その6 フラワちゃんのお食事
ようやく授業が終わり、玲奈ともみじも廊下と言う名の牢獄から解放される。
「災難だったねー。西園さん」
「もー、もみじちゃんってば、間違いすぎー」
「笑いをこらえるのに必死だったわよ」
教室に戻った玲奈ともみじを、同級生たちが歓迎してくれる。
生徒たちの反応から察するに、もみじの失敗はよくあることらしい。
それでも許されてしまうのは、もみじの憎めないキャラクター性のおかげだろう。
(わたしは怒ってるけどね。もみじにも、それからあの骨の先生にも)
コッツンコツ先生への怒りは、廊下に立たされたことよりも、首を回転させて怖がらせたことに対しての怒りが強かった。
だけど、あの恐怖のルーレット(玲奈感)に対しては誰も何とも思っていないようだ。
数学の授業では、ごくごくありふれた光景なのだろう。
(この学校にやっていくためには、あれに慣れなきゃダメなのね)
なかなかハードルが高いわねと、玲奈は表情を硬くする。
そんな玲奈に、もみじがヘラヘラとした笑いを顔に張り付けてやって来た。
「玲奈ちゃん、玲奈ちゃん、お昼どうする? お弁当、持ってきてないでしょ? 一緒に学食に行かない? わたしはお弁当を持ってきてるけど、学食で食べてもいいことになってるから」
「この学校、学食があるの?」
「うん、あるよ。メニューもたくさんだし、ボリュームもたっぷり。味だって悪くないんだから」
少し興味は覚えたものの、
(落ち着いて、玲奈。こんな学校の学食なのよ。きっと気持ちの悪い食べ物が一杯のはずだわ)
それでも一応、尋ねてみる。
「もみじ、人気メニューはどんななの?」
「百目吸血ウナギ定食かな? クログロコオロギの足でダシを取ったラーメンもあるよ」
(行かない方が良さそうね)
そう結論づける。
「購買部はあるのよね。そこでパンでも買って食べるわ」
「あ、じゃあ購買部に案内するね」
もみじの案内で、購買部へと向かう。
玲奈が少し不安に思っていたように、購買部のパンもまた魔界っぽいものがかなりあった。
目玉を挟んだパンとか。
ドロドロした緑の液体がしたたるパンとか。
それでも、ごく普通のクリームパンやアンパンも少ないながらも置かれていた。
「これを!」
迷うことなく玲奈はクリームを選択した。
「へー、変わったパンが好きなんだねー」
しきりに感心するもみじに、
(変わってるのはあたなたちの方なのよ。世間一般ではこっちの方が普通のパンなのよ!)
と叫びたかったが、それをしたところどうせ通じないから止めておく。
黙って会計を済まし、購買部を後にした。
「中庭で食べようよ。ベンチがあるし、気持ちがいいよ」
もみじの提案で、二人は中庭へと向かった。
一度、正面玄関で外履きに履き替える手間はあったものの、中庭はなかなか気持ちのいい場所だった。
広々とした芝生が広がり、いくつかのベンチが設置されている。何より、他の生徒があまりいないのがありがたい。
モンスターを目に入れないで済むのだ。
適当なベンチに座る。
玲奈はクリームパンとパック入りの牛乳。
もみじは、家から持ってきたお弁当だ。
包みを開き、弁当箱の蓋を開けるもみじ。そっと弁当の中身をのぞき込み、玲奈は後悔した。
得体の知れない生物の頭が丸ごと入った弁当なんて、見ていて気持ちのいいものじゃない。
「いただきます」
「いただきまーす」
二人が昼食を始めて少し。
もみじが何かに気づいて笑顔になった。
「あ、フラワちゃん!」
大きく手を振る。
「フラワ……ちゃん」
カタカナの名前からして、魔界からの留学生であることは容易に想像がついた。
(どうしよう。少し、怖いわね。でも、見ないで済ますわけにはいかないし)
覚悟を決めて、玲奈は首を動かした。もみじが手を振った方向に目を向ける。
「え?」
少し驚き、目を大きくした。
「もみじちゃ~ん」
ゆっくりとした足取りでやって来るのは、ふわふわとした緑色の髪の毛をした少女だった。
笑顔がとても可愛らしい。
頭の花飾りもよく似合っていた。
「フラワちゃんもお昼?」
「はい~、そうなんです~。今日は天気がいいから、お外でお食事しようと思って~」
のんびりまったりした口調もまた、可愛らしい。
髪の毛が緑色であることを抜かせば、特にモンスターらしい部分はない。
「あの、もみじ」
玲奈が小声で尋ねる。
「彼女って……」
モンスターなの? それとも、髪の毛を緑色に染めた人間?
