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異文化こみにけーしょん  作者: 作・夏井めろん 画・ピロコン
エピソード2 はじめての異文化登校
24/112

その6 フラワちゃんのお食事

 ようやく授業が終わり、玲奈ともみじも廊下と言う名の牢獄から解放される。


「災難だったねー。西園さん」


「もー、もみじちゃんってば、間違いすぎー」


「笑いをこらえるのに必死だったわよ」


 教室に戻った玲奈ともみじを、同級生たちが歓迎してくれる。


 生徒たちの反応から察するに、もみじの失敗はよくあることらしい。


 それでも許されてしまうのは、もみじの憎めないキャラクター性のおかげだろう。


(わたしは怒ってるけどね。もみじにも、それからあの骨の先生にも)


 コッツンコツ先生への怒りは、廊下に立たされたことよりも、首を回転させて怖がらせたことに対しての怒りが強かった。


 だけど、あの恐怖のルーレット(玲奈感)に対しては誰も何とも思っていないようだ。


 数学の授業では、ごくごくありふれた光景なのだろう。


(この学校にやっていくためには、あれに慣れなきゃダメなのね)


 なかなかハードルが高いわねと、玲奈は表情を硬くする。


 そんな玲奈に、もみじがヘラヘラとした笑いを顔に張り付けてやって来た。


「玲奈ちゃん、玲奈ちゃん、お昼どうする? お弁当、持ってきてないでしょ? 一緒に学食に行かない? わたしはお弁当を持ってきてるけど、学食で食べてもいいことになってるから」


「この学校、学食があるの?」


「うん、あるよ。メニューもたくさんだし、ボリュームもたっぷり。味だって悪くないんだから」


 少し興味は覚えたものの、


(落ち着いて、玲奈。こんな学校の学食なのよ。きっと気持ちの悪い食べ物が一杯のはずだわ)


 それでも一応、尋ねてみる。


「もみじ、人気メニューはどんななの?」


「百目吸血ウナギ定食かな? クログロコオロギの足でダシを取ったラーメンもあるよ」


(行かない方が良さそうね)


 そう結論づける。


「購買部はあるのよね。そこでパンでも買って食べるわ」


「あ、じゃあ購買部に案内するね」


 もみじの案内で、購買部へと向かう。


 玲奈が少し不安に思っていたように、購買部のパンもまた魔界っぽいものがかなりあった。


 目玉を挟んだパンとか。


 ドロドロした緑の液体がしたたるパンとか。


 それでも、ごく普通のクリームパンやアンパンも少ないながらも置かれていた。


「これを!」


 迷うことなく玲奈はクリームを選択した。


「へー、変わったパンが好きなんだねー」


 しきりに感心するもみじに、


(変わってるのはあたなたちの方なのよ。世間一般ではこっちの方が普通のパンなのよ!)


 と叫びたかったが、それをしたところどうせ通じないから止めておく。


 黙って会計を済まし、購買部を後にした。


「中庭で食べようよ。ベンチがあるし、気持ちがいいよ」


 もみじの提案で、二人は中庭へと向かった。


 一度、正面玄関で外履きに履き替える手間はあったものの、中庭はなかなか気持ちのいい場所だった。


 広々とした芝生が広がり、いくつかのベンチが設置されている。何より、他の生徒があまりいないのがありがたい。


 モンスターを目に入れないで済むのだ。


 適当なベンチに座る。


 玲奈はクリームパンとパック入りの牛乳。


 もみじは、家から持ってきたお弁当だ。


 包みを開き、弁当箱の蓋を開けるもみじ。そっと弁当の中身をのぞき込み、玲奈は後悔した。


 得体の知れない生物の頭が丸ごと入った弁当なんて、見ていて気持ちのいいものじゃない。


「いただきます」


「いただきまーす」


 二人が昼食を始めて少し。


 もみじが何かに気づいて笑顔になった。


「あ、フラワちゃん!」


 大きく手を振る。


「フラワ……ちゃん」


 カタカナの名前からして、魔界からの留学生であることは容易に想像がついた。


(どうしよう。少し、怖いわね。でも、見ないで済ますわけにはいかないし)


 覚悟を決めて、玲奈は首を動かした。もみじが手を振った方向に目を向ける。


「え?」


 少し驚き、目を大きくした。


「もみじちゃ~ん」


ゆっくりとした足取りでやって来るのは、ふわふわとした緑色の髪の毛をした少女だった。


 笑顔がとても可愛らしい。


 頭の花飾りもよく似合っていた。


「フラワちゃんもお昼?」


「はい~、そうなんです~。今日は天気がいいから、お外でお食事しようと思って~」


 のんびりまったりした口調もまた、可愛らしい。


 髪の毛が緑色であることを抜かせば、特にモンスターらしい部分はない。


「あの、もみじ」


 玲奈が小声で尋ねる。


「彼女って……」


 モンスターなの? それとも、髪の毛を緑色に染めた人間?


