その7 混沌の学び舎
時定が倉庫を出て行った。もみじと玲奈が残される。いや、厳密に言えば他にもいた。デルデルの呪いで股間におぼんがついただけになってる召喚クラブのメンバーと、完全にチョコ人形と化してしまった。ゾーラだ。
「牙宇羅くん、今日は部活が休みだって言ってたから電話に出れるかな?」
もみじがスマホを取り出し電話をする。
「あっ、もしもし。牙宇羅くん! 良かった、繋がって。今どこ? えっ、帰り道? だったらすぐに学校に戻ってきて! 大変なことになっちゃってるの! デビルリス君が現れてね!」
もみじが早口に説明をし、通話を終わらせた。
「牙宇羅くん、すぐに来てくれるって」
「そう」
ただし、彼が来るまでに学校が無事でいられるかは分からない。
「玲奈ちゃん、わたしたちもデビルリス君を追いかけよ」
「でも、私たちにできることなんて……」
「大丈夫!」
根拠のない大丈夫をもみじは強く主張した。
「玲奈ちゃんの魔法があれば、きっとデビルリス君だって捕まえられるよ。いいから早く」
半ば強引にもみじに引っ張られ、玲奈は倉庫の外へと出た。
デビルリス君の追跡は簡単だった。被害者が点々としているのだから。
「突然空飛ぶリスが現れて、僕の足元にバナナの皮を! 滑って転んで腰が……」
大量のバナナ皮に囲まれて、生徒が嘆く。
「空飛ぶリスが校舎に落書きを。止めようとしたら、オレにまで」
全身ペンキまみれの生徒が、茫然と立ち尽くしていた。
「空飛ぶリスが、『チューリップ』のプの部分でオナラを! く、臭いいいいいいい」
悶絶している生徒もいた。
「空飛ぶリスにいきなり薬を振りかけられたら、こんな姿に!」
一瞬モンスターかと見間違えるほど、全身毛むくじゃらになった生徒がもぞもぞと蠢いている。まるで妖怪、『けうけげん』だ。
「空飛ぶリスが強引に僕をこんな恥ずかしい恰好に!」
ウサギ耳にバニースーツ、さらには網タイツを履いた男子生徒が、死にそうな顔で叫んでいた。
「空飛ぶリスに無理やりに履かされた靴下が熱くって、でも脱げなくって。アチチチチチチ」
飛び跳ねている生徒もいれば、
「空飛ぶリスに無理やりに履かされた靴下が冷たくって、でも脱げなくって。ううう、ブルルルルルル」
真っ青な顔でブルブルと震えている生徒もいた。
「空飛ぶリスになんか魔法をかけられて……足が止まらないんだよ」
そう言って、輪になって踊り続ける生徒たちがいた。
人死にや怪我人が出るようなことはしていないが、デビルリス君はイタズラの限りを尽くしている。
「あのリスが、恐れられてる理由が分かった気がするわ。本当に質が悪いもの」
「あっ、玲奈ちゃん。いたよ!」
もみじが指差した方向に、デビルリス君はいた。
頭にドリアンをかぶせて、
「く、臭い、臭い~~~」
のたうち回っている生徒を見て、
「ウキャキャキャキャキャ」
と笑っている。
まさに悪魔の所業だった。
「もうイタズラは止めて! デビルリス君!」
もみじが叫ぶ。
「えー、せっかく人間界に来たんだから、もっと遊ばせてよー。それとも君たちが僕と遊んでくれるの? それならそれでいいよー。何するー」
うーんと考えてから、デビルリス君がポンと手を叩く。
「じゃあ、鬼ごっこだ。僕が逃げるから、2人して捕まえてごらんよ。10分以内にボクのこと捕まえられたら、大人しく魔界に帰ってあげるからさー。でも捕まえられなかったら2人仲良く罰ゲームね」
(相手は小さいけれどあなどれないモンスターよ。簡単に返事をしない方がいいわ)
慎重になる玲奈だったけど、
「うん、分かったわ!」
あっさりと返事をしてしまうもみじ。
「ちょっともみじ!」
「大丈夫! 2人がかりでやればきっと捕まえられるはずだから。玲奈ちゃんには魔法だってあるし」
そして鬼ごっこが始まった。
「てやああ!」
もみじが掴まえようと飛びかかるも、デビルリス君はひょいとそれを交わした。
「ああ、もうっ!」
玲奈も参戦するも、デビルリス君はまるで踊るように2人の手をすり抜けてしまう。
「ほらほらー、どうしたの? もう5分たっちゃったよー」
大きな尻尾の中から懐中時計を取り出し、それを確認する余裕っぷりだ。
(このままじゃ埒が明かないわ。……魔法でしとめるしかないわね)
問題はどんな魔法を使うかだ。
凍らせる魔法……とも考えたが、相手はゾーラの石化すらも効かなかった相手だ。通用するとは思えない。
(相当な魔力の持ち主みたいだけど、身体は小さいし軽いはず。それなら……)
体を動かしながらも魔素を集める玲奈。そして、魔法を発動させた。
「ブロウイング!」
ドラクロアとの戦いの時にも利用した風の魔法だった。ただし、今回はただの風ではなく強く渦を巻くことを強くイメージする。
風は竜巻となり、デビルリス君を包み込んだ。
「うわ~~~~~~、目が回るううううううう」
デビルリス君の悲鳴が響くが、玲奈は魔法を使い続ける。
「玲奈ちゃん、すごい! ブロウイングを自力でコントロールしてトルネルドの魔法にしちゃうなんて!」
もみじが感嘆の息を漏らす。どうやら最初から竜巻を作る魔法というものが存在していたようだ。
「はああああ!」
玲奈は力の続く限り魔法を発動し続ける。やがて、風の魔素が辺りからなくなったのだろう。竜巻は消えた。
デビルリス君が、ポテリと地面に落っこちた。
「さすがに……これなら少しこたえたでしょ」
肩で息をしながら玲奈が言う。
「やったね、玲奈ちゃん。今のうちに掴まえよっ」
落っこちたデビルリス君をもみじが拾い上げる。
「はい、わたしたちの勝ちだね。デビルリス君、大人しく魔界に……」
もみじが言葉を失う。
「どうしたの?」
「これ、しっぽだけだよ!」
もみじが持ち上げていたのは、デビルリス君のふわふわもここの尻尾、本体ではなかった。
「すごいでしょ、尻尾を切り離して身代わりにする、変わり身の術~~~だよっ♪」
パタパタと空を飛び、デビルリス君が現れる。すでに新しい尻尾が生えていた。
「はい、もう10分たったから、この勝負はボクの勝ち。罰ゲームは……」
しばらく考えてから、リス君はニコッと笑う。
「2人には、アイスの具になってもらうねー」
デビルリスくんがパチリと指を鳴らすと、アイスの屋台が現れた。保冷容器から、ニョロっとアイスが這い出てくる。
「トルコアイスだよー♪」
「トルコアイスはこんなのじゃないわ! トルコの人に謝りなさいよ!」
思わず叫んでしまう玲奈。
「さぁ、冷たいアイスの具になっちゃえー」
デビルリス君の命令で、トルコアイス? がもみじと玲奈を捕らえようと迫ってくる。
「でっりゃああああ!」
そんな不気味なトルコアイスを、強烈な蹴りで粉砕する人物が現れた。
短髪でひきしまった身体の男子生徒。首輪をつけている。
「待たせたな、もみじ!」
「牙宇羅くん!」