ニーナとメイリアの乱心
「メイリアさん、魔王様の姿絵名刺、欲しくないですか?」
メイリアさんがピクッと反応した。ククク……これはイケる!
「……魔王様のご意思に反する……」
「そうですか……でもそうするとほとんどの人族は魔王様のお顔を拝見できないですよね? 例えばアルディナさんにお渡しすればミアさんの布教活動と共に……。クックック……人界征服のためですよ! メイリアさんっ!」
「……魔王様のご尊顔は絵では表現しきれない……絵とはいえ簡単にお顔を拝見出来ては魔王様の威厳が……」
クッ……! さすがメイリアさん、中々落ちない! だが! 私には魔王様に鍛えられた交渉術があるのですよ!
「魔王様はディメンションに飾るのが嫌だって言っていましたよね? 魔王城には肖像画が沢山あります。魔王様を崇拝するあまり個人で勝手に作成、所持する分には問題ないのでは? 自分で描くか、お金を払ってでも画家に描いてもらうかの違いです! 名刺所持はただの忠誠心の表れなのです! 完全なる合法です! むしろ法律で魔王様名刺の携帯義務を制定しましょう!」
「……くっ……」
メイリアさんが私から顔を逸らした! よし! あと少し! シャナさんをイメージして実演販売風にプレゼンだ!
「メイリアさんも実は欲しいんじゃないんですか? 毎日推しの顔面を装備出来るんですよ⁉ 特注でゴールドベースにシルバーで描いた物とかいかがですか? ナイトさんの名刺よりキンキラキンですよ⁉ あ、金に赤でおめでたい色もいいですね! あとあと、魔王様イメージで黒に赤とかも迷いますよね! それにどんなポーズの魔王様を描いてほしいかはリサさんにお願いできます! 予算次第では金細工の装飾もできますよ⁉ あなたのためだけにお届けするオーダーメイドなのです!」
するとメイリアさんはプルプルと震え、やがてガクッと肩を落とした。
フッ……私がメイリアさんに勝った瞬間だ。
「完全犯罪、協力してくれますね?」
私はメイリアさんの肩にポンと手を置き慈愛に満ちた笑みを浮かべる。今なら私も聖属性魔法を使えるかもしれない。
メイリアさんは私と目を合わせ、悔しそうにゆっくりと頷いた。
「わぁい! ハイド様の名刺を作るコン? 張り切っちゃうコン!」
「リサさん! これは最高国家機密です! 運命を共にする覚悟……ございますか?」
「ゴクリ……でもリサも欲しいコン……。覚悟は決めたコン!」
「さすがです! 後はカードを作るドルムさんと、今後配る人に口止めする方法を考えないと……」
「……ニーナ……魔王様に隠そうとするから問題が起きる……」
え? どどど、どういうこと?
「……つまり……ドブグロで堂々とオーダーを受注すれば問題無い……」
「ええっ⁉ 魔王様が止めさせますぅ!」
「……魔王様がドブグロの店名を変えられなかったように、魔王命令はドワーフと獣人に通用しない……」
メイリアさんは目を見開いた顔を上げてニヤァ……と口元を三日月形に吊り上げた。
お、起こしてはいけないものを目覚めさせてしまったかもしれない……ッ!
「メ……メイリア様! 逆転の発想です! さすがです! メイリアさんが味方でよかったとこれほど思ったことはありませんよ!」
「確かにハイド様は私達に何も命令とか禁止しないコン!」
「……ふふ……ふ……クックック……」
これ以上ないくらい猟奇的な顔でメイリアさんが笑っている……メイリアさんだけは敵に回さないようにしよう。毒で人界征服できるし暗殺も華麗にこなしそうだ。
「じゃ、じゃあ後でドルムさんにお話しておきますね!」
「リサの描く絵は誰にも止められないコン!」
「……ドルムさんに相談したら追って報告する……ふふふ……」
「くっくっく……楽しみですねメイリアさん。リサさん、ドルムさんとの連携は頼みましたよ……」
「ふっふっふ……コン!」
さて、魔王様名刺の興奮もそこそこに実験場へ向かった。今日もいつも通り麦と人面野菜を植えて、飛蝗の卵の観察をする。
「飛蝗、孵化しないですね」
「……ん……まだ1週間しか経ってないから……」
「ようニーナ! ちょうどいい所にいた」
「ぎゃぴっ⁉ ままま魔王様!」
魔王様名刺がすでにバレたっ⁉
「先に雑用を片付けるぞ!」
「雑用?」
な、なんだ、バレてなかった……。
急に転移してこないでよぉ! 今度から半径3メートル位「魔王様だけダメッ!」みたいな結界を張っておこうかな?
「コナーの所に行く。ニーナがアンナの父ちゃんに念話してくれよ、俺は誰かわかんねぇから」
コナーさん? あ、キウイの件だ、魔王様ちゃんと覚えててマメだなぁ。
魔王様に着いて行ったらいつも通り農作業をしているコナーさんがいた。犬の獣人さんはキウイで酔っぱらわないのかな?
「よう! コナー! キウイとかオルガ街に売れるだけの作物ってあるか? なんかデッカイ商会がキウイを高く買ってくれるらしいぞ。この辺には無いんだってよ」
「ハイド様おはようございますワン! 植えていた作物が全て実ったから食べきる前に腐らせてしまいそうで困っていたワン!」
メイリアさんがモジモジしている。ユニークスキルで成長させたのはいい事だから恥ずかしがらなくていいのに。
「おっ、そうか! 次のキウイの収穫はいつだ?」
「来年の今頃ですワン。他にもキャラリアから持ってきた作物でオルガに無いものがあれば高く売れるワン⁉」
「おうそうだ! 高く売りつけてエルドラドの特産にしよう!」
魔王様、魔王に加えてエグゼクティブエンペラー、看板屋、世界の警察、卸売業と、どんどん副業が増えてる……。そういえばアレイルに食糧を運んでくれるとも言ってたな。輸送業まで……。
「ミアが稼いできてくれるけど俺達も稼げるようになりたかったワン。嬉しいワン!」
ミアさん……っ! 獣人はみんな家族だって言ってたもんね! みんなの生活を支えていたんだ……。
「よしコナー! エルドラドで余る作物と量を今すぐ書け! ニーナと交渉に行って来る!」
ぎゃぴっ⁉ だよね!
私の瞳に浮かんだ涙は一瞬で蒸発した。
合法と言いつつ完全犯罪を企てるニーナw 魔王様名刺が脱法ドラッグみたいな扱いになってるw
この世界には「名刺」という概念が無いので、魔王様以外は「名刺とは金属の姿絵カードのこと」だと思ってます。




