2回目の決戦日 アレン回想 中編
「……クー……です……」
ガツン! と後頭部を殴られた衝撃に襲われた。
「クー……ちゃん、だね……」
クーと名乗ったその子が自分の足元を指差したのでそちらへ視線を移すと、クーは長いスカートの裾を少しだけ上げた。すると踝の上にある黒いアンクレットが顔を覗かせた。
「慣れない街だから迷っちゃって……間に合わないかと思った……」
……これは……隷属の足輪?
奴隷に関する噂は有名だ。奴隷は隷属の首輪か足輪を着けさせられる。主人の命令に逆らうと爆発するらしい。
重犯罪奴隷は、足を捨ててでも逃げ出そうとしたり、ヤケを起こして主人に襲いかかる可能性があるので全員首輪を着けられる。攫われてきた奴隷も逃げないよう首輪。
軽犯罪奴隷と借金奴隷は足輪が多いらしい。足輪の奴隷は「犯罪者かもしれない」と勘繰られるので足輪を隠している。
……この子が犯罪者には見えないな。借金奴隷ってところか。
新品の高級そうなワンピースに着られてる感があったのはそういう事だったんだ。
僕が瞬時に思考を巡らせていると、クーが今度は首にかけていた革紐を胸元から引っ張り出した。紐の先についていたのは小さな袋。その袋の中身を僕に見せてきた。
「……これを……『1ディルも残さず使って来なさい』と言われました……」
僕とクーの視線の先にあるのは2枚の大金貨。
僕はただ……先月の返しきれない恩を返そうとしただけなのに……。また何万倍にもなって戻って来た。
はは、平民の僕がお返しなんておこがましいって事ですか。
「……プリンセスは今日だけ魔法をかけられたんだね?」
「えっ⁉」
「ふふっ、プリンセスになる魔法だよ。ここではみんなプリンセスなんだ! ところで何を飲む? お酒は好き?」
「魔法……?」
「ラストオーダーです!」
「ラストオーダーです!」
あ、ラストオーダー中だった、急がなきゃ。
ぽけっとした顔を見せたクーに再び好きなお酒を聞くと、エールという答えが返って来た。
「エール以外のお酒は僕にお任せでもいい? クーを飛びっきりのプリンセスにしてあげるよ!」
「……? はい……あたしは何が何だかわからないからお任せします……」
「ありがとう!」
コーディさんに念話だ!
『コーディさん今いいですか?』
『はいどうぞ』
『V1卓、エールやモエリ白6段タワーで今日のお会計200万ピッタリに出来ますか?』
『えっ⁉ ……クックック……お任せくださいっ‼』
流石コーディさん! とりあえず急いでエールだけ持って来てもらってクーと乾杯した。
「ごめんね! ちょっとラストオーダーだけお客様に聞いてこなきゃいけないから待ってて! すぐ戻るね!」
ポカンとしたクーに謝りながら後ずさる僕の足はもう左後ろにいる貴族の指名客へと向かっている。
急げ! 僕がやるべき事は決まった!
疾風の如く指名客の席でラストオーダーの確認を取って回り、内勤へ念話でオーダーしながらみゅうの席へ戻って来た。
ヘルプは相変わらずみゅうとしゅりに無視されている。ごめん! ありがとう! アイコンタクトでお互い「お疲れ」と言う。
「みゅうおまたせ! 予定通りでいいよね?」
「うんっ! でもぉ……姫にょひとことはしゅりだけにしゅるのっ☆ ふふふっ!」
みゅうとしゅりが悪い笑顔を見せてきた。
「うん? ……ああ、別に姫の一言は強制じゃないからね、いいよ。じゃああと1卓ラストオーダー取りに行かなきゃいけないからごめんね!」
すでに全オーダーは取り終わったけどクーの席に戻る口実だ。コールの時とラストオーダー回りの時だけは問答無用で席を抜ける!
引き止められる前にサッ! とV1卓へ向かった。
「あっ! アレンきゅん! ……はみゅぅ~……」
卑小な小細工で戦う君はエースじゃない! 振り返らずに大股でVIPの段差を上る。
「お待たせしましたプリンセス。あ、追加のエールとフードが来てるね、頂こうか? はい、あーん」
フォークに刺したステーキをクーに向けると、彼女はビクッ! と体をこわばらせた。けれどステーキと僕の顔をキョロキョロ見比べた後、もう我慢できないとばかりにパクッとほおばった。だってこの匂いはズルい。ジルさんの仕入れる肉は最高だし美味しいもん。
クーは目を見開き、皿の上のステーキと僕の顔の間でまた視線をせわしなく動かした。
「美味しいでしょ? 全部食べていいよ! 僕はこのあと浴びるほどお酒を飲まなきゃいけないから」
クーは首をかしげながらも、その手はすでにフォークに伸びている。可愛いな。
夢中でエールを飲みながらステーキをペロリと平らげたクーは名残惜しそうに空の皿を見つめていた。
「このお肉2万ディル」
「へぁっ⁉」
「あはは!」
「こんなに美味しいもの……食べたことない……。妹に食べさせたかったな……」
「家族は妹さんだけ?」
「ううん……母さんもいる。父さんは死んじゃって……それで借金取りに無理やりこの街に連れて来られた。それから……何でか知らないけど今こんな服を着てここにいる。……あの……これに何の意味があるの? このお店も何かすごい異次元だし、こんな大金を使って来いだなんて訳が分からなさすぎるよ!」
「粋な遊びだよ。君の主人の」
「え? 自分で来ればいいのに……」
来れないんだよ。
「そういう遊び方なんだ。庶民の僕達に理解できなくても無理ないね、あははっ」
『アレはラストのカリンちゃんの前よぉっ☆ やるじゃないっ!』
ラウンツさんから念話だ! そっか……おめでとう、僕も嬉しいよ。
「「「いーよいしょ! 『いよいしょ!』 始まりました! 『始まりました!』」」」
「あっ! シャンコだ! またしばらく席を抜けちゃうけどごめんね!」
「あっ! 待って! あとひとつだけやらなきゃいけない事があるの!」
クーの焦った声に振り返り、立ち上がった腰を再び下ろして話を聞く。
……かしこまりました。
「そのタイミングは嫌でもわかるよ。じゃぁね」




