看板と二つ名
『今日は全員ダンスの練習に来てくれ』
少し休んだら魔王様から念話がきて、みんなで1階へと降りた。
魔王様ちょっとしか寝てない……大丈夫かな。
「メ、メイリアさん、私達またへっぽこダンスをさせられるんですかね? やだよぅ……」
「……違うと思う……」
え? じゃあ何だろ? と思ってたらアレンさんが来た。
どうやら無事引っ越し先が見つかったらしい。 お高めの物件は空きが沢山あったとのこと。
「よう! アレンとルフランいるか?」
魔王様が転移なさって来た。 あれっ⁉
「な、何でリサさんが⁉」
「リサが姿絵を描くコン!」
「あ、そ、そういえば絵も得意って言ってましたね」
「奴隷にされてた時にお父さんとお母さんの顔を忘れないよう絵に描いてたコン。 千里眼で見た街の風景も描いてたコン。 ……それくらいしかやる事が無かったコン」
……そうだったんだ。 悲しい現実だけどそのおかげで絵が上手になったんだな。
「リサさんの姿絵、楽しみです!」
「お任せコン!」
「アレンしか来てないか。 ちょうどいい、アレン、物盗りの話は内緒にしててくれ。 他のナイトを不安にさせたくない、何かあれば俺らが何とかする」
「わかりました」
アレンさんはいつも通りの爽やかイケメンスマイルで魔王様に答えた。
「あ! アレンだコン? 描きがいのある顔してるコン! さあ早速着替えてそこに座るコン!」
リサさんがやる気満々だ! イケメンの造形は絵描きの創作意欲を湧かせたらしい。
騎士服に着替え終わったアレンさんは、訳が分からないままリサさんの指示に従って色々なポージングをさせられている。
「もっとアゴを上へコン!」
「そのまま流し目でこっちを見るコン!」
「あ! そのポーズのまま止まるコン!」
リサさん……ね、熱が入っている!
無理矢理カッコイイポーズをさせられたアレンさんはものすごく恥ずかしそうだ。
今は普通サイズの紙に描いてるけど、後で看板におっきく描き直すのかな?
「くっ……リサちゃんの考えたポースカッコイイ! 私も負けないからねっ!」
……アーニャがなぜか対抗意識を燃やしている。 「カッコイイポーズ集」も作るのかな。 どうでもいいけど。
アレンさんが描かれている間に次々とナイトさん達が出勤してきた。
アレンさんを見たルフランさんは、自分の一瞬先の未来を想像し顔を引きつらせている。
「ニャ⁉ リサが姿絵を描くニャ? 僕も描いてほしかったニャー!」
「ミアならエルドラドで描いてあげるコン! 今は邪魔しないでコン!」
「ニャッターーー!」
ミアさん……よかったね。
ルルさんメイリアさんは魔王様と何か話し始めた。 多分看板の話かな。
他のみんなはダンスの練習を開始。 女役が足りないからほとんどナイトさん同士で踊っている。
そういえばラウンツさんの練習風景を見るのは初めてだな。
……ラウンツさんのウットリとした瞳により私もダメージを喰らったのでそっと視線を外す。 みんな頑張ってね……。
「おい! ニーナはルルの代わりにダンスに付き合え!」
「ぎゃぴっ!」
何もしてないのがバレたっ! ……仕方なくへっぽこダンスを披露することに。 しくしく。
ダンスをしながらチラリとリサさんを見ると、もうルフランさんの番になっていた。
ルフランさんは、恐らくだがリサさんの指示により騎士服をはだけさせられている……何でっ⁉ アレンさんより恥ずかしそうだ。
何とかダンスの練習を終え、2階でご飯を食べてから営業準備のためにまた1階へ降りる。
おしぼりをクルクルしている時が一番落ち着く……。
「よーし! 営業準備終わったな⁉ お待ちかねの二つ名発表だ! ミーティングするぞー集合!」
二つ名……魔王様が張り切っている。 ナイトさん達はみんなワクワクしながらソファへ座った。
「フッフッフ! じゃあ発表するぞ! まずアレンは『恋の無限螺旋階段へエスコートします』」
アレンさんのワクワク笑顔が固まった……!
