その19 魔法元素枯渇!?
薄暗い廊下を走る玲奈ともみじ。ここは旧校舎の3階だから、外に出るには1階まで行かなくてはならない。
「もみじ、もうすぐ階段よ!」
「うん」
大きく頷くもみじ。
「って、もみじ。何抱えてるのよ」
思わず玲奈は突っ込みを入れる。何故なら、逃げるもみじはしっかりと頭蓋骨を抱えていたからだ。
この頭蓋骨が誰の物なのかを説明する必要はない。もちろんコッツンコツ先生の物だ。
「そんなもの置いてくれば良かったのに。走るのに邪魔よ」
「あ、玲奈ちゃん! そんなこと言っちゃダメだよ! コッツンコツ先生は大切な先生なんだから。置いてくるなんてことできないよ。もしあのままにして、ドラクロア先輩に齧られたりしたら大変だもん!」
意固地にそう主張するもみじ。
モンスターに詳しくない玲奈でも、吸血鬼が決して骨を齧るモンスターじゃないってことは知っていた。そう、もみじのしたことに何のの意味もないのだ。
それでも、それを言ったところでもみじには通じそうもなかったから、諦めてため息をつく。
「まあいいわ。とにかくこのまま階段を下りて外に……」
と、背後から白い霧がやって来て、二人を追い抜いていった。
あたかも階段を塞ぐかのように霧は停滞する。そして、それは凝縮し人の姿となる。
ドラクロアだった。
さすがにこれには足を止めるしかなく、急ブレーキをかける玲奈ともみじ。
「どういうこと? 何かの手品?」
「違うよ。吸血鬼は霧になる能力があるんだよ!」
「何よそれ、反則じゃない」
「反則も何も、そういう能力があるんだから仕方ないんだよ!」
「逃がしませんよ」
瞳を真っ赤に輝かせ、ドラクロアが冷静に凄む。
「いいわよ。だったらさっきと同じことをするまでだわ」
臆すことなく、玲奈が歩み出た。
(廊下にもカーテンに塞がれた窓があるわ。風の魔法でそのカーテンを剥がしてしまえば)
差し込んでくる西日に、ドラクロアは再び悶絶することだろう。
魔法発動の準備をする玲奈、と、ドラクロアが叫ぶ。
「ブロウイングー!」
「えっ、何? どういうこと? こいつ、自分でカーテンを吹き飛ばすつもり? もみじの血を吸ってバカになったの?」
「ひっどーい! わたしの血を吸ったってバカにはならないし、それに吸われてないよー」
もみじが抗議の声を上げた。
ビョオオオオオオオオオ!
激しい風の音が鳴り響いた。しかし、それは校舎の外からだった。古い木造の建物を揺らすほどの突風。
やがてそれも収まった。
「ふう、こんなものでしょうね」
何かをやり遂げたかのように、満足気な笑みを浮かべるドラクロア。まるで意味が分からない。
「まあ、いいわ。さっきと同じ目にあわせてあげるわよ」
気を取り直し、玲奈は精神を集中させた。風の魔法元素を集めようとする。
しかし……。
「えっ?」
玲奈は怪訝そうな顔をした。
先ほどは感じられた、サワサワと肌をくすぐるような感触。それがまるで感じられないのだ。
「嘘でしょ?」
もう一度、試してはみたものの、やはり結果は同じだった。
こうなったらダメ元でと、ドラクロアに向かって叫んでみる。
「ブロウイング!」
何も起こらなかった。
「ブロウイング!」
やっぱりダメだった。そよ風すら起こらない。
「玲奈ちゃん、どうしたの? さっきみたいにぶわーってカーテンを吹き飛ばしちゃってよ」
もみじが無茶を言う。
「できないのよ」
「えっ?」
「できないの。どうしてか自分でも理由は分からないけど」
「………」
しばしポカンとした顔をしてから、
「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
もみじが素っ頓狂な声を上げた。
「何よ、いきなり大声を上げたりして」
「わ、わたし、分かっちゃったよ! その理由!」
得意気にもみじが言う。
「これは、魔法元素枯渇状態なんだよ!」
「魔法元素枯渇状態?」
聞きなれない言葉だった。
「そう。今、この空間には風の魔法元素がほとんどない状態なんだよ。だから玲奈ちゃんは風の魔法を使うことができないんだよ」
なるほど、言われてみれば納得ができる。どおりでサワサワという魔法元素を感じられないわけだ。
「ちょっと待って。それじゃ……」
玲奈はドラクロアを見た。
「ようやく気付いたようだね。そうさ。さっき、僕がブロウイングを使ってこのあたりの風の魔法元素はすべて使わせてもらったんだよ」
校舎を揺らすほどの強風は、風の魔法元素を消費するためのものだったのだ。
「もみじ、魔法元素が元に戻るのにどれぐらいの時間がかかるの?」
「うーん、多分、10分とか15分とかで元に戻るとは思うんだけど」
ドラクロアの血を吸われるのには十分な時間だ。
「だったらこれはどうよ」
玲奈は精神を集中させた。チリチリとした感触を引き寄せる。火の魔法元素だ。
風の魔法元素と違い、火の魔法元素は枯渇していなかった。十分に集まってくる。
「ファイアー!」
カーテンに向かって玲奈が炎を放つも、
「スプラッシュ!」
ドラクロアがほぼ同時に叫んだ。
弾ける水の弾が、玲奈の炎をかき消した。
「無駄だよ。厄介な風の魔法さえ封じてしまえば、どんな魔法も怖くはない。何度も言うようだけど、僕たち吸血鬼は、魔法に長けた種族なんだからね」
自分の魔法ではドラクロアを退けられない。
悔しいが、認めるしかない玲奈だった。