その11 頭からピュー!
「正直、『あっ、これもう人生終わった』って思ったよ」
中庭のベンチに座り、もみじはしょんぼりとした顔で呟いた。
「まあ、そう思うのが普通でしょうね」
隣の座った玲奈が実感を込めて言う。
何せ、蛇に飲み込まれかけたのだから。
もしエルフィール先生にかけられた魔法が解けて人間に戻るのがもう少し遅かったら、もみじは完全にゾーラの頭の蛇の栄養になってしまっていただろう。
魔法が解けるのか先か?
カエルもみじが溶けるのが先か?
まさに紙一重だった。
蛇に丸飲みにされかけた(ほぼ9割がた飲み込まれていた)事を時定に同情され、またゾーラには謝られ、厳重注意の方がうやむやになってしまったことが玲奈には不満だったが。
(仕方ないわね。会長達に変わってここは私がピシャリと言ってあげないと)
「いくらPできる可愛い女子生徒がいないからって、あんなう〇こ錬金術で生物を作ろうとした事が間違いだったのよ。さすがにそれは理解しているわよね?」
「うん」
しおらしくもみじは頷いた。
「校則で禁止されてるホムンクルス生成に手を出すのはやっぱりいけない事だったよ」
「もう懲りた?」
「うん、さすがに懲りたよ」
もみじが諦めの息を吐く。
「わたし、必死になり過ぎてて見境がなくなっちゃってたみたい。冷静に現実を受け入れなくっちゃ。もうこの学校には美少女コンテストで優勝を狙えるような女の子は残ってないんだって」
「そうよ、それでいいのよ」
玲奈がホッと安堵する。
ここ数日、Pになりたいもみじの美少女スカウトに付き合わされて大変な想いをしていたのだ。ここでスパっと諦めてくれるならそれに越した事はない。
それでも、かなり落ち込んだ様子のもみじを見ていると少々気の毒になってくる。
(私も甘いわね)
心の中で自嘲しつつ、玲奈は口を開いた。
「まあ、今年は無理だったけど、来年があるわ。1年かけて探して、勧誘もすればきっともみじがPさせてもらえる生徒も見つかるわよ」
「うん、そうだね。ありがとう、玲奈ちゃん。おかげで元気が出たよ」
もみじが笑顔で玲奈を見る。
その笑顔が、何故か急に真顔になった。
まじまじと怜奈を見ている。
まじまじ♡ まじまじ♡
「何よ、人の顔をじっと見たりして」
「今更だけど、玲奈ちゃんって美人だよね」
「あ、ありがと」
玲奈はちょっと嫌な予感がした。
「魔法の才能がある特待生ってカリスマ性もあるし」
「そ、そうかしら?」
玲奈はかなり嫌な予感がした。
「クールで美少女で魔法も使える転校生って事で注目もされてるし」
「だから何?」
ものすごく嫌な予感がした。
そして往々にしてそういった嫌な予感は当たるものだった。
もみじは、玲奈の両手を握りしめると、瞳をキラキラと輝かせ、ありったけの情熱を込めて、これでもかってくらいの熱意もおまけに練り込ませ、半ば叫ぶようにして言った。
「玲奈ちゃん! 美少女コンテストに出よ!」
「やっぱりそうなるのね」
この展開は半ば予想はついていたから、玲奈は特大のため息をついた。
そして、ありったけの嫌悪感と、これでもかってぐらいの固い意志を込めて告げた。
「い・や・よ!」
鉄壁と呼べるまでの拒絶。しかしそれでひるまないのがもみじの迷惑な性格だった。
「そんな事言わないで! 玲奈ちゃんなら絶対に優勝狙えるから! 大丈夫! わたしがちゃんとPするから!」
「だから余計に嫌なのよ!」
美少女コンテストに出るだけでもごめんなのに、もみじがPになる。つまりプロデュースするとなると余計に嫌だった。
はなったから了承するつもりはなかったが、ちょっとした好奇心から尋ねてみる。
いわゆる、『怖い物見たさ』という心理だ。
「参考までに聞きたいんだけど、もみじが私をプロデュースするとしたらどんな風にするつもり?」
よくぞ聞いてくれました! ウホホーイ!
そんな声が聞こえてきそうな笑顔で、もみじが自信たっぷりに答える。
「コンセプトは魔女にしようと思ってるんだ! エルフィール先生もある意味魔女だけど、もっともっと魔女っぽさを出してもらうの」
滑らかな口調でもみじが喋る。
「基本は黒いローブ姿で、ブローチ代わりに魔界タランチュラを這わせるの。噛まれるとちょっと泡を吹いて三日三晩寝込む事になるけど、それうぐらいなら平気だよね。首にはネックレス代わりに魔界スネークサンゴ蛇。そして頭には何とびっくり魔界ヒキガエルをどーんと乗っけて魅力的な魔女を作っちゃうんだから!」
お話にならなかった。
「嫌よ」
「そんなこと言わずに! 魔界吸血デンデンムシもおまけに付けちゃうよ!」
「そうじゃなくって」
そこで玲奈が目を見開く。
「ちょっともみじ! あなた、頭から血が出てるわよ!」
興奮したせいで、ゾーラの頭の蛇に噛まれた時の傷口が開いてしまったのだ。もみじの頭から、二本の血がピューピュー吹き出してる。どうやらゾーラの頭の蛇は遅効性の出血毒を持っていたようだ。
「早く保健室に!」
玲奈が強く言うが、いかに玲奈をプロデュ
―スするかに夢中なもみじは気付かない。
「ええい! じゃあもう出血大サービスだ! コツコッツさんの頭を借りて魔女の杖のてっぺんに飾っちゃお!」
「だから今はそんな話をしてる場合じゃなくって、頭の血を何とか」
そんな時だった。
「大変! 早く『まきまき』しないと!」
ある意味、緊迫している空気の中に、その声は響いた。