その10 その名はドラクロア
「骸骨の模型が、カタカタ動いてたんだって! 怖いよねー、きゃーーーーーーー!」
自分で言って、自分で大声を上げて怖がっている。
「は?」
ポカンとした顔で聞き返す玲奈。
史上最強の、『は?』だった。
「だからあ、夜の学校で、骸骨の模型がカタカタ動いてたんだよ! これってすごく怖いでしょ! わたしだったら絶対怖くて、悲鳴を上げて逃げちゃってたよ。ううん、気絶しちゃってたかも」
「……ごめん、もみじ。ちょっとだけ確認させてもらえるかしら?」
軽く深呼吸をしてから、玲奈が尋ねる。
「つまり、理科準備室で、骸骨の模型が、カタカタ動いてた。ただそれだけのことなのよね?」
「それだけって、それだけで十分怖いでしょ!? ありえないことでしょ! 恐怖だよミステリーだよ超常現象だよ!」
興奮するもみじだったけど、玲奈な冷める一方だった。
確かに、夜中、理科準備室で骸骨の模型がカタカタ動いていたらそれは怖いことだとは思う。
だけどそれは、『普通の街の普通の学校』という前提であればだ。
ここ、得瑠葉曽市には、カタカタ動くどころか、普通に体を動かして生活している骸骨がいる。
スケルトンという種族の、魔界のモンスターだ。
それは、この学校にもいる。しかも、教師をしてたりする。
「あの、もみじ。今更だけど、あなたの周りには動く骸骨、いるわよね?」
「えっ、コツコッツさんとコッツンコツ先生のこと?」
「そう、その二体のことよ」
あくまで人と認めていないので、『一体、二体』と数えることにする玲奈。
「あの二人が動くのを見て、もみじは怖いと思うの?」
「もみじちゃん、おかしなこと言っちゃって。そんなこと怖いと思うわけないじゃん」
ケラケラともみじが笑う。となると、大いなる疑問が生じる。
「コツコッツさんと、コッツンコ……あの骨の先生が――」
いまだに名前を覚えられないから、骨の先生だとしておく。
「あの二体が普通に歩き回って、バラバラになったり首をグルグル回してるのを見てるのに、カタカタ動くだけの骸骨がどうして怖いのよ」
「だって、コツコッツさんもコッツンコツさんもスケルトンなんだよ。動いて当然。むしろ動かない方がおかしいよ」
真顔でもみじは続ける。
「それに比べると、骸骨の模型はただの模型なんだよ。普通なら動かないんだよ。それがカタカタ動くんだから、怖いったらないよ!」
「もみじ。私、その感覚、分からないわ」
ただでさえ疲れていたのに、余計に疲れた気がした。
「やっぱり教室に戻るわ。次の授業まで休ませて」
「あ、待ってよー」
玲奈を追いかけるもみじ……と、
『カシャリ』
そんなかすかな音を、玲奈の耳が捉えた。
「ん?」
足を止め、怪訝そうな顔をする玲奈。
「どうしたの? 玲奈ちゃん」
「ううん、何でもないわ」
再び歩き始める。
玲奈の記憶が確かなら、それはスマホのシャッター音だった。誰かが近くで何かを撮った。ただそれだけのことだろうと軽く考える。
まさか、自分たちが撮られていたなんて、疲れていた玲奈は少しも気づかなかったのだった。
★
玲奈ともみじがいなくなってから、廊下の角から二人組の女子生徒が姿を現した。
手にしてたスマホを見る。
「うん、しっかり写ってるわ」
「すぐに送信しましょ」
「ダメよ。ドラクロア様に直接報告するのよ」
「そうね。ご褒美がもらえるかもしれないわね」
弾むような足取りで二人が向かったのは、本校舎の隣にある旧校舎の最上階だった。
廊下という廊下が黒い暗幕で覆われていて、一切の光が入ってきていない。
ところどころに置かれたランプで、かろうじて照らされているのみだった。
二人は一番奥の教室へと向かう。
「失礼します」
中に入ると、他にも数名の女子生徒がいた。
どこかから持ち込んだ豪華な装飾の施された椅子に、一人の男子生徒が座っている。
鋭く尖った耳に、真っ赤に輝く瞳。制服は着ているものの、貴族っぽくアレンジされている。
顔立ちは恐ろしく整っていて、怪しいまでの魅力の持ち主だった。
「頼んでいたものは手に入りましたか?」
穏やかな美声で、男子生徒が尋ねる。
「は、はい。これです」
女子生徒が、そっとスマホを差し出す。
そこに写っていたのは、廊下を歩くもみじと玲奈の姿だった。
「ああ、間違いない。やはり、この子は、魅力的だ」
男子生徒はそう呟くと、うっすらと笑った。その口から鋭く尖った牙が姿を見せる。
「僕はね、魅力的なものは放っておけない質なんだよ。なんとしてでも手に入れて、そして、味わいたいと思ってしまう。そんな僕は異常だろうか?」
「いえ、そんなことはありません!」
「美しい衝動だと思います!」
女子生徒たちがうっとりとした目をしながら頷く。もはや一種の宗教のようだ。
「ふふふ、ありがとう。私の可愛い子コウモリたち」
男子生徒が笑った。
「では、君たちにお願いしようか。この子を、僕のこの聖域へ連れてきてはくれないかい? そう、今日中に」
「分かりました」
女子生徒たちが同時に答える。
「でも、差し当たっては昼食を取らなければなりませんね。さて、今日は誰にしましょうか」
女子生徒たちに緊張が走る。
「私の血を! 先輩にいつ吸われてもいいように、首筋はいつも念入りに洗っています」
「私なんて、血に臭みが出ないように肉も卵も食べてないんですから。もちろん、ニンニクだって」
「私だって!」
「私はもっと!」
ケンカを始める女子生徒たちを、男子生徒がまあまあとなだめた。
「ケンカはダメです。そうですね、今日はこの写真を撮ってきてくれた、小宮山くんと末川くんの二人にお願いしましょうか」
二人が歓喜の笑みを浮かべ、他の女子生徒たちは悔しそうに歯噛みした。
「それでは」
男子生徒は立ち上がると、写真を撮ってきた一人の女子生徒にすっと歩み寄り、その首筋に噛みついた。
「あああ」
甘い吐息が漏れる。
そして、もう一人の首筋にも、牙を突き立てた。
「ありがとう、若さあふれる素晴らしい味でしたよ」
「もったいないお言葉です!」
「今後も、よりよい血を提供できるよう、頑張りますから!」
男子生徒は、手にしたままだったスマホに再び目を向ける。
「果たして、彼女の血はどんな味がするのでしょうかね。フフフ、楽しみですよ」
得瑠葉曽高校、3年A組、ドラクロア・ド・モスキートは、日光の遮断された室内で、クックと静かな笑いを響かせたのだった。




