その4 お世話係失格!?
そして放課後。
学校を出たもみじは、半ば駆け足で得葉曽市駅へと向かった。生徒会長じきじきに頼まれたのだ。忘れるはずがない。
むしろこの役目のことで頭が一杯で、午後の授業なんてろくすっぽ聞いていなかったぐらいなのだ。(それはそれで学生としては問題だが)
まだ帰宅ラッシュには少し時間があるものの、得葉曽駅はそれなりに込み合っていた。
「西園玲奈……玲奈ちゃんか。頭の良さそうな美人さんだったなあ。あっ、でもいきなり玲奈ちゃんなんて呼んだら馴れ馴れしいよね。最初はやっぱり、西園さん……かな?」
あれこれと考えるもみじ。
「でも、魔法の才能があるってすごいなあ。わたしなんて、あれだけ勉強しても何もできるようにならなかったのに。きっと玲奈ちゃんは、立派な魔法使いになっちゃうんだろうなあ。お友達が魔法使いだなんて、わたしも何だか鼻が高いなあ」
最初は西園さんと呼ぼうと決めていたのに、早速、玲奈ちゃんになってしまっている。しかもいつの間にかお友達にも認定してしまっていた。
とまあそんな感じに、もみじが願望を膨らめている時だった。ひとりの少女が、改札を出てすぐ近くの柱の陰に立っていることに気付いた。
得葉曽市では見慣れないブレザー姿であることが分かる。
少し回り込んだもみじは、
「あっ」
と声を上げた。
鞄の中から、生徒会室でもらった転入届けの紙を取り出した。そこにあるカラー写真と少女を交互に見比べてもみる。
やはり間違いなかった。彼女こそが、もみじがお世話係を命じられた転入生、西園玲奈だった。
もみじは紙を鞄にしまうと、弾むような足取りで少女のもとへと向かう。
つい、玲奈ちゃん言いそうなるのを踏みとどまり、最初の予定どおりに苗字で呼びかけることにした。
「こんにちは。西園さんですよね」
西園玲奈がもみじを見た。
(うわあ、キレイな人だなあ)
間近で見たもみじは、そんな感想を抱いた。写真を見た時から感じていたことだが、実際に目の前にすると余計にそんな感想を抱いてしまう。
背はもみじよりも高く、スラリとした長身だ。長くサラサラとしたストレートの髪。パッチリと開いた瞳には、強い目力が宿っている。
同じ1年生のはずなのだが、とてもそうは思えない。顔立ちといい落ち着いた雰囲気といい、非常に大人っぽいのだ。
「えっと、あなたは?」
「わたし、得葉曽高校、1年B組、山田もみじ。玲奈ちゃんのお世話係を任されて、迎えに来たんだよ……って、これじゃダメだった」
つい、いつもの口調になってしまったもみじは、慌てて言い直す。
「わたしは、得葉曽高校の1年B組、山田もみじです。玲奈ちゃ……じゃなくって、西園さんのお世話役を任されて、迎えに来たのですなり」
意識しすぎておかしな丁寧語になってしまっている。
「はわわ、ですなりって何なの? しっかりしなきゃ、わたし、ファイト! もう一度最初から――」
何度も同じ内容を聞かされるのが堪えがたかったのか? はたまたもみじのことを気の毒に思ったのか? 玲奈はクールな表情のまま言った。
「自己紹介はいいわ。もう十分伝わったから。それに、無理して敬語を使う必要もないわ。あなたも1年生なら、私と同い年だしね」
「良かったあ。何だか玲奈ちゃんとはもう友達になったつもりでいたから、それで敬語が使いづらかったんだ。でも玲奈ちゃんが友達だって認めてくれるなら、いつも通りでいいよね」
「いえ、別に私はあなたを友達だって認めたわけじゃ」
玲奈の声なんてまるで聞かず、もみじは改めて自己紹介をする。
「わたし、得葉曽高校、1年B組、山田もみじ。玲奈ちゃんのお世話係を任されて、迎えに来たんだよ」
「……私は、西園玲奈。よろしく」
玲奈もまた、自己紹介を済ます。
「それで、これから高校に行って校長先生に挨拶をしたりするの?」
「ううん、そんな風には聞いてないよ。玲奈ちゃんをマンションに案内するようにって言われてるだけだから」
「そうなの。だったらブレザーを着てくることもなかったわ。私服で良かったのね」
自分の恰好を見て、玲奈がふうとため息をつく。
「玲奈ちゃん、その恰好、もしかして前の学校の制服なの?」
「そうよ。私立城ケ崎女史高等学校のね」
玲奈は、強い口調で高校名を口にする。
「制服は前の学校のままでもいいって聞いてるから。しばらくは、これで通わせてもらうつもりなの」
「いいんじゃないかな。そしたら玲奈ちゃんが転入生だってみんなが分かるから、きっと親切にしてくれるはず。あっ、でもでも頼るんならわたしにしてよ。だってわたしは、玲奈ちゃんのお世話係に、生徒会から正式に任命されたんだから。わたししかいないって、生徒会長に言われちゃったんだから」
もみじが『えっへん』と胸を張って言う。
「まあ、よろしくたのむわよ。それより、早くマンションに案内して欲しいのだけど」
「うん、待ってて。今、地図を――」
もみじが鞄を開いて、中に手を突っ込んだ。
ゴソゴソ
