その1 文化祭の季節に彼女達は
「なんだか最近、少し学校が騒がしいような気がするわ」
授業が終わり、帰り支度をしていた玲奈がポツリと呟いた。
実際、彼女の言うとおりだった。最近、どうにも皆がそわそわしているように思えるのだ。
普段は放課後ものんびりお喋りを楽しんでいる生徒たちまでもが、慌ただしく教室を飛び出していく。
そんな彼女の疑問に答えたのは、遠慮のない笑みを浮かべた超絶天然系女子高生、山田もみじだった。
「玲奈ちゃんってば、おっくれってる~」
その顔にニヤニヤ笑いを貼り付けて、妙に楽しそうなリズムで言う。
猛烈に腹が立つ。
(炎の魔法で軽くあぶってやろうかしから)
一瞬そんなことを考える玲奈だったが、ハッとした。
自然と魔法の行使を考えてしまった自分に愕然としてしまったのだ。
(私はこんな学校認めない。認めないったら認めないんだから。卒業したら街を離れて、モンスターとか魔法とか、そういった非現実的な存在とは無縁の生活を送るんだから)
強く、それは強く自分に言い聞かせる。
これまで散々魔法を行使し、そのたぐいまれな才能を見せつけてきた彼女だったが、まだかたくなにそれを認めてはいなかった。良く言えば意志が固く、悪く言えば往生際が悪い。
とりあえず魔法を使うのは止めにして、軽くデコピンだけにしておく。
ピンッ!
「いった~~~い」
悲鳴を上げるもみじに、玲奈は尋ねた。
「それで、もみじはどうして最近学校が騒がしいのか分かっているの?」
「もちろん、だってだってだってだってだってだってだってだって――」
これでもかってぐらいだってを繰り返してから、もみじは大大的に発表した。
「文化祭が近いんだよ!」
文化祭、言わずと知れた学園生活の一大イベントだ。
学校によって時期は様々だが、確かにそれは大きなことだ。
皆が忙しそうにしているのも当然のことと言えよう。
「みんなサークルの出し物の打ち合わせや準備で忙しいんだ。だから忙しいんだよ」
「へー、文化祭ね」
前に通っていた普通!!!(強調)の高校での文化祭を思い出す。
帰宅部だったため、当日校内をぐるりと回ったぐらいだ。
特に何かの企画に参加して青春した記憶はなかった。
(せっかくだから、高校時代のいい思い出を作っておくのも悪くないかもしれないわね)
ふとそんなことを考えるも、危ない危ないと思い直す。
だってここ、得葉曽高校は普通の高校ではない。
魔界と人間界が融合してしまった奇跡? 不幸? の街。得葉曽市にある学校だ。
生徒の中には留学生のモンスターも数多くあるし、何より他の街との文化がまるで違う。
恐る恐る、玲奈はもみじに尋ねてみた。
「それで、もみじ。この学校に文化祭は、どんな催しをしたりするのかしら?」
もちろん、多少刺激的なことを告げられたとしても耐えられるよう心のバリケードはしっかりと張っておいた。ええもう、何重にも。
「えっとね~~~」
楽しそうに語り始めるもみじ。
「料理研究部による、創作料理の発表会かなあ」
「まさか変わった食材を使うなんて言わないでしょ?」
「そんなことないよ。普通にスーパーで売ってる食材がほとんどだよ」
この言葉に安心してはならない。何せ得葉曽市のスーパーには、原産地『魔界』と書かれた食品が普通に陳列されているのだから。
聞いたこともないような肉とか魚とか。何やらゲチョグロした得体のしれない物とか。
「三つ目ブタの血をたっぷりと吸わせた飛び吸血ヒルを軽くローストしてソースと絡めた料理、おいしかったなあ」
想像しただけでも吐き気がした。
「グリーンスライムゼリーもいけるんだよ」
この場合のグリーンスライムは、比喩表現ではなく本物のモンスターのグリーンスライムなのだろう。
「それから、ムカデゴキブリの足をもいでそれを素揚げしたものに二首トカゲの体液を煮詰めたソースを――」
「はい、ストップーーーーー!」
玲奈が全力で待ったをかける。そのまま聞いていると、昼に食べたサンドイッチ(もちろん普通!!!の、お手製)をリバースしてしまいそうになる。
「他の催しは?」
「うーん、射的かなあ」
「あら、意外と真面なのもあるのね」
「うん。ただ景品には事前に儀式で悪霊を取り憑かせておくんだ。それを聖なるコルク銃で撃つの。当たれば悪霊は消滅して景品をゲット。でもたまに景品に噛み付かれることもあるから、救護班も大変なんだよ」
「一瞬でも真面だと思った私が馬鹿だったわ」
やれやれと怜奈はため息をついた
「それとめいど喫茶もあるよ。文化祭って言えばめいど喫茶なんでしょ?」
「そうね。メイド喫茶は定番と言えば定番……」
そこで玲奈は言葉を止めた。
もみじの言っている『めいど喫茶』のニュアンスが、自分の言っている『メイド喫茶』とどうも違うように感じてしまったのだ。
そういった点を感じられるようになった点、玲奈もしっかりとこの街での経験値を積んでいるようだ。
「もみじ、カタカナでメイド喫茶よね。メイドさんが給仕してくれる」
「ううん、漢字で冥土喫茶だよ。アンデッド系のモンスター達が給仕してくれるんだ」
やっぱり思ったとおりだった。
「ゾンビの生徒達に、デュラハンの先生に、あ、実はコツコッツさんもお手伝いに来てくれるんだよ。それにそれに、あの堅物のコッツンコツ先生も」
スケルトンであるコツコッツさんとコッツンコツ先生。分類的には明らかに冥土側の人間……いや、モンスターだ。
「パフェとか頼むとね、ゾンビの生徒がうっかり落っことしちゃった目玉とか出てくるから面白いんだよ。去年なんてコツコッツさんの指の骨が」
(この街には、衛生概念って言葉はないのかしら? そんなの普通の店なら一発で営業停止、食中毒一直線じゃないの)
でも、それらをもどうかにしてしまえる『回復魔法』というものが存在していることを玲奈は知っていた。反則のような気もするが、ほとんどすべての怪我や病気が、この回復魔法で治せてしまうのだ。
「他にも、ミノ君とギガ君のガチプロレスとか、特設リングでやったりするんだけど。すごい迫力だよ」
「そのミノ君っていうのは?」
「えっ、ミノタウロスのミノ君だけど」
ミノタウロス、頭が牛の巨漢のモンスターだ。
「ギガ君は?」
「やだなー、ギガント君だよ。巨人の」
(ちょっとした怪獣大決戦ね)
好き好んで見に行くようなものではなかった。巻き込まれたら大怪我は免れない。
(文化祭の当日は欠席で決定ね)
君子危うきに近寄らず。
玲奈がそう決めた次の瞬間、
「あと、何と言っても目玉イベントはあれかな」
もみじが声を大にして言う。
「それは、目玉を取り出して誰の目玉が一番大きいかを競うようなイベントじゃ?」
なかば冗談で言う玲奈だったけど、
「やだなー、それは目玉品評会。そんなにメジャーな催しじゃないよ」
(……あるにはあるのね)
「わたしの言ってる、得葉曽高校の目玉イベント、それは!!!!!!!!!!!」
もったいを、これでもかこれでもかと付けてから、もみじは大大的に発表した。
「ミス・得葉曽高校を決める、美少女コンテストだよっ!」