その5 ほねええええええええ!
「あっ、コツコッツお兄ちゃん♪」
もみじは足を止めると、はしゃいだ声を上げた。
今朝、豪快にバラバラにしたコツコッツがニコニコしながらもみじに歩み寄ってくる。
野良ケロベロスに奪われた骨も取り戻したから、全身の骨はコンプリート状態だ。
「コツコッツお兄ちゃん、お仕事終わったの?」
「昼間の仕事はね。これから夜の仕事をしに行くところなんだ。あっ、夜の仕事って言ってもいかがわしい仕事なんかじゃないよ。居酒屋で働いてるんだ」
そこで、コツコッツは申し訳そうな顔になった。
「そんなことよりもみじちゃん。朝は本当に悪かったね。僕の骨のせいで遅刻させてしまって。怒られただろう。やっぱり僕が高校に電話してもみじちゃんは悪くないって説明しようか?」
「ううん、そんなことまでしてくれなくても大丈夫だよ。ちょっと注意されただけで済んだから。それに、もとはと言えばわたしがよく確認せず角を曲がってコツコッツお兄ちゃんにぶつかってバラバラにしちゃったのがいけないんだし。ごめんなさい」
ぺこりと頭を下げるもみじに、コツコッツは笑いながら言った。
「それこそ気にしないでくれよ。すぐにバラバラになってしまう僕の体が悪いんだから。もう少し頑丈になりたいと常々思ってるんだけどね。たまに牛乳風呂にだって入ってるし」
「牛乳風呂? お肌をスベスベにしたいの?」
「いや、僕はスケルトンだからお肌なんてないよ」
「あっ、そうだった。それじゃ、骨をスベスベに? あっ、分かった。美白を目指してるんでしょう?」
「そうじゃないんだ。もみじちゃんも知っているとおり、僕はスケルトンだから普通にご飯は食べられないんだ」
「あっ、そうだった。確か、スケルトンはご飯とお風呂が一緒なんだよね」
「大正解。僕たちは全身の骨から栄養を吸収するからね。栄養がたっぷり溶け込んだお風呂に入るのが一番なんだ。つまり牛乳風呂に浸かれば、カルシウムがとれて骨も丈夫になるってわけさ」
実際のところあまりカルシウムの効果は期待できそうになかった。バラバラになるのは間接が外れてしまうからであって、個々の骨の強度はあまり関係ないのだから。
それでもコツコッツはそのことに気付かず、自慢気に胸骨を張っている。能天気なもみじも、
「うわー、コツコッツお兄ちゃんすごーい♪」
と大喜びしていた。2人そろって実にお気楽だった。
「でも、お風呂の温度には気をつけなくちゃね。僕たちスケルトンは熱さに鈍感だから、ついつい追い炊きしがちなんだ。うっかり沸騰させてしまったら、栄養吸収どころか逆に栄養が出てしまうことになるからね」
「あはは、人骨スープの出来上がりだね」
「違いない。そのうちラーメン屋でも開いてみようかな? 人骨ラーメン、いっちょ上がり~~って。あっはっは」
もみじとコツコッツはそろって大笑いする。笑えるネタなのかはなはだ疑問だったが、2人にとってはツボだったようだ。
「ところで、もみじちゃんはこんなところで何をしているんだい? 家に帰るには遠回りのように思えるけど」
「それはね。高校の生徒会長から、転入生のお世話係を任されて、その子を駅まで迎えに来たからなんだ。まあ、わたしはあんまり役に立ててないんだけどね」
自信喪失していたことを思い出し、もみじはあとため息をつく。
「コツコッツお兄ちゃんにも紹介するね。って、もう先に行っちゃったかな」
前方を見ると、幸いなことに玲奈は先には行っていなかった。少し前で足を止めこちらに体を向けている。
「良かったあ。玲奈ちゃん、待っててくれたんだね」
もみじが笑顔の花を咲かせた。
玲奈の表情が(かなり)引きつっていたこととか、顔色が(ひどく)青ざめていたこととか、その体が(ブルブルと)震えていたことなんかに、もみじはこれっぽっちも気付かなかった。
「コツコッツお兄ちゃん、彼女が、明日から得葉曽高校に通う西園玲奈ちゃんだよ」
まずはコツコッツに玲奈を紹介、続いて玲奈に顔を向ける。
「玲奈ちゃん。この人はコツコッツお兄ちゃん。近所に住んでるとっても親切な――」
そこで初めて、もみじは玲奈の異変に気付いた。
「あれれ? どうしたの? 玲奈ちゃん、ひょっとして電車で寄っちゃったとか?」
「ほ……」
「ほ?」
「ほねええええええええええええええええええええ!」
これまでの冷静沈着っぷりからは想像もつかないような絶叫が、玲奈の口からほとばしる。
そのまま玲奈はクルリと背を向けると、脱兎のごとく駆け出した。
「ちょっと! 玲奈ちゃん、玲奈ちゃーーん!」