その2 召喚クラブ
1日の授業が終了し、放課後となる。
「玲奈ちゃん、一緒に帰ろー」
「そうね」
玲奈ももみじも、特に部活に入っていたりはしないから、さっさと帰ってしまってなんの問題もないのだ。
2人が連れ立って教室を出ようとした時だった。校内放送が入る。
『2年?組 山田もみじさん。2年?組 山田もみじさん。生徒会室へと来てください』
「あれれ? ひょっとしてわたし、呼ばれてる?」
「ひょっとしなくても呼ばれてるわ。間違いなくもみじ、あなたの名前を言っていたもの」
「えー、わたし何かやっちゃったかなー? 玲奈ちゃんと一緒に学校に来るようになってから遅刻だってしてないし」
もみじが腕を組み、うーんと悩む。
「まぁ、行けば分かることじゃない。それじゃ、私は1人で帰るから」
歩き出そうとする玲奈の腕を、もみじは慌てた様子で掴んだ。
「そんなつれないこと言わないで。一緒に来てよ」
「嫌よ。私は呼ばれてないわ」
「そんなこと言わないで。ねーねー」
「呼ばれてないのに行く方がおかしいじゃない」
「玲奈ちゃんなら大丈夫だよ。会長もゾーラさんも歓迎してくれるはずだから。ねーねーねー。一緒に行こーよ」
結局、もみじのしつこさに玲奈は負けてしまう。
「生徒会室の前までよ。中には1人で入るのよ。いいわね」
★
そして、数分後。
生徒会室にて、会長席の前に立つ玲奈ともみじの姿があった。
「生徒会室の前までだって言ったのにね」
釈然としない様子で、玲奈が小声で呟いている。
会長席には時定。その傍らには、副会長のゾーラが立っていた。
「呼び出したりして悪かったね、もみじ君」
「いいんです。わたしは帰宅部って基本、予定なんてないんですから」
大して威張られるところでもないのに、もみじは胸を張って答えた。
「すみません。私まで一緒に来てしまって。もみじに半ば無理やりに」
「いや、いいんだよ。玲奈君。君の力を借りることにないかもしれないからね」
そんな前置きをしてから、時定は語り始めた。
「実はこの学校には、『召喚クラブ』なるものが存在しているんだ」
「召喚クラブ?」
聞きなれない言葉だった。
「部活とは正式に認められていない、愛好会や同好会といった類のものだ。生徒が自主的に活動するのは決して悪いことではないから、生徒会として特に干渉することは基本的にはないんだが。さすがにこのクラブに関してはそうもいかなくてね」
「何をするクラブなんですか?」
もみじの質問に、
「その名のとおり、召喚をするクラブなんだよ」
時定が簡潔に答える。
「ゲームなんかによく出てくるだろう。異界から幻獣やモンスターなんかを呼び出すあれだ。召喚クラブは、召喚の儀式を行い、魔界からモンスターを呼び出すことを目的としているんだ」
「ちょっと待ってください」
時定の説明に疑問を抱き、玲奈が声を上げる。
「それっておかしいんじゃないでしょうか? 他の街ならともかく、ここは魔界との扉が開いてしまっている得葉素市なんですよ。召喚の儀式なんて面倒なことをしなくたって、モンスターは門を通ってやって来られるはずです」
ですよね? って顔で、玲奈はゾーラを見た。もちろん、ゾーラが正真正銘、魔界のモンスターだからだ。
「ええ、その通りです」
ゾーラは、お馴染みのクールな表情のまま静かに頷いた。
「私も含めて、この街で暮らすモンスターたちはみんな、扉をくぐってやって来ました。そこに召喚の儀式は必要ありません」
「だったらどうして?」
「そこが厄介なところなんだ。召喚クラブは、自発的に門をくぐって人間界にやって来るモンスターには興味を示さないんだ。まだ人間界にやって来ていない、レアなモンスターを召喚することに意義を感じているんだよ」
時定がため息交じりに呟く。
