その20 開かれた魔眼
ゆっくりとドラクロアが歩み寄ってくる。その顔には、勝利を確信した不敵な笑みが浮かんでいた。
「キャー、来ないでー!」
もみじはそう叫び、抱えていたコッツンコツ先生の頭蓋骨をドラクロアに投げ付けた。
ドラクロアは軽く右手を払う。不可視の力が、飛んできた頭蓋骨を弾き飛ばした。
ガラシャンと音を立てて廊下に落ちるコッツンコツ先生の頭蓋骨。そのまま転がっていく。
「ああ、コッツンコツ先生が!」
涙のこもった目で、もみじはドラクロアを睨み付けた。
「ひどい! 頭蓋骨だけになっちゃってるコッツンコツ先生に追い打ちをかけるなんて、先輩の血は何色ですか!?」
(そもそも、そんな先生の頭蓋骨を思い切り投げ付けたのはあなたでしょうが)
心の中で突っ込みを入れる玲奈。
ドラクロアはと言うと、もうそんな茶番劇に付き合う気もない様子で確実に距離を縮めてくる。
(風の魔法さえ使えれば……)
精神を集中させ、サワサワを感じようとするも、それは不可能だった。魔法元素枯渇状態はまだ続いているようだ。
(風の魔法元素が戻るまで、どうにか時間稼ぎをしなきゃだわ。でも、どうすれば)
こんな状況ながらも、決して諦めることなく状況の打開策を考える玲奈。
そんな彼女に、ドラクロアは足を止めると鋭い視線を向けた。
「どうやら君は、まだ諦めていない様子だね。僕の本能が告げているよ。君は油断ならない相手だって。だから」
ドラクロア大きく目を見開いた。
「完全に動きを封じてから血をいただくことにしようか」
ドラクロアの瞳が怪しく輝く。
「大変だよ! ドラクロア先輩、玲奈ちゃんに催眠術をかけようとしてるんだよ!」
ドラクロアに催眠術をかけられた女子生徒たちの姿が思い出された。
あんな風になるのは、死んでもごめんだった。
咄嗟に目を閉じようとするも、身体が強張り瞼を下ろせない。すでにドラクロアの術中にはまってしまったようだ。
意識が遠のきかけるも、玲奈は精神力で持ちこたえる。
(負けないわよ)
逆にドラクロアを睨み返す。
しばらくして、ドラクロアが力を抜いた。
「これは驚いた。僕の催眠術を跳ね返すなんて。そんなことができる人間は初めてだ。魔法を使えることといい、君は本当に才能あふれる人間のようだね」
「どうも」
「でも、君のお友達の方はそうもいかなかったようだね」
「えっ?」
玲奈が困惑の声を上げた瞬間。
「玲奈ちゃ~ん」
いきなりもみじが玲奈にしがみついてきた。
「一緒にドラクロア様に血を吸われちゃおー」
トロンとした瞳で熱っぽく語るもみじ。ドラクロアの催眠術にかかったのは間違いない。
「やったわね!」
玲奈がドラクロアに非難の声を上げる。
「私に催眠術をかけるフリをして、一番の目的はもみじだったのね」
「いや、それがそうでもないんだ。僕は本当に、君だけに催眠術をかけようとした。もみじ君は、僕の瞳を見て勝手に催眠術にかかっただけだよ」
(もみじ、あなた何をやってるのよ!)
「でも、結果として君の動きを封じられたことに変わりはない。もみじ君、そのまま玲奈君を捕まえておいてくれ」
「はい、ドラクロア様~」
返事をすると、さらに強くしがみついてくるもみじ。
「ちょっともみじ、離れなさい。離れて! 離れてってば!」
玲奈がいくら叫んでも、もみじの催眠術は解けなかった。
(ここまでなの?)
さすがの玲奈も、諦めかけたその時だった。
「そこまでだ。ドラクロア君」
廊下に冷静な声が響く。
階段を上がりやってきたのは、眼鏡をかけたひとりの青年だった。
「初めまして。西園玲奈君。生徒会長の桐生時定だ」
ドラクロア越しに、時定は玲奈に自己紹介をする。
「時定。君がどうしてここに?」
「西園玲奈君が女子生徒たちにさらわれて、山田もみじ君がそれを追いかけて行ってしまった。そう報告してくれた生徒がいたんだよ」
もちろんその生徒とはフラワちゃんのことなのだが、さらわれてしまった玲奈には知る由もなかった。
「しかしドラクロア君。僕の知らない間に、学園の女子生徒の血を吸っていたなんて。さすがにこれは無視できない問題だ」
厳しい表情で時定が言う。
「くっ」
ドラクロアが一瞬怯んだ。
ドラクロアはこの桐生時定という人間が苦手だった。底の知れない何かを感じてしまうのだ。
それでも、自分は上級モンスターの吸血鬼であるというプライドが、おごりが、彼を強気にさせる。
「まあいい。時定、君の記憶を消してしまえばいいだけのことだ。いくら頭が切れようとも、所詮は人間。吸血鬼である僕の敵ではない」
ドラクロアが目を見開いた。怪しく輝く。全力で時定に催眠術をかけようとする。
しかし時定は平然としていた。
「どういうことだ?」
困惑の声を上げるドラクロア。
「種明かしをしようか」
時定は、自分の眼鏡を人差し指でコンコンと叩いた。
「この眼鏡には、催眠術を始めとするあらゆる魅了系の魔眼の効果を無効にする魔法がかけられているんだ。こんな物でもなければ、モンスターだらけの学園の生徒会長なんてやっていられないからね」
「なるほど。そのあたりの対策はできているということか。まあいい、それなら力づくで眼鏡を外すまでだ」
ドラクロアが、時定に襲いかかろうとする。
「素直に罪を認めて反省するなら、停学処分ぐらいで免れたかもしれないのに。残念だよ」
ふうとため息をつくと、時定は肩越しに振り返った。
「ゾーラ君、よろしく頼むよ」
時定の背後から、ゾーラが歩み出る。
ドラクロアが動きを止めた。
「ゾーラ……ゴルゴン……」
かすれた声を上げる。その顔面は蒼白だ。
「彼を、しっかりと見てあげなさい」
「分かりました。会長」
「ま、待て! 待ってくれ! どうして君ほどの上級モンスターが、そんな人間の言いなりなんだ? 同じモンスター同士、僕の味方を!」
懇願するドラクロアに、ゾーラは冷たく言い放った。
「学園の風紀を守る、それが副会長の務めですから」
ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
そんな効果音すら聞こえてきそうな雰囲気で、ゾーラがゆっくりと瞳を開いた。
「止めろ……頼む、止めてく……」
ビシリ……。