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「」

形式的に、チャットを「」と『』で表現させていただきました。

「やっハロー!」


 その文字を打つ手が震えた。


 僕はLINEを開いて、最近できたばかりの僕の彼女にLINEを送ろうとしていた所だった。今は深夜の2時頃で、きっと向こうは起きていない。

 でも、なにか寝る前に冷やかしてやりたかったのだ。とても可愛い僕の彼女だ、彼女とはできることなら永遠に話していたいくらいだ。本当ならずっと離れたくないけれど、それでも離れなければならない時はLINEする。

 今日もいつも通り、僕が寝る前にLINEして、彼女が翌朝LINEを返してくれるという段取りの筈だった。筈だったのに……


『あたまいいたいの』

『くるしいの』

『しにたいの』

『いきたいの』


 僕が送信ボタンを押そうとしたまさにその直前に送られてきた数々の言葉が、僕には……まるで、僕を押し潰そうとしているかのように感じられた。


 鬱、

 というやつなのだろうか?


 しかし、彼女は僕の前ではいつも飄々としていたのに……


『いたいの』

『くるしいの』

『どうでもいいの』

『なんでこんなになるの』

『嫌なの』

『死にたいの』

『いきたいの』


「ど、……どうしたん、だよ」

『辛いの』


 彼女の「辛いの」という言葉は僕の言葉に反応するものではなく、勝手に書かれただけのもの、だったのではないのだろうか。

 彼女とは最早会話すら成立しなかったのだ。

 これは……。僕の気持ちは同情ではなく恐怖だった。彼女の気持ちも、鬱ではなく狂気だったのではないだろうか?


『くるしいの』

『なんでこうなるの』

『いやなの』

『なんでいきてるの』

『いやなの』

『いきるの』

『しぬの』


「大丈夫か?」

 僕は……彼女に声をかける。

 彼女は、返事をしなかった。


 返事の代わりに、彼女は意味を失った言葉を続けるだけだった。

『なんでこんなにかなしいの』

『なんでこうなるの』

『なんでうまれたの』

『……かなしいのに』

『……くるしいのに』


 いや……違うのかもしれないな。

 彼女は意味を失ったんじゃなく、……僕達が失っていた意味を取り戻しただけなのかもしれない。

 彼女の、狂気が── 僕に。

 僕達に、意味を新たに教えてくれないと、どうして言い切れるんだ?


『どうでもいいのに』

『かなしいのに』


 そこで、彼女の言葉は少し途切れた。

 僕は頭の中では色々考えているつもりだけれど、体は固まったままで手を動かすことすら出来ない。

 言葉を忘れてしまったみたいだった。

 ついさっきまでは言葉を発せたはずなのに、考えれば考えるほどに僕は何もできなくなる。


『ごめんなさい』

『うつなの』

『障害なの』

『たまに』

『どうでもよくて』

『でも泣きたくて』

『いたくて』

『きもちわるき』


 障害、だけ漢字かよ、って、そんな些細な事ばかりが気になってしまう僕が自分でも嫌になる。

 障害という熟語には『害』というマイナスな意味の漢字が入っているから、障がいと書くべきだ、ってこと、知らないのかよ。


 僕は彼女に尋ねる。

 形ばかりだと自分でも思う、でも、……他になんて聞けば良かったんだ?



『もういやなのに』

『がんばってるの』

『がっこういこうとがんばってるの』

『がゆばってるのに』

『くるしいの』

『なんで』

『なんでこんなにしょうがいがあるの』


『かたてでかぞえられないのはなんで』


「大丈夫か?」


 彼女は、意外にもすぐに返事をくれた。

 それが返事なのかどうかは分からないにしても……


『なんで』


 なんで、か、なんて、わかるわけがない。分かる人がいるとしたら、そんなの全知全能の神か、悪魔か。

 ──僕は彼女に、何のLINEも返せなかった。


『つらいの』

『だいじょうぶじゃないの』

『くるしいの』

『ごめんなさい』

『じしんがないからいけないの』

『さみしいの』

『くるしいの』

『なんで』


 彼女は数十分間、ずっと沈黙を保っていた。

 僕にはその数十分の間、言いたいことはいくらでもあった。思考はまるで奔流のようだった──しかし、手は動かなかった。


 僕には分かっていたのだ、ここで言葉を発せなければ、彼女を救うことはできないと。

 それでも──僕は、怖かった。

 だから、僕は、何も言わない。


『なんで』


 それが、彼女が僕に向けて発した最後の言葉だった。


[トークルームから退出しました]


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