その18 パクられた!
数日後。
「到着しました! 出張保健係です!」
スマホで連絡を受けた場所へ、ナースエプロン姿のもみじ、マミ、玲奈の三人が到着する。
「ああ、待ってたよ。練習でひじを擦りむいてしまって」
盛大に擦りむいた肘を向けるのは陸上部の男子生徒だ。
「うわ~。痛そう。マミちゃん。お願いね」
「はい、分かりました」
マミはさっそく、腕の包帯を解いた。それを男子生徒のひじへと巻いていく。
「まきまき まきまき まきまき」
「ああ、暖かい! それにどんどん痛みが引いていく!」
男子生徒が感激の声を上げる。
「はい、おしまいです」
「ありがとう。ミイラの女の子。えっと名前は?」
「マミです」
「マミちゃん。ありがとう!」
熱心にお礼を言われ、マミは恥ずかしそうな仕草を見せる。
「うっ、可愛い」
傷を治してもらった男子生徒の胸に、そんなマミの様子はクリティカルヒットした。
「ちなみに、文化祭の美少女コンテストにこのマミちゃんが出場する予定なんですけど」
揉み手しながらもみじが言う。
「もちろん投票させてもらうよ!」
「ありがとうございます!」
と、もみじのスマホがまた鳴りだした。
「はいもしもし。出張保健係です。ええっ、美術部で彫刻の最中に指を切っちゃった? すぐに行きますから!」
★
玲奈の発案で始まった、放課後の出張保健係は、彼女の想像以上に大盛況だった。
顔の広い牙宇羅ともみじが宣伝をしているだけあって、広く浸透している。
今では放課後ともなればひっきりなしにもみじのスマホに電話がかかってくる程だった。
(マミの包帯には傷を癒す不思議な力があるのね。さらに彼女の献身的な手当てが、生徒達の心をしっかりと掴むって事よ)
サキュとは違う、健全な魅了だと怜奈は思った。
「でもマミ、大変でしょ? 思った以上に呼び出しが多くって」
「ううん、そんな事ありません」
マミが首を横に振る。
「わたしなんかが皆の役に立てるだけですごく嬉しいです」
(本当、いい娘よね)
玲奈は心の中で呟く。
(美少女コンテストで優勝できるかどうかは分からないけど、健気でいい娘コンテストがあったら絶対に優勝間違いなしだわ)
と、再びもみじのスマホが鳴る。
「はい、もしもし。あっ、頭を打ってたんこぶができちゃった? はいはーい。すぐに行っちゃうねー」
「レッツゴーだよ!」
3人が向かったのは、体育館だった。バスケ部の生徒がシュートの際、勢い余って壁に激突。頭を打ち付けてしまったらしい。
ただし、今回は先客がいた。
「は~い☆ 治療しちゃいま~す☆」
そう言って男子生徒の頭に雑に包帯を巻いているのは、サキュパスのサキュだった。もみじ達とは違い、カラフルでヒラヒラしたセクシーナースな恰好をしている。
「あの、まだ痛いんですけど」
「痛くない☆」
「冷やしたりした方が?」
「大丈夫☆」
サキュは男子生徒に向かってパチンとウインクをした。
魅了の魔力が発動する。男子生徒の瞳がうつろになる。
「痛くない、痛くないよ! サキュパスさんありがとう!」
「アタシ☆ 文化祭の美少女コンテストに出るんだけど☆ よろしくねっ☆」
さらに魅了を重ねがけする。
「もちろんです!」
「ふふん」
満足気に笑ってから、サキュはもみじ達を見た。
「ざーんねん☆ ここの怪我人はあたしが先に治療しちゃった☆ キャハ☆」
「サキュちゃん。どうしてこんな事を?」
「怪我人を治療して票を集めようなんて姑息な手を使うからよ☆ だからアタシも同じ事をさせてもらっただけ☆ マミがやってる事なんて誰でもできるって事☆」
どうだと言わんばかりにサキュは胸を張った。
「もう学校中に超絶プリティーなサキュパースナースが出張治療に向かいますって宣伝はしておいたから☆ そんな陰気なミイラナースへの治療依頼なんてどんどん減ってくはずよ☆」
P達のスマホが一斉に鳴った。
「サッキュん、次は卓球部で怪我人が」
「書道部で墨汁を飲み過ぎた生徒がいるみたい」
「演劇部で早口言葉の最中に舌を噛んだって」
「クイズ研究同好会で悩み過ぎて頭が燃え出した生徒が!」
「やだー☆ 超忙しい☆ でもみんながアタシを待ってるんだから行かなくっちゃね―」
じゃっあね~~~☆
と手を振ると、サキュは大量のP達を引き連れ立ち去っていく。
「せっかくの玲奈ちゃんのアイデアだったのに、パクられちゃったああああ!」
もみじが悔しそうに声を上げたのだった。
★
実際、サキュの言葉は正しかった。あれだけかかってきていた治療依頼の電話が、パタリと止んでしまう。
「残念だけど、宣伝力は向こうの方が上だったみたいね」
玲奈が冷静に状況を分析した。
「仕方ないですよね。同じ治療してくれるなら、わたしなんかよりもかわいいサキュちゃんの方がいいに決まってますよね」
すっかり落ち込んでしまっているマミ。
「そんなことないよ!」
もみじが燃えるような熱い瞳で言った。
「マミちゃんの治療と、あのサキュって女の子の治療は全然違う! マミちゃんの治療には真心がこもってるもん! 向こうは単なる票集めだよ!」
「でも、わたしだって票集めの為に始めた事ですよ」
「それはそうなんだけど……」
口ごもるもみじに変わり、助け船を出したのは玲奈だった。
「確かに、マミの人気を高めるために出張保健係を始めた事は確かよ。でも、もみじに言っている全然違うって意見には私も賛成だわ」
「えっ?」
「そもそもとして、あのサキュって娘。ちっとも治療してないじゃない」
「でも、包帯をまきまきして治療していましたよ」
「あれは、ミイラであるマミだから可能な事でしょ? 普通は包帯を巻いだだけじゃ治療にならないの」
「でもでも、巻かれた生徒は痛くなくなったって」
「魅了ね」
確信を込めて玲奈は言う。
「サキュは、怪我人相手に確実に魅了の力を使っていたわ。それで痛みを麻痺させていただけよ。逆にあれじゃ傷が悪化しかねないわね。ただ包帯を巻いただけじゃ、化膿する可能性だってあるわ」
「そんな! 大変です! ちゃんと私の包帯で『まきまき』し直さないと」
「それは難しいわね。相手は絶賛、魅了にかかった状態だから。すんなり治療させてもらえるとは思わないわ」
(それにしても、なりふり構わずやって来たわね。どこまでマミをライバル視すれば気が済むのかしら)
どの道、出張保健係の座はサキュに奪われてしまった。
「文化祭まであと少し。他の作戦を考えた方がいいかしら?」
玲奈が難しい顔で呟いたその直後だった。
「うわああああああ!」
「きゃああああああああああああ!」
凄絶な悲鳴が響いてくる。
「何、今の?」
「分かんないけど、何か大変な事が起こったみたい。マミちゃん、玲奈ちゃん、行こ!」
走り出すもみじを、マミと玲奈は追いかけた。