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窮命窮窮

作者: Dr.龍蔵

 中目黒駅の線路の下は小さな箱が一線に並ぶように区切られ、そこへ居酒屋や焼肉屋が入って窮屈に店を構えている。日の出ているうちは、この真新しい店の看板と薄汚れた線路のあいだから無理に店を詰め込まれた人工的なニオイが放たれているが、夜になると華やかな格好をした大人たちがテラスで酒を遊ばせて、それらしい雰囲気を醸しだす。

 ある朝、勤務先の病院へ向かう男がこの通りを歩いていると前をいくおよそ二十代とみられる女性が大木が切り倒されるように仰向けに倒れた。医者四年目の男は意識レベルを確認したのち、外野の数人に救急車とAEDの要請して自身は蘇生処置に取りかかった。四年目ともなれば救急科を含むほとんどの診療科のローテーションを終えており、BLSといわれる一次救命処置程度のことは気臆れすることなく実行することができた。実際、男は胸部を視診して呼吸減弱と判断し救急隊の到着まで胸部圧迫を続けた。しかし、これは後の話であるが、道端でそれも女性の服を破いて胸部を診察するのは少し躊躇われたそうだ。結局AEDを装着しても除細動の必要はなく、胸部圧迫中に顔をしかめることはあったが女性の意識レベルは大して変わらずそのまま救急隊に引き渡すこととなった。


 一年後、男は徳島で実家の酒蔵を廻していた。

「あの一件だけじゃねぇさ。もともとあっちの流れに合わせるのに苦労してたんだ。東京の時間だよ。時間から街並みまで無駄なもんが全部省かれてるようにみえて、それでもあの土地で慌ただしくしてる連中が何に突き動かされてるか、オレにはわからねぇんだ」

 あの日、病院へ搬送される途中に女は意識を取り戻し、持病であったてんかん発作が起きたのを自覚すると同時に、ブラウスが引き裂かれて胸が露出していることに怒りを爆発させた。そしてその恐るべき恥辱は女を現場へと引き戻した。「命の恩人にせめてもの御礼を」と周囲の店を聞き歩き、事が起きた5日後、ついに男の前に現れた。男に吐いた第一声はこうである。

「あなたですか、私を人形扱いしたお医者様は」

 二人は話し合いを重ねるも女の怒りは収まらず、公然人前で人生最大の辱めを受けたとして告訴を行うまでに至った。捜査の後、男は不起訴処分となったが、徳島の奥から出てきた男の心を折るには十分な出来事であった。

 女は夜通し酒を飲んでいたのだった。そして不運にもその背後を歩いていた勇敢な男はいま医者を休業して、ゆっくりした時間が流れる町で静かに酒を造っている。

「土地には敵わねぇな」

 男の表情に未練はない。

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