その7 世界の中心でイロイロ叫んでみる
わたし、山田もみじ。
ごくごく普通の街、得葉曽市に暮らすJKだよ。
今朝、目を覚ますと目標起床時刻を10分も過ぎちゃっててビックリ。文句なしの寝坊だよ。まぁ、寝坊はいつものことなんだけどね。テヘペロ。
『大変、遅刻しちゃうよ』
わたしは大急ぎでベッドから飛び降りると、そのまま部屋を飛び出した。階段をピョコピョコピョコピョコ下りていく。
そして大急ぎで朝ご飯。うわあ、今日の食パンはすっごく大きいなあ。
朝ごはんを食べ終えたわたしに、お母さんがプシュプシュと霧吹きで水をかけてくれた。
「水分補給だけは忘れないようにね」
『うん、ありがとう、お母さん、行ってきます!』
わたしは家を飛び出して、学校へ向かってピョコピョコ跳ねていく。
そんなわたしの前に、曲がり角から見知った顔が現れた。真っ白くて円らな瞳?
がチャームポイントのスケルトン、コツコッツさんだ。
『ああああああああああ』
勢い余ってコツコッツさんに体当たりしてしまうわたし。
ドンガラシャッシャッシャーン!
コツコッツさんはバラバラになってしまった。
『ああああ、ごめんなさいいい。コツコッツさん』
「いいんだよ。もみじちゃん。急に飛び出した僕が悪いんだから」
転がったコツコッツさんの頭がそう答える。コツコッツさんは今日もとっても優しい紳士だ。
『待っててね。今、組み立てるから』
コツコッツさんと衝突してバラバラにしてしまうのはもう数え切れないぐらいだから、組み立てるのだってお手のものなんだ。ちょっとしたパズル感覚ね。
『えっと、これが肋骨でこれが助骨でっと』
あれれ? いつもは簡単に持ち上げられている骨が、今朝はとっても重いよ。
『うーん、うーん』
「気にしないで、もみじちゃん。早く学校へ行くといい」
こんな時でもコツコッツさんは紳士だ。いつまでもバラバラだと、また野良ケルベロスに骨を持っていかれてしまうかもしれないのに。
こんな優しいコツコッツさんが、悲劇にあうなんてひどい。一体、誰の仕業なの!?
わたしは、コツコッツさんの胸骨を掴んで叫ぶ。
世界の中心で、叫ぶ。
『助けてください! 誰かコツコッツさんを助けてください! 骨がバラバラなんです! このままじゃ野良ケロベロスに持ってかれてしまうんです! 助けてください!』
★
「何て言うか、もうどこからどうツッコミを入れていいか分からないわね」
頭痛を耐えるようにこめかみに手を当てて、玲奈は呟く。
彼女の目の前には、バラバラになった人骨と、それにしがみついてケロケロと鳴いているカエルの姿があった。
「ケロケーロ・ケロケーロ」
玲奈に気づいたカエルが、助けを求めるかのように鳴きかけてくる。
実際、助けを求めていた。
『あ、玲奈ちゃん! いい所に、コツコッツさんの骨を組み立てるのを手伝って』
そんな二重音声が、カエルの声に重なって聞こえてくる。
「もみじ、あなたはいつまでカエルのままなのよ。それと、カエルとぶつかってバラバラになるって、どれだけコツコッツさんはモロいのよ。あと、私はことの経緯を知っているから驚かないけど、コツコッツさんはどうしてもみじの姿を見て驚かないのよ」
とりあえず気になることを全部並べてみた。
「驚く?」
コツコッツさんは、ドクロに開いた瞳でカエルになったもみじを改めて見る。
「別に、もみじちゃんがカエルになっちゃってるだけだよね」
大したことでもなさそうに言う。
「だけって、とんでもないことじゃないんですか?」
「そうかい? これがコトゲヒトカゲだったりドクイロゲロゲロイモリだったりしたら驚きだけど、ただのカエルだからね。よくあることなんじゃないのかな」
『うん、そうだよね。カエルにするって、結構ポピュラーな魔法だもんね』
張本人のもみじも慣れたものだ。
「この街の非常識さを甘く見ていたわ」
大きくため息をつく玲奈。
「でもまあ、心配して迎えに来て正解だったわね。もみじ、肩に乗って。その姿じゃ、いつ学校にたどり着けるか分かったものじゃないから」
『待って、玲奈ちゃん。コツコッツさんの骨を組み立てるのが先だよ』
「そんなこと言われても、私は骨なんてどれも同じに見えるし」
それと、少しは慣れてきたとは言え人骨だ。自らの手で組み立てるなんてゾッとしてしまう。
「二人とも、僕のことは気にしないように。早く学校に」
『そんな! バラバラになったコツコッツさんを置いてなんていけないよ!』
もみじはまたケロケロ鳴き始めた。
『助けてください! 誰かコツコッツさんを助けてください! 骨がバラバラなんです! このままじゃ野良ケロベロスに持ってかれてしまうんです! 助けてください!』
また、世界の中心で鳴き始めた。
「あーもう、分かったわよ。私が組み立てるから。もみじはどの骨がどの部分なのか教えて頂戴」
★
もともと起用な玲奈だったから、もみじの指示のもとわりと短時間でコツコッツさんの骨を組み上げてしまった。
「ふう、こんなものね」
やっとこの気持ちの悪い作業から解放され、安堵の息を吐く玲奈。
「ありがとう、二人とも。おかげですっかり元通りだよ」
笑顔で体を動かすコツコッツさん。カエルに衝突しただけでバラバラになってしまうモロい体だから、玲奈が気が気じゃない。
「じゃあ、もみじ。学校に」
そこで玲奈は、肩にいるもみじの異変に気付いた。何だか元気がないのだ。
「もみじ、どうしたの? うっかりハエでも食べた?」
『違うの。コツコッツさんを組み立てるのに一生懸命で、体が、体が渇いちゃったの』
カエルになったもみじにとって、体が渇いていしまうのはとってもしんどいことのようだ。
「そんなあああああ!」
大袈裟に反応したのはコツコッツさんだった。
骨の手を伸ばし、もみじの体をそっと掴む。
「僕のせいで、もみじちゃんが干からびてしまったら……」
「そんな大したことにはなりませんよ。コツコッツさん。学校で水でもかければすぐに元気に」
玲奈の話をコツコッツさんは聞いていなかった。
もみじをかき抱き、悲壮感溢れる声で叫ぶ。
「助けてください! 誰かもみじちゃんを助けてください! 体がカピカピなんです! このままじゃ干からびてカエルの干物になってしまうんです!」
コツコッツさんは、世界の中心で叫んだ。
そんな光景を、玲奈はただひたすら冷ややか目で見つめる。
「私はなんの茶番を見せられているのかしらね」
ため息をひとつついてから、玲奈は一言、呟いた。
「レインフォール」