その8 普通のペットショップ?
「さっきは怖がらせちゃってごめんね」
心の底から申し訳なさそうに、もみじが言う。
「だから、今度は玲奈ちゃんを癒してあげようと思うんだ。そこで、ジャジャーン!」
と両手を前に出してヒラヒラとさせて見せるのは、
『ペットショップ・キューティービースト』
という看板だった。
「ペットショップ……」
どうにも嫌な予感しかしない玲奈。何せここは魔界の文化が流入してきている恐ろしい街、得葉曽市だ。どんな恐ろしい動物……いや、モンスターがペットとして売られているか分かったものじゃない。
「大丈夫! ここは普通のペットショップだから!」
もみじはそう強調するも、もみじの『普通』ほど信用できないものはないなと玲奈は先の雑貨屋の件で理解していた。
それでもこうやってもみじに着いてきてしまったのは、もみじの押しの強さに負けたというのが大きな理由だった。
「質問を変えるわ。ここは、犬とか猫とか売っている、普通のペットショップなのよね?」
「うん、もちろん。犬も猫も売ってるよ!」
もみじは大きく頷いて見せる。
(そう、それなら大丈夫ね)
少しだけ安心し、玲奈な息を吐いた。
雑貨屋で受けたショックを、かわいい犬や猫を見て少し癒したいという気持ちにもなってくる。
「分かったわ。せっかく来たんだから、覗いていきましょ」
「うん、そう来なくっちゃ」
もみじに続いて、玲奈は店内へと入った。
入ってすぐに、玲奈は自分の決断を後悔した。
『グギャー!』
『ギャースギャース!』
『ギュボロギュボロ!』
およそ玲奈がこれまで入ってきたペットショップでは聞かなかった動物? の鳴き声が響いている。
「ほら、玲奈ちゃん。犬も猫もいるよ!」
もみじが笑顔で飼育ケースの中を指差した。確かにそこには犬や猫がいたが、玲奈が知っている犬や猫とは少々違っていた。
「もみじ……この犬……首が3つあるわ」
「もちろんあるよ。だって犬種はケロベロスだもん」
(違うわ。ケロベロスなんて犬種は存在しないはずよ!)
と心の中で叫ぶ玲奈。
「こっちの犬は……首が2つね」
「うん、こっちはオルトロスだよ。ケロベロスと似てるけど、全然違う種類の犬なんだ」
(だから、これを犬って呼んじゃいけないのよ!)
「ひょっとして玲奈ちゃんは、頭がひとつの犬の方がいい? だったらこの子だね。ヘルハウンドって犬種で」
「……燃えているわね」
「うん、ヘルハウンドは魔界の業火を身にまとった犬だから。撫でる時はこの耐熱手袋を忘れないでね」
「……こっちの猫なんだけど……コウモリの羽根が生えているように見えるのは私だけ? 尻尾も、サソリみたいな」
「おお、玲奈ちゃん。お目が高いね。それはトイマンティコアだよ。猫の中では人気ナンバーワンかな。危ないマンティコアをペット用に品種改良した猫なんだ」
(だから、これは猫じゃない! 猫じゃないのよ!)
声を大にして叫びたかった。
「犬や猫以外だと、グレムリンなんかもペットとしては人気かな。ただ、機械を分解するのが大好きだから目を離すと家中の家電をバラバラにして大変なんだって。カーバンクルも飼ってるお家が多いよ。ただ、カーバンクルの機嫌で飼い主が幸運になったり不運になったりするから、覚悟がいるって聞いたかな」
「もう、いいわ」
どっと疲れた玲奈は、店内に置かれたベンチに腰を下ろした。動物を抱っこしたりする時に使われるベンチだった。
(まさかここまで常識が通じなかったかったなんて)
うなだれる玲奈に、もみじと店員の会話が聞こえてきた。
「もみじちゃん、いらっしゃい。丁度、新しい子を入荷してね。ほら、かわいいでしょ?」
「わー、かわいい♪ まだ赤ちゃんですよね」
「そうなんだ。生後4ヶ月ぐらいかな。甘えん坊でね。きっとすぐに買い手がつくと思うよ。抱っこするなら今のうちだよ」
「抱っこします! させてください!」
『ミーミー』
続いて、甘えるようなかわいらしい鳴き声が聞こえてきた。
(あら、かわいらしい子猫の鳴き声じゃない)
ようやく普通の子猫が現れたのかと、顔を持ち上げる玲奈。
そして硬直する。
だってだって、もみじが嬉しそうな顔で抱っこしていたのは……丸々と太った何かの幼虫だったのだから。
『ミーミー』
鳴き声はかわいらしいが、見た目がちっともかわいらしくない。むしろ最悪だ。
キモッ! そしてグロッ! だ。
かわいらしい鳴き声と外見がまるで合っていない。これじゃ鳴き声詐欺だ。
「玲奈ちゃんも抱っこする? デスワームの赤ちゃんだよ!」
悪意0%で、もみじが抱っこしていたデスワームの赤ちゃんを玲奈へと突き出す。
『ミーミー』
甘えたように鳴きながら、身をくねらせるデスワームの赤ちゃん。もう、キモさ大爆発だ。
当然、玲奈の口から出た言葉は、
「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
だった。