その11 輝ける神の果実
鮮やかなライトグリーンの実が房に連なる、見た目も美しい果物だった。
「玲奈ちゃん、玲奈ちゃん。あれが天界の果物なんだって。すごいよね!」
テンション爆上がりのもみじだったが、玲奈はそんなでもなかった。
「私には、普通のシャインマスカットに見えるけど」
「違うよ。輝ける神の果実だよ!」
「まあ、なんだっていいわ。あの牛がわざわざ出したってことは、デビルリス君はあれが苦手ってことよね」
そう予想する玲奈だったけど、実際は真逆だった。
「ウシエル君、それちょうだーい♪」
デビルリス君が甘えた声でおねだりする。
「うーん、じゃあ半分だけね」
ウシエルがデビルリス君にシャインマスカット……じゃなくって、輝ける神の果実を渡す。
「わーい!」
一房を受け取ったデビルリス君は、へっへっへと悪者っぽい笑みを浮かべた。
「もうこの果物はボクの物。ウシエルくんはそこらへんの草でも食べてればいいよ」
「ひどい、デビルリス君、独り占めしちゃったよ」
「まあ、普通に考えてそうするわよね。でも……」
気になるのは、ウシエルの表情だった。
「えー、ひどいよー。デビルリス君」
口では非難しながらも、ニコニコとした笑みを絶やさない。
(どういうこと? 単なる愚か者ってことじゃないわよね。あれでも天使なんだし。あの果物に毒でも仕込んでるのかしら?)
「いっただっきまーす!」
デビルリス君はすごい勢いで果実を食べていく。たちまち実はなくなり、茎だけが残される。
「ふー、おいしかった」
デビルリス君は大満足の息を吐いた。
「あっ、なんか悪いから牛くんにはこの茎をあげるね。しゃぶれば少しは味がついてるかもしれないよ」
実が1つもついてない茎をウシエルに向かって放り投げる。
「どこまでひどいの! デビルリス君」
「それよりも、気になるのはあの牛の意図よ」
玲奈はウシエルに歩み寄ると、小声で尋ねた。
「これじゃ単純に相手を喜ばせただけじゃない。一体どういうつもりなの?」
「見てればわかるよ」
穏やかな笑みでウシエルが答える。
実際、異変はすぐに起こった。
デビルリス君が急にお腹を押さえて苦しそうな顔をしたのだ。
「やっぱり毒でも仕込んでいたのね」
「そんな怖いことしないよ」
「じゃあ、あれは?」
「デビルリス君は、食べ過ぎるとすぐにお腹が『あああああ』ってなっちゃうんだ。特に輝ける神の果実なら確実に」
「あああああああああああああああ」
デビルリス君は激しい腹痛に苦しんでいる。
「ト、トトトトイレ」
「それなら、あそこにあるよー」
もみじが、中庭に一角に設けられた外トイレを指さす。
「あああああああああああああ」
悲鳴を上げながら、デビルリス君はトイレへと飛んで行った。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
トイレの中から、長い長い悲鳴が響いた。
相当なレベルでお腹を壊してしまったようだ。
数分後、デビルリス君がトイレから出てきた。
ひどくげっそりとしていて弱々しい。
体力の消耗が激しく、空も飛べない様子だ。とぼとぼと歩いている。
「想定していなかった展開だが、デビルリス君の無力化には成功したようだな」
時定がホッと息を吐く。
「さすが、ウシエル様だよね」
「……天使のやり方としてはどうかと思うけど。これで解決するなら別にいいわ」
釈然としないものを感じながらも、玲奈も納得することにした。
「デビルリス君。もうこれで悪さはできないね」
デビルリス君に歩み寄ったウシエルが、上から声をかけた。
「さあ、もうイタズラの時間は終わりだよ。魔界に帰らなきゃ」
「やってくれたね、ウシエル君」
弱々しいながらも、デビルリス君が笑みを浮かべる。
「でも、これを見ても同じことが言えるのかな?」
デビルリス君が尻尾の中から取り出したのは、数枚の写真だった。
ウシエルが、それまで糸のように細かった目を見開く。
「その写真は、ウサミヴィーナスちゃんの!?」