Side story:ララとセシル1
本編にあまり関係のないナイトとお客様の裏側。5話完結。
私はララ。 家を出た時に本名は捨てた。
最初カリンちゃんに「恋物語のお店に行かない?」って言われた時は全く興味が無かった。
毎日毎日嫌でも男の相手をしてるのに、プライベートでまで男と関わるなんてまっぴらごめんだ。
男は金を運んでくる生き物、私がお金を払うなんてありえない。
毎日たっぷり寝て昼に起き、仕事前の湯浴みをしてお化粧をしながら念話でお客さんに今日の予約を取る。
そして週の終わりに、貯まったお金を数えるのが一番至福の時。 私の女の価値を数値化して認識する、これが私の日課。
今日も湯浴みを終えて銀製の鏡で自分の顔を見る。 鏡は高級品、でもこれだけは手に入れたかった。 私が「女の子」であるために必須なアイテム。
……実家にいた頃も目が死んでいたけど、この仕事に就いてからはまた違った感じで目が死んでいる。 肩まであるブラウンの髪はパサパサだ。
数値化された私の女の価値、本当は心を殺した代償だって事は薄々分かっている。
実家は平民の割には裕福だった。 学校に通わせてくれる親なんて普通はみんな羨ましがる。
でも私の両親は厳格で過保護だった。 学校の成績が一番でなければ「出来損ない」と罵られ、謝罪と改善案を要求される。
門限は陽が落ちる前、お小遣いは月に1000ディル、学校帰りにちょっと友達と買い食いをしたらすぐになくなる。
洋服はつんつるてんになるまで買ってもらえなかった。 洋服が欲しいと言えば「売女」と蔑まれた。
そのくせ両親は教会や学校に大金を寄付。 簡単に言えばただの賄賂だ。
私が主席を取れるよう便宜を図るため、両親が慈善活動に貢献しているという自己満足のために大金が使われた。
でも私に使ってくれたお金は学費だけ。 それだって「主席で卒業した娘」というアクセサリー獲得のためだ。
最初の頃は私のためなんだと、親の愛情を無理やり感じるように自分を騙していたけれど、お金持ちのクラスメイトに身なりをバカにされて何かがプツリと切れた。
私は友達より貧乏臭い格好でおしゃれもできずただただひたすら勉強をしていた。 そんな自分と、そんな私にした両親に憤りを感じて悔し涙が出た。
私は確かに勉強は好き。 だけどずっと女の子として輝いてみたかった。
15歳になり高等学校を卒業したその日。
母が「いい母親」の演出のためお祝いの料理作りに勤しんでいる間に、私は最低限の荷物をまとめ家を出た。
もう帰らないと覚悟を決めて。
そして両親のお望み通り、いや、当てつけのように売女になってやった。 15歳の私ができた精一杯の復讐だ。
今の私の城はお店の2階にある住居スペース兼プレイ部屋。 仕事が終わった後は栗の花の臭いで換気をしないと臭くて寝れない。 でもあの実家という名の監獄よりはるかに自由だから文句は無い。
1階でお店の開店準備をしていたらカリンちゃんに話しかけられた。
「ねぇねぇキキ、ララ、恋物語のお店に行ってみない?」
カリンちゃんはうちのお店で一番の美人さんで一番人気。 「街で一番金のかかる女」とよくお客さんにからかわれているけど、事実、一番高いと思う。
嫌なお客さんに当たった時は泥酔するまで飲んでわめきたてるからそれさえなければ完璧なんだけど……。
最近は恋物語のお店のルフランって人がお気に入りみたい。 よくミミリンとマリンとその話をしてる。
「カリンちゃんまたその話ー! ミミリンとマリンが狙ってる童貞君が働いてるお店でしょ? でも私達が男に金を払うなんてバッカみたい!」
キキはちょっとおバカで空気が読めない所があるからたまにお客さんに怒られる。 でも根はいい子だ。
「それが意外と楽しいんだって! 2万あれば遊べるよ! ララもいこーよ!」
「え……お酒飲むだけでしょ? それで2万は高いよ。 私はお金貯めたいから遠慮しとく……」
