真面目っ子ニーナ
……どどど! どうしよう! でも失敗したら早めに言わないと大変な事になるから、報告・連絡・相談・死ぬ覚悟は大事って財務部の先輩が……。
あああ! 言うの怖いよぅ! 魔王様ごめんなさい!
「ま゛っ! ま゛お゛うざま゛ぁ……! ……グスッ……グスッ!」
「うお! 何泣いてんだニーナ⁉」
「ご、ごめ゛んなざい゛ぃぃぃいいい! ヒック……ヒック!」
「何だよ? 落ち着け、ゆっくり話せ」
「グズッ……! お、お茶会の領収書ぉ……!」
「お茶会の領収書? ……クラリゼッタか!」
「なんじゃ⁉」
「会場代の領収書をクラリゼッタに渡したって事だな?」
「ぞっ! ぞうでずっ! ……はぁ、はぁ……貴族のお茶会なのでっ、こ、交際費の計算で、使うかなと思って……使用人さんに渡したら受け取られたので……」
普段、ディメンションのお会計時に領収書は発行していない。 でもどんなお店でもお客様に求められたら発行するのが魔界の常識だったので、ディメンションオープン時に念のためコーディさんが領収書の用紙を用意してくれていた。
お茶会ではなんとなくそれを使用して領収書の準備をしておいたのだ。
「ニーナ泣くな、お前は立派に経理の仕事を全うしただけだ。 何も悪い事はしていない」
「は、はいぃ……」
よかった、怒られなかった。 でも……。
「アリア、クラリゼッタがうちの店でお茶会を開いたんだ。 その時の会場代10万ディルの領収書がクラリゼッタの屋敷にあるはずだ」
「なるほどの……公爵夫人が魔族経営の店を利用した領収書か……。 これだけでは証拠として弱いが、戦争の理由なんぞいつもこじつけじゃ。 わかった、父上に報告する。 クラリゼッタの屋敷から領収書が消えているかの確認もしておくのじゃ。 では本日はこれで終いでいいかの?」
「おう、魔族の扱いで困ったら相談してくれ。 あ、アリアのハートベアデコはドワーフからの献上品って事にしとけよ?」
「あいわかった。 わらわはもう店に行かない方がいいの……」
「残念だがさすがに王女はな。 ってかそもそも未成年は出禁だ、いい機会だから諦めろ!」
「しょうがないの……」
「アリアヴェルテ様、発言をお許しいただいても?」
いつも談話には加わらない宰相さんが珍しい、何だろ?
「うむ? なんじゃ?」
「今、国王様より念話が。 アレイルの凶作は突如発生した虫害です。 過去の歴史によると、何年も続く可能性があるという事を申し添えておきます」
「何年も……? そうなったら大飢饉ではないか!」
「マジか……そりゃ飢饉になる前に戦争を、って考えてもしょうがないかもな。 とりあえず事情はわかった! じゃあまたな!」
まだ涙を拭っている私を左手に抱えた魔王様がディメンション1階へ転移させてくれた。
「ニーナ心配するな! むしろ物盗りの目的が分かったかもしれないぞ! お手柄だ!」
魔王様はいつも通りのニヤリとした笑みを浮かべそう言ってくれた。 こういう所が魔族に愛されてるんだよなぁ。
「は、はひぃ……」
「そのブサイクな顔が元に戻ったら上へ上がって来い」
そう言って魔王様は2階へ上がって行った。 ……魔王様なりの気遣いだ。
氷魔法でしばらく顔を冷やし、更衣室の鏡で顔をチェックしてから2階へ上がる。
「アッ! ニーナちゃんおかえりっ!」
「ただいまです……」
ラウンツさん達みんなと魔王様がダイニングにいた。
「ニーナちゃんが来たから話をまとめるわね」
ルルさんが話し始めた。 何だろ?
