ふと
ーーーふと、目が覚めると。
薄ぼんやりとした意識の中で、煌々とした蛍光灯の灯りが視界に入った。
(‥‥ああ、また灯りをつけたまま寝てしまっていた)
正月が過ぎて、もうすでに一週間。ハルヒロは寝正月を決め込んでグダグダグータラと過ごしていた。
昨夜もビール片手にお気に入りの美少女アニメ作品【 けもみみエンジェルズ 】を観ていたら、いつの間にか炬燵に突っ伏して寝てしまっていたようだ。
まあ、真冬のこの時期は、ビニールハウスで幾らかの野菜や苗を育てているだけで、ほとんど仕事がない。
ハルヒロは現在、母方の親から譲り受けた築百年の古民家で三町歩ほどの田畑を耕しながら、ひとりで悠々自適な自給自足のような生活をしていた。
「‥‥‥んふうぅ~」
まだ昨日の酒が残っているようで、頭が少し痛い。
ハルヒロは、こめかみをグ二グニと揉みほぐしてから、軽くため息を吐いた。
さて、炬燵の中に潜り込んで二度寝しようか、と思ったとき。目の前に見慣れない『何か』の影が見えた。
「‥‥ん?」
ぼんやりとした意識の中で、ハルヒロは眼鏡を捜した。
おそらく遺伝なのだろう。幼い頃から視力が悪く、物心がつく頃には眼鏡をかけていた気がする。今では眼鏡無しでは全ての景観がぼやけてしまい、あまり見えていない。
だから、目が覚めたら、まず眼鏡を捜す。これがハルヒロの毎朝の日常行事になっていた。
眼鏡を右手で捜しながら、ゆっくりと視線を上げて、その『何か』に目を凝らす。
「ん‥‥!?」
(フィギュア 【 けもみみエンジェルズ ルウルウ1/8スケール 】‥‥!?)
ショウケースの中に飾ってある筈の、けもみみ美少女フィギュア、本来は麗しくも扇情的な女豹のポーズをしているルウルウ)が、なぜか炬燵の盤面に胡座をかいて鎮座している。
「んんッ‥‥‥!?」
女豹のポーズをしていた筈。
だがいまはガックリと肩を落とし、酔いつぶれたオッサンのような姿で座っているではないか。
(んんん?‥‥‥ど、どういう‥‥?)
ハルヒロは吸い込んだ息を殺して、そっと眼鏡を探った。
炬燵の上にいるそれが物音に驚いてどこかに行ってしまわないように、じっと見張りながら、ゆっくりと腕だけを周辺に這わせる。
すると、フィギュアの小さなカラダから『~スゥスゥ』という微かな息音。それとリンクしてあの爆、いや、巨乳が心なしか上下しているような気がする。
(‥‥寝息の音だろうか?)
ハルヒロは耳を澄ませて目を凝らしていると、驚いたことにルウルウの鼻から小さな鼻ちょうちんがプクゥと膨らんで『パチンッ!』と小さく爆ぜた。
爆ぜたと同時に、なんと、ルウルウの瞳がパチリと開かれたのだ。
「んん!?お、おう、なんや、寝てもうてたわ」
ハルヒロはハッと息を呑んだ。
なんと、けもみみ美少女フィギュア ルウルウ1/8スケールから酒焼けしたような野太いオッサンの声が発せられた。
炬燵の下を探っていた手が眼鏡の縁に触る。急いでそれを引き寄せ、ゆっくりと机の上をうかがった。
そこで、ハルヒロは目を見張る。
(動いている。フ、フィギュアなのに、フィギュアなのに動いている‥‥)
直感的に(いつもの夢)なのだと思った。
(こ、これは‥‥‥夢‥‥?)
まだ夢の中にいるのだ、きっと。
僕はこういう夢か現実かわからない夢をたまに見る。だが、こんなにも現実と区別できないような夢は相当に稀なのだけど。
だが、まあ、これが現実でないと仮定するなら、なんら恐れることはない、と思う。ハルヒロは半信半疑ながら、思いきってこの夢の産物に声を掛けてみた。
「お、お、お前、だれ?」
少々びびりながらこう尋ねてみると、目の前の美少女フィギュア‐ルウルウは一瞬だけビクッと肩を竦めたが、すぐに鋭い眼光をこちらに飛ばし、鼻をフンッとひとつ鳴らして、こう言った。
「だれやあらへんがな。ソーやがな、ああ、あれやで、オールマイトやないで、マイティのほうな」
(ソ、ソー?‥‥‥マイティのほう!?ま、まさか‥‥)
「ア、アベ、アベ、アベンジャーーー」
「‥‥言うとくけど、アベンジャーズちゃうで」
「はあ?」
「いや、『はあ?』やあらへんがな。あちらさんはなんや、作りもんのバッタもんやで、ワシこそが正真正銘、元祖、異界アスガルドを統べよる【Wi-Fiの神】マイティ・ソーや!」
(‥‥‥アスガルド‥‥Wi-Fiの神?)