私もキキと同じ考えで、男にお金を使うなんてバカらしいと思う。 でも憂さ晴らしで男にストレスをぶつけてやるのもたまにはいいかも。
「初回は1000ディルだよ! ホント楽しいから行こうよー! 初回代くらい奢ってあげるから騙されて! 私に! あははっ!」
1000ディルならいいかと思ったところで、すかさず奢ると言われ完全に断る退路を断たれた。
というより、本当はちょっとだけ興味を持った私に、カリンちゃんが言い訳をくれた。 「そこまで言われたらしょうがないなぁ」って。 こういう所がカリンちゃんの売れている秘訣だと思う。
「えー! カリンちゃんのおごり⁉ 行ってみよっかな!」
キキの言葉で私も参加しやすくなった。 逆にここで断ったらノリが悪いと思われる。
……はぁ、普通に友達として接したいのに、何でもすぐ計算してしまう私は本当に人生を楽しむ才能が無いな。
「う、うん。 じゃあ私も行ってみようかな、代り映えのない毎日だし」
「やった! じゃあ今度ウチのお店の開店前に行くからバッチリおしゃれして行こ!」
おしゃれ、かぁ。 そういえばおしゃれをしたくて家を出たのに、気づいたらお客さんウケする露出の高い服ばかり買っていた。
だいぶ昔に買ったやつだけど、お気に入りの一着を着て行こう。 初めて自分のお金で買った大人っぽいワンピース。 仕事用のバッチリメイクもナチュラルメイクに変えたい。
……久しぶりに「私」になれる!
カリンちゃんとミミリン、マリンに連れられて来た恋物語のお店はすごかった。 本物のお城、としか言いようがない。
入口前の地面でピンクに光っている「ディメンション」という文字がまるで異次元への入口に見え、私の好奇心を搔き立てた。
魔王が作ったお店……怖いもの見たさが私の中ではじけて「もう思いっきり飛び込んでしまえ」と「私」が言った。
カリンちゃんが扉の横にあるスイッチを押すと自動で扉が開く。
「「「おかえりなさいませプリンセス‼」」」
カリンちゃんがポカンとしている私とキキを店内へ引っ張った。
「カリン会いたかったー! 今日はカリンしか呼んでないからな? ずっと一緒にいような!」
「うん! 仕事が無かったらもっと一緒にいられるのに……」
この人がルフランかぁ、ものすごいイケメンだ。 カリンちゃんがいつもお客さんの前で見せる色気のある雰囲気からただの女の子になった。
「カリンは人気だからしょうがないよ、さすがこの街一番の美人だな! あ、女の子連れてきてくれてありがと! 名前は?」
「ララです……」
「ララさん、お洋服素敵ですね。 プリンセスの綺麗な顔立ちにピッタリ合っています」
サラサラの水色の髪をした男の子が優しく笑ってそう言ってくれた。 セシルくんというらしい。
話し方が丁寧で、生まれて初めて「女の子」として丁重に扱われた気がした。
「セシルくんありがとう。 これね、初めて自分のお給料で買った洋服なんだ。 親から独り立ちした戦利品みたいなもの」
「……戦利品? どんな戦いがあったのか興味があります」
えっ……と、なんで私戦ってたんだっけ? 頭の中を整理するように、でも重い雰囲気にならないように茶化しながら親の事をグチり始めたら、セシルくんは黙って私の話を聞いてくれた。
「……ララさんはすでにご両親の呪縛から抜け出していますよ? もう過去は忘れて未来を楽しみませんか? 僕がララさんをプリンセスにして差し上げます。 女の子が見たい夢をすべて見せます」
女の子が見たい夢? ……ここなら見れるの? 客に抱かれてお金を数えるだけの私がプリンセスになれるの?
騎士服を着たセシルくんはずっと私の目を見ている。 なぜか頭がボーッとしてきた。
お城のようなこの空間に足りないもの、そして与えてくれるもの、それはプリンセスだと、「私」だと。
「私」がそっと囁いた。
続きます。
栗の花の臭い……ググるなよ⁉ ググるなよ⁉