「お茶会の領収書が国内での争いに利用されるとしたら、クラリゼッタさんは最悪、外患誘致罪をでっち上げられるわ」
「ルルさん、がいかんゆーちってなに?」
アーニャと同じく私もよくわからない。
「ああ、つまり他国、今回は魔界ね。 魔界と結託してオルガを乗っ取ろうとしてるって意味の罪よ」
ええっ!
「乗っ取リゼッタさんにされちゃうの⁉」
アーニャこんな時にまであだ名を……。
「大丈夫よ、クラリゼッタさんがそんなつもりは無いのを国王はわかっているから、罪に問われないはず。 魔族との交流を決定したのは国王だもの、国内なら何としても握りつぶすわ。 可能性として高いのはアレイルに領収書が渡っている方よ。 アレイルがオルガに攻め込む理由として、オルガがクラリゼッタさんを使って魔族と手を組んだという筋書きを作るかもしれないわ。 個人ではなくオルガ国として動いていると、ある事ない事吹聴される可能性が……」
あ、よ、よかった……。 クラリゼッタさんはなんとなく嫌な人だと思うけど、冤罪で裁かれてほしいとまでは思わない。 仲良くするのはご勘弁願いたいけど。
「俺らはディメンションの経営とエルドラドの警備位しかしてないのにな!」
お兄ちゃんの言う通りだ!
「それだけ人族は魔族を敵視しているのよ」
「た、確かに私達はコッソリ人界征服しようとしてますけど、攻撃はしてないですよ?」
「……ニーナちゃん達には教えられていない魔界の歴史があるのよ」
ルルさんが魔界と人界の歴史を少し教えてくれた。
昔の魔界はやはり「力こそ全て!」って感じの歴代の魔王様達がいて、人界の一部を征服していたこともあるらしい。
ただ、魔界と人界が距離的に離れている事や、人族を上手く扱えなかったことでコストばかりかさみ、人界から撤退したらしい。
そして人界撤退の記憶が薄れる度にそういった歴史を何度も繰り返しているから、人族にとって魔族は敵として認識されていると。
また、魔族が人界から撤退したという不名誉な歴史を後世に伝えたくないがために、魔族のほとんどはこういった歴史を知らされていないとも。
「……な、なるほど。 だから魔王様は力ではなくホストクラブで魔族念願の人界征服を果たそうとしているんですね!」
ホストクラブで人界征服なんて思い付きで始めたと思ってたけど、魔王様、実はものすごく考えた結果なんじゃ……。
私が魔王様を見るとフイッと顔をそらされた。 なんでっ! 尊敬のまなざしを送ってたのにぃ!
「まぁ結局はだな! オルガとアレイルが戦争しようが、魔界として関わる事はしない。 今まで通りだ! もしアレイルが魔界を巻き込むつもりでも、俺らが暴れたら他国でディメンションの出店がしにくくなるからな。 アレイルの手には乗らん。 『魔界は関係無し』を貫く! 以上だ、俺はちょっと寝るからまた後でな!」
そう言って魔王様は転移してしまった。 おそらく魔王城の豪華なベッドへ。
「ふぅ……アレイルからの諜報員がお客様に紛れていた可能性があるわ。 みんな、怪しい人物に心当たりはあるかしら?」
ルルさんに聞かれたみんなが考え込んだけど、特に思い付かなかったみたい。 プロの諜報員、さすがだ。
「……引き続きお客様の会話には注意してちょうだい」
みんなルルさんに了承の返事をしていったん解散となった。
「ねぇニーナ! 今日は二つ名発表だね! 特別に先に教えてあげよっか⁉」
「あ、そうだったね。 ……いいよ、遠慮しとく」
「えー! じゃあラウンツさん聞いて!」
「アタシの審査は厳しいわよっ⁉ 教えてちょうだいっ!」
アーニャ達のきゃいきゃいとした声を背に部屋へ戻り少し休む。
……クラリゼッタさん、今日来るのかな?




