その17 玲奈のひらめき
コッツンコッツ先生の文字どおり身体を張った茶番劇のおかげで、微妙な空気が流れる。
もみじだけはシリアスだったが、玲奈とドラクロアは完全に呆れ返っていた。
(ひょっとしてこれ、チャンスかもしれないわ)
今こそ逃げる時だと玲奈は判断する。
いまだコッツンコツ先生の頭を抱えて涙しているもみじの腕を掴む。
「もみじ、行くわよ」
「え?」
「えっ? じゃないわよ。あれだけ呆れてるんだもの。力だって弱まってるはず。だから!」
もみじを引っ張り、強引に立たせる。そのまま教室を出ようとする。
ドアに手をかけスライドさせた。ガラガラと音を立ててドアが動く。
(やった! 思ったとおりだわ!)
しかし、
「フン」
ドラクロアがパチリと指を鳴らした。
開き替えたドアが、固く閉ざされてしまった。
「つい呆れて力が緩んでしまったよ」
そこでドラクロアがなるほどと頷いた。
「そうか。コッツンコツ先生の戦略だったのか。僕にかなわないと思い、あえて転んでバラバラになることで意表をつく。その後、もみじくんが涙の演技をすることで私呆れさせスキを作る。そういうことだったんだな。危ない危ない」
(それ、違うから。あの骨の先生は普通に転んでバラバラになってたし、もみじのだって演技なんかじゃないから!)
声を大にして叫びたかったが、叫んだところで状況が好転するわけでもないのでやめにしておいた。
「さあ、茶番劇はもうおしまいだ」
ドラクロアが軽く右手を振った。もみじが抱えていたコッツンコツ先生の首がピョーン飛んでいく。
「いい加減、覚悟を決めるんだ。この僕に血を吸われる覚悟をね」
「ドラクロア先輩!」
もみじが、まるで玲奈を守るかのように歩み出る。
「先輩の目的はあくまでわたしなんでしょ。だったら玲奈ちゃんだけは助けてあげて! その分、多く吸われたっていいから! 例え貧血になったとしても、レバーを食べて補うから! うちのお母さん、レバニラ炒め、得意だから!」
意味不明の情報まで出しながら、必死に懇願するもみじだったが。
「残念だが、さっきも言ったとおりだ。人間なのにああも鮮やかに魔法を使う彼女の血を味あわないではいられない。何だったら、彼女の血だけでもいいぐらいだ。それぐらい、僕は興味を覚えたんだ」
「えー、そんなー!?」
「ちょっともみじ、どうして残念そうな声を出すのよ」
「だって、吸血鬼が血吸うのは絶世の美女だって昔から決まってるし。ドラクロア先輩がわたしを選んだってことは、つまりわたしも」
「落ち着いて、もみじ。あなたの場合は、違う枠で選ばれたから。お気楽枠とか、お調子者枠とか、ひょうきん枠とか、まあそんなところね」
「えー、玲奈ちゃん。ひどーい」
頬を膨らめて文句を言うもみじ。
(どうしてこの子はこうも緊張感がないのよ。絶体絶命のピンチにいるって言うのに。私は血を吸われるなんて絶対に嫌だから)
何かここから脱出できる方法を、ドラクロアに一泡吹かせる方法を、玲奈は冷静に考えた。
(吸血鬼は魔法が得意な種族。だから、まだまだ未熟な私の魔法はきかない。となると、一体どうすれば)
そこで、玲奈は先ほどのコッツンコツ先生の言葉を思い出した。
「3年B組、ドラクロア・チース・イータロール君。日に弱い体質の君が休息できるように特別にこの旧校舎の使用が許されていますが、他の生徒を襲うのを見逃すわけにはいきません。血が吸いたければ、学食で紙パック入りのを買いなさい」
(日に弱い体質? そうよ、どの物語を読んだって、吸血鬼は日光が弱いって決まってるのよね)
ついでに思い浮かんだのは、昼の光景だった。降り注ぐ太陽の光を浴びて、それはそれは幸せそうな顔で光合成……いや、食事をしていたドリアードのフラワ。
(そうよ。この手があったわ。って言うか、この手しかない!)
何かを決意した表情で、玲奈は固く頷いた。
「やってやろうじゃないの」