その4 ドングリの魔法陣
倉庫の中は広々としていた。置かれていた大量の荷物は、壁際にと積み上げられ、中央にスペースが作られている。
真っ黒なローブと覆面をつけた生徒たちがいた。怪し過ぎるほどに怪しい集団だ。
「そこまでだ。召喚クラブはただちに活動を止めるように!」
時定が毅然とした態度で声を発する。
「ああ、その魔法陣は……やっぱり」
ゾーラが息を飲んだ。
玲奈ともみじも、倉庫の中央に描かれた魔法陣を目にする。
巨大な円の中に、複雑怪奇な紋様が描かれている。奇妙なのは、その紋様を描いている物体のことだ。
「ドングリ?」
小さなドングリを床に並べ、それで魔法陣を描いていたのだ。扉を吹き飛ばした爆風でも散らばっていないところを見ると、強力な接着剤のようなもので床に固定されているようだ。
「放課後の部活動に生徒会が口を出すなんて、褒められることではありませんね」
1人の生徒が覆面を取った。現れたのは、朝、ドングリを運んでいた男子生徒、不破臼斗だった。
朝の控え目な態度とは違い、並々ならぬ自信に満ち溢れた表情をしている。
「君たちは正式な部活ではない。倉庫の使用許可だって取ってないだろう。生徒会が口を出す余地は十分にある。何よりも、後先を考えない召喚の儀式は止めるよう、何度も警告しているはずだ。前に呼び出されてしまった魔界の住人がひどく迷惑していたのを忘れたのか?」
「うん、そうだよ。臼斗くん。無理やり呼び出すのは良くないことだと思うな。……面白そうだけど」
「もみじ、今本音が出てたわよ」
玲奈が呆れ顔で呟く。
「ああ、ごめんごめん。とにかく臼斗くん。今回は諦めるように」
「諦められるはずがないんだよ。山田さん。この日のために、僕たちは苦労してきたんだから。去年の秋はメンバー全員でドングリ集め。集めたドングリもすぐには使えない。何か月も天日干しして、ようやく儀式に使えるようになったんだから」
「ちょっと待って。大変さは分かるけど、どうしてドングリなのよ?」
どうしても気になってしまい、玲奈が尋ねる。
「この、ドングリ魔法陣でなければ、僕たちが求める魔界のモンスターを呼び出せないからだよ」
臼斗は平然と答えた。
「魔界の留学生から話を聞いてから、僕はもう彼の虜になってしまったんだ。なんとしてでも彼を人間界へ招きたい。そう強く願った。ここにいる同志たちも同じ気持ちなんだ」
覆面の生徒たちがそろって頷いた。
「だったら、普通に誘えばいい話じゃないの? だってこの街は、魔界との扉が繋がってる、異常な街なんだから」
これまで感じてきたうっぷんを晴らすかのように、『異常な』って部分にこれでもかと力を込め玲奈が言う。
「無理なんだよ。彼は扉を通って人間界に来ることはできないんだ。何故なら――」
「デスカトラズに閉じ込められているから」
「ゾーラ先輩、デスカトラズって?」
「魔界でもっとも強固な牢獄の名前です。そこには、魔界でも恐れられる凶悪なモンスターたちが収容されています」
重々しい口調でゾーラが言う。
「その名前を口にするのも恐ろしいそのモンスターは、かつて魔界中で暴れまわり、混沌の悪魔と呼ばれ恐れられた存在です。そんなものを呼び出そうなんて、どうかしています」
「いいんだよ。それでこそ魔界のモンスターって感じだから。扉を通ってやってくるのはみんなどこか気の抜けた連中ばかりだから、面白味がなかったんだ」
瞳を輝かせて臼斗は言った。
「あなたたちは、あの混沌の悪魔を知らないからです。あんなものが人間界に解き放たれたら……」
「大丈夫だよ。ゾーラ君。間一髪だったが、儀式は阻止できたんだ。例の災厄がこの世界を襲うことはない」
ゾーラを安心させるように、声をかける時定だったが。
「ふふふふふふふふ」
臼斗から、不敵な笑い声が漏れた。
「残念だけど、阻止なんてできていない。もう儀式はほぼ完了してるんだ。後は、最後の呪文を唱えるだけ」
「止めるんだ!」
時定が止めるのも聞かず、臼斗は叫んだ。
「ドングリグリドン!」
次の瞬間、ドングリ描かれた魔法陣から、硫黄臭い煙が噴き出した。同時に、激しい地鳴りとともに倉庫全体が揺れる。
「なんてこと……。来てしまいます。混沌の悪魔が」
かすれる声で、ゾーラが言った。その顔は青ざめ、髪の毛の蛇たちですら恐れおののいた様子でのたうち回っている。
冷静沈着な普段のゾーラからは想像もつかない怯えっぷりだった。
(一体、どんな恐ろしいモンスターが来るって言うのよ。止めてよ。私はまだ、まだまだまだ、モンスターは苦手なんだから!)
心の中で叫ぶ玲奈に、ゾーラの呟きが聞こえた。
唐突に揺れが収まった。硫黄臭い煙も嘘のように消えてしまう。
代わりに、ドングリの魔法陣の中央には、それまでいなかったモノが存在していた。
「いやっふ~♪ 外に出れたー!」
そいつは、ウキャって感じの無邪気な笑顔えそう叫び、ピョンと飛び跳ねたのだった。