頭がずきずきする。二日酔いだ。まだ残っている酒と寝起きとでくらくらと目眩がする。
あまりのことに『なんで関西弁なんだ‥‥?』と、そんな素朴な疑問を感じながらマイティ・ソーと名乗るルウルウ(フィギュア)をうつろな目でながめていた。
だが、いずれにせよ。もう少ししたらこいつは消えていなくなるだろう。なんてったって、これは夢なんだから。
「夢ちゃうで」
「え!?」
思っていたことをズバリと言い当てられた。こ、こいつ、人の心が読めるのか?
「見なあかんで、現実を」
「‥‥げんじつ?」
「自分、そんなんやから、そない、とっことんショッボい人生送っとるのとちゃうんの?まあ、知らんけど」
「し、知らんけどって‥‥」
(確かに、胸を張って誇れる人生とは言い難いけど、これでもそれなりに頑張って生きて来たんだ。いきなり現れて、なんにも知らないくせに『とっことんショッボい人生』とか、いったいなんなんだよ、こいつは‥‥)
面白そうな夢だからちょっと付き合ってやろうかと思ったけど、わけのわからないこいつの関西弁を聞いてたら、だんだんムカムカしてきた。
ハルヒロは、もう面倒だとばかりに再び朝の眠りを楽しむべくゴロンと横たわり、炬燵のなかに潜りこんだ。
「なんや、言うてるそばからそれかいな、まったく自分にはかなわんなぁ~」
「うう、うっさいッ!」
炬燵の中に潜り無視を決め込むつもりだったのに、思わず心の声が漏れてしまった。と同時に僕の額からは嫌な汗が、じと~と流れた。さっきまで『これは夢だ』と思っていた。でもそれが今は『夢であってほしい』という願望に変わっていた。
(ま、まさか、夢じゃないのか‥‥)
長らく引きこもり生活をしていると、こういう現実味のある夢はたまに見るのだが、これほどはっきりくっきりしていることはないような気がする。
炬燵からゆっくりと頭だけ出したハルヒロはおそるおそる部屋の中を見渡した。そこには、寛治爺から譲り受けたいつもと何ら変わらない古民家の薄暗い部屋が広がっている。
異界の神、マイティ・ソーを名乗り、関西弁を喋る美少女フィギュアがこちらを見下ろしている以外はーーー。
「ヒィ~ッ!!お化けェ~~ッ!!」
『~夢じゃない』と判断したハルヒロは、そう叫び声をあげながら炬燵の中にスパンッと潜りこんだ。
「ウワハハハッ!『ヒィッ!お化け~~!』って、長年こないなことやっとるけど、そないオーソドックスな反応、はじめてやわ。昨日のことと言い、自分笑かしよるのォ」
大笑いしているダミ声が炬燵の中まで聞こえてくる。それにしても、昨日って何のことだ?あまりにも気になったので、掛布団の隙間から少し顔を出して、おそるおそる聞いて見る。
「‥‥‥‥きのう?」
「自分、昨日めっちゃ泣いとったで」
ソー(フィギュア)はニタニタと笑いながら、そんな身に覚えのないことを言う。
「ワシのこの肢体、むさぼるように触りながら『異世界行きてェ~~ハーレム作りてェ~~』言うて号泣しとったがな」
「なッ!?」
昨夜の記憶を思い出していくにつれ、顔が火照っていくのがわかった。
確かに昨夜はアニメを見ながら発泡酒を四、五本、いやもっとか、開けた。酒を飲みながら夜通し見ていたアニメ異世界美少女けもみみハーレムのウハウハモテモテ主人公が羨ましすぎて、確かに、酔ったいきおいそのままに、わけの分からないことを口走っていた気もする。
酒を飲むと涙もろくなるのは事実だが、まさか、号泣した上そんなことを口走っていたとは。
「ハーレムあるで」
「はぁ?」
「『はぁ?』や、あらへんがな、けもみみハーレムあるで、言うとるんやがな」
稚拙な文、最後まで読んで頂き、ほんとにありがとうございました。
話は変わりますが、今日18時から東京は銀座で行われるアメリカ大統領選トランプ支持集会に参加するかどうか、真剣に悩んでいます。
【天穂の魔王と金色の菜園】と併せて、ぜひとも御意見聞かせてください。