「えっと、地図が――」
ゴソゴソ
「確か、地図が――」
ゴソゴソ
「地図――」
ゴソゴソ
「ち……」
ゴソゴソゴソ
なかった。
いくら鞄の中を探しても、生徒会室でもらったはずのマンションへの地図が見当たらない。
「えっ、そんなはずは!?」
必死になって探したものだから、鞄の中から教科書やノートやペンケースなどが飛び出し落下する。
そんなことはおかまいなしに、最後には鞄を逆さにして振ったりもした。
それでもやっぱり地図は見つからなかった。
「ど、どーして地図がないの!?」
そこでもみじはハッとした。
(そうだわ! わたし、5時限目の時に……)
★
時を遡ること、数時間前。
もみじは教室にて授業を受けていた。科目はわりと得意としている社会科だったが、教師の話なんてもみじはろくすっぽ聞いていなかった。
(放課後は、ちゃんとお世話係の役目を果たさなきゃね。これは責任重大だよう。そうだ、予習しておこっ)
もみじは、机の横にひっかけてあった鞄から、昼休みに受け取った地図を引っ張り出した。
(えっと、古宿通りをまっすぐ進んで、それから右に曲がって、それから左で――)
地図を見ながら予習をしているもみじに、社会科教師の声が届く。
「山田、次のところ、音読してくれ」
「あっ、はいっ!」
もみじは慌てて地図を机の中に押し込むと、社会科の教科書を手に取り立ち上がった。
「おい、山田。教科書が逆さまだぞ」
「あっ、本当だ。いけない、いけない」
もみじはテヘペロった。
それが妙に似合って憎めないところが山田もみじという少女だ。教師も含めて、教室に暖かな笑いが起こった。
上下逆さまだった教科書をもとへと戻し、指定された箇所を音読する。
「よーし、そこまでだ」
OKをもらい、座ったもみじ。
(いけない、いけない。放課後のことで頭が一杯になってたよ。ちゃんと授業にも集中しないとね)
少し反省して授業に取り組むようにしたもみじは、机の中に押し込んだ地図のことをスポンと忘れてしまっていたのだった。
★
そして、スポンと忘れたままま駅までやって来てしまったのだった。
「あー、わたしってば大切な地図を机の中に入れたままにしちゃうなんて。これじゃお世話係失格だよー」
嘆くもみじだったが、決してへこたれないのが彼女の長所だ。
「玲奈ちゃん、待ってて。今からわたし、学校に取りに行くから。すぐに地図を取ってくるから」
「山田さん、待って!」
走り出そうとするもみじを玲奈が呼び止めた。
「とりあえずこの鞄の中身をどうにかしましょ。散らかしたままだと迷惑になるし。第一、目立って仕方ないわ」
そう言って、駅、構内の床にばら撒かれた教科書やらノートやらを拾い始める。
「あっ、うん。そうだね。まずはこれを片付けなきゃだね」
もみじもしゃがむと、鞄の中身を拾い集めた。多少、ぐちゃぐちゃになってしまったものの、元通り鞄の中へと押し込んだ。
「じゃあ、今から地図を――」
「その必要はないわ。マンションの名前と住所なら知っているから。ネットで調べて地図を出すわ」
玲奈がスマホを取り出し操作する。
「なるほど、あまり遠くはないのね。分かったわ」
コクンと頷くと、スマホをしまった。
「さあ、行きましょう」
迷いのない足取りで歩き出す玲奈に、もみじは猛烈な危機感を覚えた。
(ど、どうしよう!? わたし、お世話係としてちっとも役に立ってないよ! 自己紹介だけして、あとはわーわーきゃーきゃー騒いでるだけだもん)
もみじは玲奈を追いかけ、必死になって尋ねる。
「玲奈ちゃん、荷物は? 荷物! わたし、運ぶの手伝っちゃうよ。こう見えても力はあるほうだから。多分! きっと!」
せめて荷物運びぐらいはして役に立とうと思ったものの、
「荷物なら全部先に送ってあるわ。もう部屋に入れておいてくれているはずよ」
そんな返事が返ってきてしまう。
「だったら荷ほどきを手伝うよ!」
「それも必要ないわ。本当に必要最低限の物しか送っていないから」
お世話係として何もできないことに、もみじは愕然としてしまう。
「鍵はマンションの管理人に預けられているらしいから、後は私ひとりでも大丈夫よ。山田さん、あなたは帰ってもらってかまわないわ」
「ううん、ちゃんとマンションまで送るよ。お願いだからそれぐらいさせて」
「まあ、好きにすればいいわ」
とりあえず同行は許されたものの、何の役にも立てない自分が不甲斐なくて仕方なかった。
自信を激しく喪失してしまう。
(でも、玲奈ちゃんってすごいなあ。初めてくる町なのに、颯爽と歩いちゃってるんだもん。こんなポンコツなわたしのフォローまで完璧にしちゃって。これじゃどっちがお世話係なんだか分からないよ)
目の前を歩く頼もしい背中を見ながら、もみじは思った。
(きっと玲奈ちゃんは、わたしとは違ってどんなことがあっても慌てたり取り乱したりしないんだろうなあ)
と、そんな時だった。
「おや、もみじちゃんじゃないか」
人の良さそうな声がもみじにかけられた。