その6 魔法の先生
そして放課後。
玲奈ともみじの二人は、仲良く中庭のベンチに腰を下ろしていた。
二人の様子は満身創痍。それもそうだろう。美少女コンテストに出場してくれる人を求めて、放課後も学校中を走り回っていたのだから。
結果は……惨敗だった。出場の意志のある可愛らしい女子生徒にはすでにがっちりとPがついてしまっている。まだPのついていない美少女は、かたくなに出場を拒む生徒ばかりだった。
もみじの熱血的な説得も、玲奈のダメ元でのお願いも決して通じることはなかった。
「ねえ、もみじ。もう諦めない?」
疲れ切った声で玲奈が言う。
「ううん、諦めるのはまだ早いよ。頑張ればきっと報われる。ネバーギブアップだよ!」
もみじは自分勝手にやる気を燃え上がらせた。
「あら、二人ともこんな所でどうしたのかしら?」
ふと声がかけられる。見ると、大人の女性が目の前に立っていた。
ゆったりとしたローブのような服を着た女性だ。透明感溢れる美貌の持ち主で、まるで精工に作られた彫刻のような顔立ちをしている。
特徴的なのは長く伸びた耳だった。
「エルフィール先生!」
彼女は魔界のモンスター、エルフ族の教師だ。この高校で、才能のある生徒に魔法を教えている。
「西園さん。こんな所で油を売っている時間があったら、私の研究室に顔を出してください。あなたなら、卒業までにエルフ族に匹敵する魔法使いになれる可能性があるのですから」
玲奈の才能を知っているエルフィーユ先生は、穏やかに、でも熱心に玲奈を誘う。
「はあ、考えておきます」
曖昧な返事をする玲奈。
「先生! わたしは! わたしは!」
元気良く右手を上げるもみじだけど、
「あなたは別に来なくてかまいません。才能がありませんから」
キッパリと言われてしまう。基本的にエルフ族は容赦なくズバズバ物を言う性格なのだ。
「そんな~~~」
一瞬だけ残念そうな顔をするもみじだったけど、すぐに立ち直る。自分に魔法の才能がないことなんて百も承知。ダメ元で言ってみただけのことなのだ。
「それで、二人して学校に残って何をしているの?」
「それはですね、文化祭の美少女コンテストのために出場してくれる女の子を探してまして。でも、みんなもうPがついてて」
もみじがそこで『あっ』って声を上げた。ろくでもないことを思い付いた顔だった。
玲奈はもみじが何を思い付いたのかすぐに察した。きっとエルフィール先生をスカウトするつもりなのだろう。
確かに彼女の美貌は本物だ。長命なエルフ族ということで本当は300歳をゆうに超えているらしいが、20代前半ぐらいにしか見えない。十分優勝を狙えると思う。
しかし……。
「待って、もみじ。相手は先生よ。さすがに参加は」
小声で尋ねる玲奈に、
「大丈夫だよ。確か応募条件には、学校関係者なら誰でもって書いてあったはずだから。先生だって問題ないはず」
自信を持ってもみじは答える。
改めてエルフィール先生の顔を見て、
「エルフィール先生、ぜひ文化祭の美――」
「エルフィールせんせーーーい!」
「せんせーい!」
「エルフィール様あああああああ!」
もみじの声をかき消すように声が響いた。
男子生徒の一団が、何やら全力でこちらに向かって駆けて来る。
「あれ、何かしら?」
不思議そうに小首を傾げる玲奈。
「やれやれ、本当に懲りない子達ね」
エルフィール先生は、ふうとため息をついた。それから軽く指を鳴らす。
「サンダー」
その言葉が呟かれた次の瞬間、男子生徒の集団に雷が降り注いだ。
「ギャーーーーーー!」
一網打尽にされる男子生徒達。制服は焦げ、あちこちからプスプスと煙を上げている。
「あの、エルフィール先生、あの人達は?」
玲奈が、恐る恐る尋ねた。
「私に、文化祭の美少女のコンテストに出て欲しいってしつこく生徒達が誘って来るのよ。端からシビれさせてはいるのだけど、なかなか諦めてくれなくって」
エルフィール先生は、やれやれと首を振った。
「これまでは手加減していたけれど、今度はもうちょっと強くシビれてもらおうかしら? それとも燃やす? いえ、いっそ上級魔法でカエルになってもらうのも悪くないかもしれないわね。ウフフフフフ」
不気味な笑みを浮かべるエルフィール先生。エルフというどちらかと言えば清楚な雰囲気のモンスターである彼女も、やっぱり魔界の住人だ。怪しさが滲み出ている。
「それで、山田もみじさん。私にどんな用事なのかしら? 文化祭がどうとか言っていたように聞こえたけれど」
微笑みながらもみじを見るエルフィール先生。しかしその微笑みは悪魔の微笑み。
玲奈は背筋をゾクリとさせた。
(さすがのもみじも、ここは空気を読むわよね)
と思った玲奈だったが、もみじの能天気さは玲奈の想像の遥か上を行っていた。
「エルフィール先生! わたし達がPをするから、文化祭の美少女コンテストに出て下さい!」
もみじは言った。それはもう堂々と、臆することなく言い放った。
「ちょっ、もみじ! 何を言ってるのよ!」
玲奈が止めるも、もはや遅かった。
「山田もみじさんには、魔法の才能だけでなく学習能力もないのかしらね」
優しい微笑み‥‥‥しかしこめかみにくっきりと怒りのパッテンを浮かべながら、エルフィール先生は指を鳴らし魔法を発動した。
「ケロケーロ」
ポンって音を立て、もみじはカエルになってしまう。
「もみじ、ちょっと、もみじー!」
とんでもない事態に、玲奈の悲鳴が響いたのだった。