ニャー
『ニャー、ニャー、ニャー、ニャー、ニャ‥‥‥』
(猫の鳴き声‥‥?)
今何時なんだろうか。
異世界に来てはじめての夜。
『ニャー、ニャー、ニャー、ニャー、ニャー、ニャー、ニ‥‥‥‥』
(猫の‥‥?)
もちろん電気などのインフラはない。なので部屋の中は暗い。というか漆黒である。
なんなら月明かりのある外のほうがよほど明るい。
『ニャー、ニャー、ニャー、ニャー、ニャー、ニャー、ニャー、ニャ‥‥‥』
(猫‥‥?)
先ほど、暗闇の中、温めていたカレーをなんとか食べた。
今はもうやれることもなく、ベッドのうえでゴロゴロしながら明日からの苗作り、水引き、開墾、作付けなどなど、これからやらなければならない色々なことについて考えていた。
『ドン、ドン、ドン、ドン、ドン!ドン!ドン!ドンッ!ドン‥‥‥‥』
(ドアを叩く音)
『ドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッ!ドンッ!!』
(ドアをおもくそ叩く音)
「おい、おい、開けろ、開けろ、開けろニャッ!このヒキニャーートォッ!いい加減出て来いやあッ!ほんっと、いい加減にしないと叩っ殺すぞ!このハナクソニャートがッ!」
(ドアの外から聞こえるガナリ声、まるで反社の取り立て屋だ)
ハルヒロは瞑っていた目を『クアッ』と見開き、バッとおもむろに起きあがると足早に玄関口に向かい、ドアをおもいきり『ズバンッ!』と開け放った。
【ーーーウッルセェェェェェーーーーーーッ!!!】
「二、ニャッ!!?」
「さっきからニャーニャーニャーニャー、うるせーつってんだ。こっちに来たばっかりでナーバスになってんだ、ほんっと、おまえこそいい加減にしてくれよ!」
ちょっとだけビクッと怯んだ様子をみせたタヌキチだが、すぐにハルヒロに向きなおると、なにやら『~ククク』と、不敵な笑みを浮かべている。
「‥‥ククク‥‥‥ツンデレニャ。こんニャ愛くるしいニャーが困っているというのにガン無視するとは、ツンデレ以外に考えられないニャ。だが、もうそういうツンはいいのニャ。さあ、デレよ。ニャーを家に招き入れ、食事を用意せい。ニャんなら、撫でさせてやらないこともないのだぞ、下等生物よ!」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
ハルヒロは扉をスゥーと閉める。
おそらく、これは押し売りまがいの嫌がらせか、反社会的タヌキのたわごとだろう。こういう輩にはできるだけ関わらないほうが良い。
「お、おい、おーい。ちょっと、待て待て、待てニャ!ニャんニャんだお前は!?し、閉め、閉めるな!!おい、おーい!」
ハルヒロは閉めかけた扉にカチンとチェーンロックを掛けて、その隙間から覗きこむように聞き返した。
「‥‥‥なんだよ?」
「ニャんだよって‥‥お前、ちょっとおかしいんじゃニャいのか。ニャーのこの愛くるしい姿を見て、ニャんにも感じないのか?普通の下等生物なら愛らしさのあまり、ションベン漏らして悶え死んでもおかしくニャいんだぞ!」
「‥‥‥なんでだよ?」
「なんでって‥‥お前、ニャーが魔法生物界のアイドル、神獣大ニャンコ様だからに決まってるだろうが、そんくらいわかれやッ!」
「‥‥シンジュウ、ダイニャンコ様?」
(‥‥神獣‥?それに、魔法生物界のアイドルとはいったい‥‥)
そう言って胸を張るタヌキチ。だが、その姿は神獣というより薄汚い太った茶トラのタヌキそのものだ。
「‥‥‥魔法生物界のアイドル、神獣大ニャンコ様って、お前こそアタマおかしいんじゃないのか?」