と聞こうとした玲奈だったけど、先にもみじが紹介してくれた。
「あ、紹介するね。F組のフラワちゃんだよ」
次に、フラワにも玲奈を紹介する。
「フラワちゃん。西園玲奈ちゃんだよ。今日からうちの高校に通うことになったんだ。魔法の才能を認められた、特別留学生なんだよ」
「もみじ、余計なことまで言わないで」
「へ~、そうなんですか~。すごいですね~」
フラワは瞳をキラキラさせて感心している。
「わたしは~、フラワ・フレグランスです~。魔界からの留学生で~、種族はドリアードです。よろしく~」
(やっぱりモンスターだったのね)
それでもなお、怖いという印象はなかった。
モンスターに詳しくないので、ドリアードがどんなものかは知らないが、彼女みたいな留学生ばかりなら玲奈も安心できる。
「玲奈さんは~、この街に来たばかりなんですか~?」
「ええ、昨日来たばかりだから」
「それじゃあびっくりしたでしょ~。この街は~、魔界の文化が混じっちゃってるから~、普通と違うだろうから~」
フラワの言葉に玲奈は大いに驚いた。
(この子、モンスターだけどちゃんとこの街が特殊だってことを分かってる! もみじよりも常識人じゃないの! ううん、人じゃないから常識モンスター? まあどっちでもいいわ)
「そうよ。そうなのよ。食べ物は特殊だし、動く骸骨はいるし、トカゲ人間だって出てくるし、おかしな霧は立ち込めるし」
「驚きますよね~。でも大丈夫ですよ~。ゆっくり慣れていけばいんですから~」
フラワが優しく言う。
(そうよ。こういう反応が私は欲しかったのよ。いっそ案内役がこの子でも良かったのに)
昨日は散々な目にあったと思い出し、隣のもみじを睨んだ。もっともみじはキョトンとしていたが。
「どうしたの、玲奈ちゃん」
「別に。でも、少し驚いたわ。モンスターの中にも、こんなにも普通の子がいたなんて」
「普通?」
もみじに普通を語っても通じないと悟り、玲奈は言い直す。
「モンスターの中にも、彼女みたいな人間と変わらない子がいたなんて」
「あ、そうだね~。確かにフラワちゃんは人間とあんまり変わらないかもしれないねー」
「そうかもしれませんね~。わたしも~、モンスターっぽくないってよく魔界の人たちから言われます~」
にっこりと微笑むフラワ。
(この子とは仲良くやっていけそうだわ)
玲奈はそう思った。
と、フラワは『あっ』と声をあげる。
「どうしたの? フラワちゃん」
「わたし~、バケツを忘れてしまいました~。これじゃお食事、できませんね~」
えへへへと笑うフラワ。
(バケツ?)
「あ、それなら待ってて。わたしが取ってきてあげるから」
「F組のわたしのロッカーに~、専用のバケツがありますから~」
「うん、分かってる。お掃除に使うバケツじゃ汚いもんね」
もみじは立ち上がると、颯爽と走り出す。
「ありがとうございます~」
見送るフラワ。
(どうしてお昼にバケツが?)
疑問に思っていると、もみじがバケツを片手に戻ってきた。
「お待たせ!」
「ありがとうございます~」
「ついでに水もくんできてあげるね」
中庭にある水道に走り、もみじはバケツを水で満たす。
「どうぞ」
フラワの前にそれを置いた。
「それじゃあ、ここでお食事させてもらいますね~」
フラワは、ポケットから何かを取り出した。小さなアンプルだった。それをバケツの水の中に入れる。
「もみじ、あれは何?」
「植物用の栄養剤だよ」
「……そう」
困惑する玲奈の前で、フラワはゆっくりと口を脱ぎ、靴下も脱いだ。
そして両足をバケツの中に入れる。
「あ~~、おいしいです~~~」
フラワが幸せに包まれる。緑の髪の毛に咲いていた花が活き活きとし、さらにその数を増した。満開だ。
「おいしすぎて、根を張ってしまいそうです~」
「な、なんなの、これは?」
「何なのって、フラワちゃんのご飯だよ。ドリアードは植物のモンスターだから、水と太陽の光がご飯なんだよ。あと元気が出るように植物用の栄養剤も」
「……どうしてバケツに足を?」
「だって、水を吸う根っこは足にあるでしょ?」
当たり前のように答えるもみじ。
(つまり、この子は人型の植物なのね。緑色の髪の毛が葉っぱで、足が根っこ…‥‥)
「フラワちゃん。最近、毛虫は大丈夫?」
「はい、どうにか。防虫剤を使ってますから~。でも、髪の毛が傷んでしまうんです~」
「ついちゃった時は言ってね。わたしが割りばしで全部取ってあげるから」
「はい~。ありがとうございます~」
(人間のように見えても、やっぱりモンスターなのね)
しみじみと、玲奈は思ったのだった。