その16 狂戦士コッツンコツ先生
「コッツンコツ先生!」
もみじが明るい声を上げた。
そう、姿を現したのは、キッチリとスーツを着こなし、ビシッと眼鏡で決めたスケルトン。
得葉素高校、数学教師、コッツンコツ先生だった。
「やれやれ、放課後の巡回をしていたらこんな場面と出くわしてしまうとは」
コッツンコツ先生が教室の中へと入ってくると、ドラクロアの前に立った。
「3年B組、ドラクロア・チース・イータロール君。日に弱い体質の君が休息できるように特別にこの旧校舎の使用が許されていますが、他の生徒を襲うのを見逃すわけにはいきません。血が吸いたければ、学食で紙パック入りのを買いなさい」
(学食でそんなもの売ってるの……)
軽く引く玲奈。
「先生、あんな鮮度の落ちた血液、僕の口には合わないんですよ。それにストローで飲むなんて、吸血鬼としての矜持に関わります。先生に催眠術が効くとは思えませんので、どうか見なかったことにしていただけないでしょうか?」
丁寧な口調だが、コッツンコツ先生を下に見ているかのような態度だった。
「あくまで僕の食事の邪魔をすると言うのであれば、僕の力でバラバラにして、裏庭に埋めてしまいますよ」
「ほう、教師に対して大胆な脅迫だな」
「吸血鬼である僕にはそれぐらいの力があることはご存じでしょう。ここにいる女子生徒たちには催眠術をかけて忘れさせてしまえば、完全犯罪ですよ。ですからどうぞ、お引き取りを」
「コッツンコツ先生、逃げて! ドアクロア先輩は本気だよ! コッツンコツ先生、バラバラにされちゃうよ! わたしたちのことはいいから!」
もみじが叫ぶも、コッツンコツ先生は教室を出ようとはしなかった。
コキッ、コキッと首を鳴らす。
「生徒たちを怖がらせると思ってあまり語っては来なかったがね。私の家、ダイタイコッツ家は、スケルトンの中では武闘派で名をはせた家なんだ」
(どこかで聞いた話だわ)
玲奈は思った。実際、どこかで聞いた話だった。ついこの間。
「私の体には、恐ろしい狂戦士スケルトンの血が受け継がれている。死神とまで恐れられたその力、見せてやろう」
コッツンコツ先生は、その場にしゃがみ込むと教室の床に骨の手を置いた。
『アガビラガ・バガメ・バガラヒ・デガラヒ・ガヌマ・エル・プサイント・我が家に伝わりし伝説の武具の数々よ。我、コッツンコツ・アバラーン・ダイタイコッツの名において、今ここに姿を見せよ!』
「物質召喚魔法ですか?」
地面から滲み出てくるような黒い煙がコッツンコツ先生の体を包み込んだ。その煙が晴れた時、コッツンコツ先生の姿は様変わりしていた。
漆黒の闇をまとったかのようなローブに、巨大な刈り取り鎌を持っている。その姿はまさに、死神そのものだった。
「こんな恐ろしい姿を生徒には見せたくなかった。しかし、その生徒を守り、また不良生徒を更生させるためだ。私は喜んで狂戦士の本性を開放しよう!」
コッツンコツ先生の頭蓋骨の瞳が、真っ赤に輝いた。
「GURUGYARUGAAAAAAAA!!」
おぞましい雄叫び上げ、コッツンコツ先生がドラクロアに襲いかかる。
「くっ!」
さすがに危機感を覚えたのか、ドラクロアもまた臨戦態勢を取った。
狂戦士スケルトン VS 吸血鬼
恐ろしいモンスター同士の戦いが始まるかと思ったが‥‥…
誰もが予想しない出来事が起こった。
いや、玲奈はちょっと予想していた。
コッツンコツ先生が‥‥…
ドラクロアに到達する手前で……
右足に左足をひっかけて、両足をもつれさせて、
転んだ。
ドンガラシャンシャンシャン!
「えっ?」
これにはドラクロアも唖然としてしまう。
「コッツンコツ先生!」
もみじが慌ててコッツンコツ先生の頭蓋骨へと駆け寄り、拾い上げる。
「すまない。やはり吸血鬼の力には及ばなかったようだ」
「いや、僕、何もしてないんですけど……」
ドラクロアの弁明なんてもみじは聞いちゃいなかった。涙のこもった瞳でドラクロアを睨む。
「ドラクロア先輩、ヒドイです! コッツンコツ先生をこんな目にあわすなんて! 人でなしです!」
「いや、まあ人ではないが」
「先輩の血は何色ですか!?」
「血の色で言うと、赤だが」
(何、これ。デジャブじゃないのよね)
目の前で繰り広げられる茶番劇を見ながら、玲奈は心底呆れたのだった。




