その17 保健係大作戦
校庭では、サッカー部の練習が行われていた。
「うらああああああ!」
狼の耳を生やしたケモナー少年が勢いよくドリブルをする。
牙宇羅。見てのとおり、狼男の少年だ。両親が人間界大好きで帰化してしまっているため、モンスターでも日本人という扱いだから驚きだ。
特殊な首輪で狼男の力は封じているものの、それでもその身体能力は群を抜いている。
立ちはだかるディフェンス陣をものともせず、最高のシュートをぶち決める。
「やったぜ!」
「ああ、またやられた」
「くそっ、何て反射神経だよ」
「ちゃんとモンスターの力は首輪で封印してるんだよな?」
「それは間違いないはずだ。それを抜きにしても、運動神経がとんでもないんだよ」
悔しがる相手チーム。満足気に仲間チームのメンバーとハイタッチを決めていた牙宇羅は、1人の男子生徒の前で足を止めた。
「あっ、斎藤。お前、怪我してるじゃねーか」
膝を大きく擦りむいてしまっている。
「マネージャー! ……は今日は休みだったか。確か部室に絆創膏が」
「はいはーい! ちょっと待って~~!」
現れたのは、3人の女子生徒だった。
もみじ、玲奈、そしてマミ。
共通しているのは、3人ともナースエプロンとナースキャップを身に着けている。
「ちょっともみじ、どうして私達までこの恰好をしなくちゃならないのよ」
「もちろん、Pとしてマミちゃん1人だけに恥ずかしい思いはさせられないってことだよ」
「絶対面白がってるわよね」
「いいからいいから」
納得のいかない玲奈をそのままに、もみじは牙宇羅に顔を向けた。
「牙宇羅君、あたし達、得葉曽高校出張保健係だよ! ちゃんと生徒会にも許可はもらってるから! 斎藤君の擦り傷の治療、してあげるね」
「おお、もみじ。助かるぜ。早速頼む」
牙宇羅が男子生徒を押し出す。
「れれれ、玲奈さん。おおおお、お願いしまっす!」
男子生徒は顔を真っ赤にし、玲奈に向かって頭を下げた。何て事はない。クールビューティーで魔法の才能まである玲奈は、結構な人気者なのだ。憧れている男子生徒も少なくない。
「申し訳ないんだけど、手当をするのは玲奈ちゃんじゃないんだ。あたしと玲奈ちゃんはあくまでアシスタント。メインで手当てを担当するのは、マミちゃんなんだよ」
玲奈がずずっとマミを押し出す。
「痛くしないように精一杯頑張ります。よろしくお願いします!」
緊張した様子でマミがペコリと頭を下げる。
「ええ~~」
露骨に落胆の表情を浮かべる男子生徒。それに対して申し訳なさそうな顔をするマミだったけど、
「マミ、気にしないで。手当をしてあげて」
玲奈に応援されて、マミは頷いた。
「はい、分かりました」
マミは自分の腕に巻かれていた包帯を解き、男子生徒の膝に巻き始めた。
「まきまき、まきまき」
「おいおい、ちょっと待ってって。消毒とかいいのかよ」
牙宇羅が驚いた様子で止めるも、
「大丈夫。マミちゃんの包帯は、汚れも落としてばい菌も殺してくれる特別性なんだから」
「本当かよ」
「はい、大丈夫です。ミイラ族特融の薬品をたっぷりとしみこませた包帯ですから。わたしの魔力もたっぷり染みこんでますし」
マミは一生懸命に手当を続ける。
「まきまき まきまき まきまき」
「あっ、何だか膝が暖かく! それに痛みも引いていく」
「はい、これで大丈夫です。半日ぐらい傷も残らず治っちゃいますから」
「あ、ありがとう~~~」
感極まった様子で、男子生徒はマミの手を握り締めた。
「他に怪我した人がいたら、治療しちゃうよ! 並んで並んで!」
もみじの呼びかけに、男子生徒達が列を作る。激しい練習でみんな、少なからず怪我をしていたのだ。
「まきまき まきまき まきまき」
マミの治療は続く。
治療をされた男子生徒達はみんな感激の表情を浮かべる。
「助かったぜ、これで心置きなくまた練習ができる」
喜ぶ牙宇羅。
「牙宇羅君。他の運動部にも広く伝えてくれない。怪我人が出たらあたしのスマホに連絡を頂戴って。放課後の出張保健係、しばらく続けるから」
「おう、分かったぜ!」
そして、保健係大作戦は本格的に始動したのだった。