「ニャ、ニャんとも強情な下等生物めェ。はたして、この肉球を見ても、その強情、持ちこたえられるかニャ?」
そう言ってタヌキチは両手をパッと前に出して、手のひらを開いて見せた。
「ニャんなら、このプニプニ肉球、さわらせてやってもよいのだぞ!どうだッ!」
どうだッ!と汚い肉球をどや顔で見せられた。
「‥‥いや、別に」
「‥‥‥‥え!?‥‥‥いいの‥‥?」
「うん、汚いもん」
「き、汚いって‥‥‥も、もしかして、お前、ほんとのほんとに強情系じゃないの‥‥‥?」
そう呟くタヌキチは魂の抜けたような呆然とした顔つきでこちらを見上げている。
「はっ!?‥‥‥‥い、い、犬派?‥‥まさか、まさか、お前‥‥犬派か?‥‥‥‥いや、犬派だとしても、我からにじみ出る【魅了】の魔力から逃れる術はニャいはずだが‥‥‥」
ハルヒロは実際、犬派でも猫派でもタヌキ派でもない。どうでもよい。そんなことよりタヌキチの口から、なんとも気になるワードが聞こえてきた。
「ん?‥‥魅了の魔力って、もしかして魔法のこと?」
「当たり前だ!!魅了はニャーみたいな神獣だけに許されたSランクバッシブ魔法だ。全ての魂あるものはニャーの魅力に魅了され虜になるはずニャのに。‥‥‥どうやら、神が言っていた通り、お前は、Wi-Fiの情報世界線を越えたとき、亜空間放射線に汚染されてパッパラパァーになったみたいだニャ‥‥」
魔法だけでもビックリなのに、突然、神の名前、それに、なにやら、アクウカンショウキとか汚染とかパッパラパァー?とか物騒な言葉が出てきた。
「‥‥‥‥あいつ(ソー)のこと知ってんの?」
確かメッセージを乱発してロックされる前の【LINE A】でのやり取りに、『アドバイザー送る』的なことが書かれていたような気がする。
「た、タヌキチ、まさか、お前がそのアドバイザーか?」
「って、おいッ!ニャーの名ははタヌキチじゃねえ!我が名は神獣十二支が一柱、微笑みの貴公子こと神獣大ニャンコ様ニャ。これからは大ニャンコ様と敬称で呼べ、わかったかァッ!この下等生物!」
「‥‥‥‥嫌だよ」
(ギギリギリリッ!)
ハルヒロの言葉に、微笑みの貴公子様はまるで苦虫を噛み潰したような顔をして、ギリギリしている。
「こッ、このクソニャートがぁ!こっちだって来たくて来たわけじゃあねえ!神の野郎に『顧客のヒキニャートが転送汚染で過度な偏執狂になったかも知れんから、ちょっと様子を見てきてくれ』ってゴリゴリに頼まれたから、忙しいのに来てやったんだろ。そんくらいわかれや!この下等生物が!」
怒り心頭に捲し立てるその姿は、とても微笑みの貴公子とは言い難い。
だが、ここにきて、魅了、バッシブ魔法、亜空間放射線、転送汚染、神獣ニャンコ、アドバイザー、汚染による偏執狂化、と理解不能な新言語情報が氾濫しだしている。
(‥‥‥これは問題だ)
ハルヒロは、はたと考えてからふうぅとゆっくり息を吐いた。
「‥‥ふうぅ‥‥‥悪気はないんだ、あんまり騒がないでくれよ、ニャンコ先生」
そう言って、ハルヒロはチェーンをカチャリと外しドアを開くとニャンコ先生の襟首をむんずと掴み、玄関口に置いてあった背負子つきの編みかごにポスンと放り込んで屋内に引き入れた。
「え、え、え‥‥?ニャええーーッ!?お、おい、おい、なんニャんだ、ニャにするんニャ‥‥‥た、た、助け、助けてええええええ~~~~~!」
ニャンコ先生の叫び声がアスガルドの夜空にむなしく響きわたるのであった。
最後まで読んで頂きたいへんありがとうございました。