「だから、呼び出されたモンスターも大抵、迷惑に感じる。魔界も広いからね。扉からえらく離れた場所に住んでいたモンスターなんかは、帰るだけでも一苦労だ。その苦情を、生徒会にぶつけてくるからたまったものじゃないよ」
「校長を通して国にかけ合って、帰りの旅費を用意してもらっていますが、本当に迷惑しているんです」
ゾーラもまた、ため息をついた。
「これまで何度も召喚クラブには注意をして、活動を自粛するようにお願いしていますが、なかなか了承してもらえなくて」
「なるほど、その召喚クラブが迷惑な存在だってことは理解しました」
玲奈が頷く。
「でも、それともみじを呼び出したのにどんな関係が?」
「ああ、前の召喚クラブの活動から3ヶ月ほどたったからね。そろそまた召喚の儀式を計画しているんじゃないかと危惧しているんだ。それでもみじ君にそれとなく探ってもらおうと思ったんだよ」
「どうしてもみじに? 会長だって分かってますよね。もみじがポンコツだって。そんなスパイみたいなこと、できるはずありませんよ」
「ひっどーい。わたしはポンコツじゃないもん!」
もみじがむくれる。
「実は、召喚クラブの部長はもみじ君と同じ中学の出身でね。あまり友達付き合いはしないようだが、もみじ君とだけはわりと親しくしていると聞いたんだよ」
「また無理やりにモンスターが呼び出されてしまって、その後始末を任されるのも大変なので。山田さん。よろしくお願いします」
「うん、まっかせてー!」
もみじは全力で安請け合いをした。
「召喚クラブの部長さんに接見して、さり気なく計画を聞き出しちゃうよ。あっ、できそうだったら止めるようわたしが説得しようかな?」
(それは難しそうね)
と玲奈は思った。だってもみじのことだから、面白がって一緒に召喚の儀式をしかねない。まさにミイラ取りがミイラになる状態だ。
「ところで、召喚クラブの部長さんって誰なんですか? わたしと同じ中学の人ってたくさんいるから」
「ああ、肝心な名前を言ってなかったね。2年D組の、不破臼斗君だよ」
「へー、臼斗くんなんだ。そんな面白そうなことやってたんだ」
(ほら、今、面白そうなことって言ったわ。やっぱりもみじに任せるのは危険――)
そこで玲奈はふと気付いた。
「ねえ、もみじ。不破臼斗君って、今朝、会った彼のことよね?」
「うん、そうだよ」
もみじが大きく頷く。
「その時、何か言ってたりしなかったかい?」
「ううん。ただドングリを運んでただけ」
「ドングリですって!」
ゾーラが声を上げた。いつも冷静な彼女らしからぬ、緊迫感のこもった声だった。
「そのドングリの量は?」
時定までもが、深刻な表情で尋ねてくる。
「段ボール箱一杯はあったわね、もみじ」
「うん。すごくたくさんだったなー」
「ゾーラ君……もしかして前に君が話していた?」
「はい、間違いないと思います。大量のドングリを集めたということは、召喚の儀で呼び出そうとしているのは……」
「もみじ君、玲奈君。そのドングリがどこに運ばれたか分かるかい?」
「えー、そこまではちょっと」
困り顔のもみじ。だけど玲奈は違っていた。
「確か彼、こう言ってたわ。『これで倉庫まで運べる』って」
「すごーい、玲奈ちゃん、抜群の記憶力だね」
もみじが褒めてくれるも、玲奈は喜べない。時定とゾーラの様子が明らかにおかしいからだ。
(何かを……恐れている!?)
「悪い予感がする。ゾーラ君、倉庫へ急ごう」
時定が立ち上がった。
「はい、会長」
2人して生徒会室を飛び出してしまう。
「玲奈ちゃん、玲奈ちゃん、わたしたちも行こ!」
好奇心丸出しで、目をキラキラと輝かせもみじが言う。
玲奈としても、時定とゾーラの尋常でない様子が気になっていた。
「そうね。偶然とはいえ、関わってしまったのだから」
もみじと玲奈は、時定とゾーラを追いかけた。