その14 一件落着?
「走れー! ウシエル君!」
「ぶもおおおおおおおおおおお!」
相変わらず、デビルリス君が操るウシエルの暴走は続いていた。破壊される校舎に、デビルリス君がウキャッキャと笑い声を上げる。
「そこまでよ、デビルリス君」
「いい加減にしいや! ウシエルちゃん!」
やって来たのは、デビルリス美ママとオカンヴィーナスの2匹だった。
「あ、おかんだ」
「お、おかん!?」
ウシエルが正気を取り戻し足を止める。
「天使であるあんたがそないなことしてどうするん? 反省しいや」
「う、ううう。でも……ウサミヴィーナスちゃんの写真が?」
「写真だったら、お母ちゃんのをプレゼントしたるでー」
オカンヴィーナスが、どこからか写真を取り出しウシエルに渡した。
「セクシーやろ? お母ちゃんの水着姿やでー。ほら、アンタにプレゼントや。好きなだけ眺めていいんやで」
オカンヴィーナスが、ウシエルに写真を押し付ける。ウシエルが全力で嫌がっているのにもかかわらず、無理やりに。
「ぶはっ!」
ウシエルが血を吐いて倒れた。
「えっ、どういうこと?」
キョトンとするもみじ。玲奈もウシエルの吐血の意味が分からない。
「無理もないことさ」
隣にいた時定が、冷静に答える。
「男子にとって、母親のセクシー水着写真を見せられるなんて拷問以外の何物でもないからね」
「会長もそうなんですか?」
もみじが無邪気に質問すると、
「…………ぐはっ!」
時定もまた血を吐いた。
「くっと、僕としたことが。つい想像をしてしまって」
口元の血を拭っている。
恐るべし、母親のセクシー水着写真だった。
「よくは分からないけど、あの暴走牛が動かなくなってくれたことはありがたいわ」
ホッとする玲奈。
デビルリス君の方も、デビルリス美ママに叱られている。
「デビルリス君も、しっかり遊んだでしょ。もう魔界に帰りなさい。そうしないと、ドングリクッキー、もう差し入れに行かないわよー」
「えー、それは困るなー。分かったよー。まだちょっと遊び足りないけど、帰ることにするよ」
「扉は開いているから、それを使いなさい。もうイタズラはダーメ」
「はーい。じゃあ、まったねー。ウシエル君」
背中の翼をパタパタと羽ばたかせ、デビルリス君が去っていく。この街に開いた魔界との扉、そこから帰るつもりのようだ。
「ほら、牛ちゃんもさっさと天界に戻りいや。今晩はカレーやで」
ウシエルは、血を吐いたままピクリともしない。死んではいないが、完全に意識不明の状態だった。
「まったく、手のかかる子やな」
オカンヴィーナスは器用に頭を使ってウシエルを持ち上げると、
「ふんがああああ!」
力一杯、上空に向かって放り投げた。
どんどんウシエルの姿が小さくなっていき、やがって空に消えた。
「無事に天界に帰ったようやね」
オカンヴィーナスが満足気に頷く。恐るべし力技だ。
「す、すごいわ」
自然とそんな言葉が玲奈の口をついで出る。
あの、制御不能な2匹をこんなにも簡単に人間界から追放してしまうなんて。
(まさに、母の力は偉大ってことかしらね)
でも……。
正直、2匹が大暴れした傷跡は大きかった。校舎は半壊。さらにゾーラを始めとするたくさんの生徒がチョコ人形にされてしまっている。ボンボンの呪いで恥ずかしい恰好になってしまった生徒もいれば、かぶせられたドリアンはどうやっても脱げないらしい。
でも、それらが解決するのもすぐだった。
「派手にやってもうたみたいやからな。ちゃんと後始末せなな」
鼻から大きく息を吸い込むと、
「ブモオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
オカンヴィーナスが鳴いた。それは単なる牛の鳴き声でなく、女神の祝福の力を秘めた奇跡の声だった。
ゾーラ、牙宇羅、他の生徒たちを固めていたチョコがパリンと弾け、みんなが元に戻る。
召喚クラブのメンバーも、着ていた服が戻ってきた。
熱かったり冷たかったりする靴下も消える。ひたすら踊らされていた生徒も、身体の自由を取り戻した。
さらに驚いたのは、破壊された校舎がまるで逆再生を見るかのように修復をしたことだった。当然そこには、デビルリス君の落書きはない。
食べられたポテッチも戻り、油分でベタベタになっていたスマホもキレイになる。
ガンガンに課金されていたゲームも、課金自体がなかったことに。
そう、すべては元通りになったのだ。
「これが女神の力か。すごいな」
いつの間にかやって来ていた時定が、感嘆の息を漏らす。
「さすがはオカンヴィーナスさんね」
「いやー、これぐらい簡単やでー。ほな、天界に帰ろかー。デビルリス美ママさんも、魔界に帰るんやろ」
一件落着に思われたが、事態はおかしな方向に転がり出す。
そう、おかしな方向に……。




