる。良かったね!
「あ、バレットは今回売り上げがデカイから内勤だけどナンバー10に入れるぞ。11位のフィルは納得済みだ」
「はい、文句無しでバレットさんが看板です。むしろバレットさんを目指して頑張ります!」
目を輝かせながらそう言ったフィルさんは小柄で緑の髪の元冒険者ナイトさんだ。
バレットさんは普段ナイトさん達に女性の口説き方を聞かれているから、みんなの相談役みたいになっている。昔ブイブイ言わせてたチャラオジ様はナイトさんからの信頼が厚いのだ。
ああ……バレットさんを目指したらフィルさんがどこに出しても恥ずかしくないチャラ男になってしまう……。残念だけど職業上仕方ない。
というか魔王様はすでにフィルさんのフォローをしてたんだな、流石だ。
……って、ホストクラブ関係だけ手回しがいいのは何でなのっ⁉ その気遣いがあれば「仕立て屋パウリー大量殺人事件」も未然に防げたばずだよぅ!
「じゃあお待ちかねのナンバー入りご褒美、二つ名発表だ! まずは4位のネフィス!」
ひぇ! 来た! 罰ゲームの時間!
恐る恐るネフィスさんを見ると、処刑台に立たされた罪人のようだった……。蝋人形のように真っ白な顔で完全に固まっている。
「ネフィスは『……来いよ、お仕置きの時間だ』だ!」
うわぁ……魔王様、二つ名を枕に全振りした。
ネフィスさんがキキさんに枕している事を知っている私は今なら「お仕置き」の意味が分かる。お父さんのちょっとえっちな本にもなんかそういう事書いてあったし。
……あれはそういう意味だったんだ、ちょっとショックだよお父さん……。
「次に5位のセシルは『やめておいた方がいい、クレバーな僕は君をクレイジーにしてしまう』だ! 2人とも二つ名が付いてよかったな、ははは!」
うわぁ……うわぁ……否定しつつの誘い受けウザぁ……。
そしてネフィスさんの「来いよ」の対義語を使ってセットにした感出してる……。魔王様とアーニャ、お兄ちゃんが胸を張ってドヤ顔だもん。
チラリと二つ名が付いた2人を見ると……ああ、やっぱり……座ったままうなだれてる……。その表情は見えないけど想像に容易い。
ちなみにせっかく私が発動した〈哀悼の笑み〉は2人に届かなかった。
「俺……やっぱり二つ名欲しくなくなってきた……」
あ、ヴァンさん、魔王様センスがヤバイ事にやっと気が付いたみたいだ。だって二つ名じゃなくてただの「恥ずかしい台詞」だもんね。
ヴァンさんの場合は「ちんちん魔法のヴァン」だから辛うじて二つ名っぽいけど、意味は最低最悪だ。
「休み明けがちょうど給料日だな! 楽しみにしておけよー! じゃあこれでミーティング終了、質問がある奴は来い」
魔王様がそう言うと、ナンバー10全員が魔王様の所へ。何だろう?
「魔王様……また恐ろしい罠を……」
あ、ルルさんが震えてる。魔王様、また罠を増やしたんだ……。
「えー? ルルさんどういう事ー? 教えて教えて!」
「アーニャはいつも分かってねぇなー」
「じゃあレイスター教えてよ!」
お兄ちゃんがアーニャに罠の解説をし始めた。私も分かっていないのは内緒だ! コッソリ2人の話に耳を傾ける。
「ナイトは休みの日も客とデートしてんのは知ってるだろ?」
「うんうん! 貴重な休日を一緒に過ごせる子は限られてるから、太客とか育ててるお客さんを誘うんだよね⁉」
そ、そんなテクニックが……。
「そうそう。じゃあ店の裏側を見れる客って今までいたか?」
「お店の裏側?」
「前の看板作りは俺達だけでやったじゃん? でも客もその場に居合わせるって事は、客に仕事の裏側も見せるって事だろ。うちの店の身内みたいな感覚になるんじゃないか?」
「あー! なるほどね! 職場に『来ちゃった♡』みたいなやつだね! 彼女っぽいね!」
な、なるほど……。ただの看板作りにそんな使い方が!
「そうそう。でも口の軽い客だと他の客にバレて面倒になるかもしれないから、魔王様は『よく考えろ』って言ったんだと思う」
「じゃあルフランくんはカリンちゃんで決まりだね!」
「だろうな」
アーニャのその賭けだけは当たる、絶対。
もしルフランさんがカリンさん以外のお客様を連れて行って、それがカリンさんにバレたら「第二回カリン祭り~グラス投げ選手権~」だもん……。
「後は貴族のお客様を呼ぶかどうかもあるわね……他のナイトが一般人のお客様を呼ぶことを考えると、下手な貴族は呼べないもの。あと、被りのお客様と繋がりのある子が来たらバレるわ。ナイト君同士で誰を呼ぶか調整が必要ね……」
「誰が誰を呼ぶのか楽しみネッ☆」
ルルさんがさらに詳しく解説してくれた。
確かに一般人のお客様と同じ場にいるのが耐えられない貴族もいるだろうな、初期のクラリゼッタさんみたいに。
被りといえば……例えばアレンさんがミュリエルさんを、ネフィスさんがキキさんを連れて来たら……ミュリエルさん経由で真・シュリエルさんが覚醒することに……。
ひぇえ……! それは調整が必要だっ!
なんて憂慮していたらメイリアさんにローブをくいくい引っ張られた。
「……ニーナ……昼食までに急いでエルドラドへ行こう……」
あ、忘れてたっ! 私が部屋に閉じこもってたから今日はメイリアさんが気を使ってくれたのかな?
「は、はい、行きましょう!」
私、次の休みは絶対に仕立て屋パウリーに行かないんだ! しーらないっと!
今日はお店でおしぼりクルクルして、ネフィスさんとセシルさんが恥ずかしい二つ名を名乗るのを鑑賞しよう。
だが私は忘れていた。魔王様のフットワークの軽さを。
ニーナのお父さんの知らない所で株暴落w




