その9 降臨の儀、天使ウシエル!
時定ともみじ、玲奈が向かったのは校舎の屋上だった。時折、デビルリス君がひょっこつ目の前に合われて『ウキャッ』て悪魔の笑みを浮かべるも、時定が持っていたルーン石をぶつけると跡形もなく消滅する。
「すごい、その石は?」
「魔法学の先生にもらったんだ。デビルリス君には当然、通用しないだろうけど、分身を消し去るぐらいは可能だ」
しかし、分身の数は無数。それの石には限りがあるから無駄遣いはできない。
どうにか立ちはだかる分身たちを排除しながら、3人は屋上へと到着した。
「会長」
「お待ちしています」
数人の生徒たちが待っていた。そして、屋上には奇妙な祭壇が設置されていた。
「まさか桐生先輩まで、モンスターの召喚を?」
恐る恐る玲奈が尋ねる。
「いや、この祭壇は魔界かの住民を呼び寄せるもではない。魔界とは対極をなす世界と繋がり、そこの住む者を引き寄せるものだ。詳しい先生に教わり、急ぎ支度を整えたんだ」
「一体どこから何を呼び出すんですか?」
「呼び出すというよりは、降臨させるといった方が適切だろう」
そう前置きをし、時定は言った。
「天界から……天使に来ていただく」
天界……天使……。
改めてみると、祭壇は白をベースとした神聖そうなものだった。供物として、干し草がささげられているのが奇妙だったが、
「天界なんてものあるんですか?」
と玲奈。
「魔界だってあるんだから、天界だってあってもの不思議じゃないよ」
柔軟性の高いもみじが、あっさりと納得した。
「古い歴史を知っている魔界出身の先生に尋ねてみたところ、実はデビルリス君は元は魔界の住人ではなかったらしい。天界に住む天使だったそうだ」
(あの性悪リスが……天使!?)
イタズラっぷりを見れば、到底信じれられることではなかったが、時定が言っているのだから本当のことなのだろう。
「天界でイタズラばかりしていたため、他の天使の不評を買い、魔界へと追放されたと聞く。その時、デビルリス君と対決し彼を天界から追い出した天使、彼ならばきっとデビルリス君の暴挙を止めることができるはず」
「でも、どうして私たちが?」
「降臨の儀には、うら若き乙女の祈りが不可欠なんだ。そこで君たちにも来もらった」
「そっかー、わたしたち、うら若き乙女たちなんだねー」
妙に嬉しそうにもみじが言う。
「では、時間がない。混沌が深まる前に、初めてしまおうか」
一同が祭壇の前にひざまずく。
「具体的には何をすればいいの?」
「両手を組み合わせ、祈ってくれていればいい」
「分かったわ」
他の玲奈、もみじ、他の生徒も言われたとおりにする。
時定が、落ち着いた口調で語り始めた。
「大いなる天界の使徒よ。草をはみ、白き心と体を持つ者よ。我らを救うため、天界より降臨されたし!」
大きく深呼吸をし、時定は叫んだ。
「天使、ウシエル!」
玲奈は聞いたことのない名前だった。もっとも、神様や天使に詳しいわけではないけれど。
ぱ~~~ら~~~。
荘厳な音楽が空から鳴り響いた。屋上に光がさし、純白の羽根が舞い落ちてくる。
「天使様よ! 天使様が降臨するわ!」
もみじが感激の声を上げた。
(天使……)
まばゆいばかりの光の中、シルエットが見えた。確かに白い翼が生えている。
ただ……思ったよりも巨体だった。
かなり……巨体だった。
そして、天使ウシエルが一同の前へとおりてくる。
「僕を呼んだあ?」
のんびりとした口調でそう尋ねるのは、丸々とした巨体に、両手足の先にはヒヅメ。面長の顔の鼻には輪っかがついており、頭の横からは角が生えていた。
ちなみに身体は、白に黒のまばらの、いわゆるホルスタイン柄だ。
そう、どこからどう見てもその天使の姿は、『牛』だったのだ。
羽根を生やして空を飛んでいることを抜かせば、『牛』そのものだったのだ。
「これが……天使?」
想像の対極をいくかのような天使の姿に、玲奈は唖然としてしまうのだった。