二つ名ってこういうものだったっけ⁉ なんで台詞調なのっ⁉
そういえば魔王様……求人票にもこういうの書いてたな……。
「ルフランは『女神ですらクレイジーに落とした、堕天使へとな』」
ルフランさんのキラキラの瞳も石化したっ!
「ちょ、ちょっと待ってください代表!」
ルフランさんが魔王様を止めた! 抗議していいんだよ!
「あん? なんだ?」
「さ、さすがに女神様はマズイです……教会に目を付けられたくありません……」
「あー……人族の信仰は月の女神とかだったな。 忘れてたぜ」
そうなんだ。 魔族は初代魔王様を魔神として信仰してるけど、人族が魔神を崇めるわけないか。
「そ、そうです……人界は太陽の神ファネイと月の女神セレネーが創りし世界樹、ユグドラシル信仰がほとんどです」
人族は木を信仰してるの? 変なの。
あ、でも魔界にも樹齢千年の木とかあるな……魔神降臨の時代からずっとあるなんて確かにすごいかも。 世界樹はどこにあるのかな?
「じゃあ変えるか。 アーニャ、他の候補って何だったっけ?」
「『通行人のハートにすら火を点けてしまう俺は愛の放火魔』と『俺が魅せるナイトメアは現実』だよ!」
どっちに転んでも地獄! やっぱり魔王様とアーニャのセンスに任せちゃいけなかったよぅ! お兄ちゃんも悪ノリしたな……!
「よし! みんなで決めよう! 『通行人のハートにすら火を点けてしまう俺は愛の放火魔』がいいと思うやつは手ェあげろ!」
バババッ! っと半数以上の手が上がった……。
みんな他人事だと思ってる! ヴァンさんミアさんだけは本気で羨ましそうな目をしてるけど……。
「じゃあルフランは放火魔で決まりな! 次はミア!」
ああ……ルフランさんが放火魔に……。
「ミアは『伝説 と書いて 僕 と読む物語を一緒に紡がないかニャ』」
「ニャッターーー! カッコイイニャ!」
うん……ミアさんが一番マシかも。
「今日から二つ名を名乗っていいからなー! 良かったな! ははは!」
リサさんに恥ずかしいポーズをさせられた上に、恥ずかしい二つ名をもらったアレンさんとルフランさんは笑顔のまま目だけ死んでいる……。
「あ、看板にも二つ名書いてやるからな! 楽しみにしとけよ!」
ああ……看板の二人がガックリと下を向いた。
「次に給料日だけど、今回は5日が店休日だから特別に前倒しで4日に支給するぞー」
みんな初のお給料の話で再びワクワクしだした! 特にアレンさんルフランさんは300万超えだもんね!
「魔王様、みんな酔ったまま大金を家に持ち帰って大丈夫かしら?」
あ、ルルさんの言う通りだ。 魔族は亜空間魔法を使えるから安全だけど。
「……危ないな。 おい! 人界には金を預けられる場所はないのか?」
「俺は冒険者ギルドに登録してるから預けられます! 他のやつは商業ギルドで預かってもらえばいいんじゃないか? 手数料取られるけど」
メイリアさんに薬草を貢いでいた元冒険者ヴァンさんの話によると、冒険者ギルドか商業ギルドにお金を預けられるらしい。
店長のコーディさんが直接ギルドにお給料を入金しておくこともできるとの事で、みんなお給料日までに登録しておくと話はまとまった。
ミアさんアレンさんは亜空間魔法が使えるから不要だ。
「最後に! 客、特に貴族に関しての情報は他の客に話さないようにな。 これはみんなナイトのマナーとして分かってると思うけど、念のためもう一度言っておく」
諜報員対策だ。 ナイトさん達はいつも通り返事をしてミーティングは終わった。
そして今日の営業が始まる。
「代表……」
アレンさんが悲しそうな笑みという複雑な顔でバックヤードに来た。 どうしたんだろう……?
やっとチラリと出てきた世界樹。
読者さんは覚えてますかね(^_^;)