 と聞こうとした玲奈だったけど、先にもみじが紹介してくれた。


「あ、紹介するね。F組のフラワちゃんだよ」


 次に、フラワにも玲奈を紹介する。


「フラワちゃん。西園玲奈ちゃんだよ。今日からうちの高校に通うことになったんだ。魔法の才能を認められた、特別留学生なんだよ」


「もみじ、余計なことまで言わないで」


「へ~、そうなんですか~。すごいですね~」


 フラワは瞳をキラキラさせて感心している。


「わたしは~、フラワ・フレグランスです~。魔界からの留学生で~、種族はドリアードです。よろしく~」


(やっぱりモンスターだったのね)


 それでもなお、怖いという印象はなかった。


 モンスターに詳しくないので、ドリアードがどんなものかは知らないが、彼女みたいな留学生ばかりなら玲奈も安心できる。


「玲奈さんは~、この街に来たばかりなんですか~?」


「ええ、昨日来たばかりだから」


「それじゃあびっくりしたでしょ~。この街は~、魔界の文化が混じっちゃってるから~、普通と違うだろうから~」


 フラワの言葉に玲奈は大いに驚いた。


(この子、モンスターだけどちゃんとこの街が特殊だってことを分かってる! もみじよりも常識人じゃないの! ううん、人じゃないから常識モンスター? まあどっちでもいいわ)


「そうよ。そうなのよ。食べ物は特殊だし、動く骸骨はいるし、トカゲ人間だって出てくるし、おかしな霧は立ち込めるし」


「驚きますよね~。でも大丈夫ですよ~。ゆっくり慣れていけばいんですから~」


 フラワが優しく言う。


(そうよ。こういう反応が私は欲しかったのよ。いっそ案内役がこの子でも良かったのに)


 昨日は散々な目にあったと思い出し、隣のもみじを睨んだ。もっともみじはキョトンとしていたが。


「どうしたの、玲奈ちゃん」


「別に。でも、少し驚いたわ。モンスターの中にも、こんなにも普通の子がいたなんて」


「普通?」


 もみじに普通を語っても通じないと悟り、玲奈は言い直す。


「モンスターの中にも、彼女みたいな人間と変わらない子がいたなんて」


「あ、そうだね~。確かにフラワちゃんは人間とあんまり変わらないかもしれないねー」


「そうかもしれませんね~。わたしも~、モンスターっぽくないってよく魔界の人たちから言われます~」


 にっこりと微笑むフラワ。


(この子とは仲良くやっていけそうだわ)


 玲奈はそう思った。


 と、フラワは『あっ』と声をあげる。


「どうしたの? フラワちゃん」


「わたし~、バケツを忘れてしまいました~。これじゃお食事、できませんね~」


 えへへへと笑うフラワ。


(バケツ?)


「あ、それなら待ってて。わたしが取ってきてあげるから」


「F組のわたしのロッカーに~、専用のバケツがありますから~」


「うん、分かってる。お掃除に使うバケツじゃ汚いもんね」


 もみじは立ち上がると、颯爽と走り出す。


「ありがとうございます~」


 見送るフラワ。


(どうしてお昼にバケツが?)


 疑問に思っていると、もみじがバケツを片手に戻ってきた。


「お待たせ!」


「ありがとうございます~」


「ついでに水もくんできてあげるね」


 中庭にある水道に走り、もみじはバケツを水で満たす。


「どうぞ」


 フラワの前にそれを置いた。


「それじゃあ、ここでお食事させてもらいますね~」


 フラワは、ポケットから何かを取り出した。小さなアンプルだった。それをバケツの水の中に入れる。


「もみじ、あれは何?」


「植物用の栄養剤だよ」


「……そう」


 困惑する玲奈の前で、フラワはゆっくりと口を脱ぎ、靴下も脱いだ。


 そして両足をバケツの中に入れる。


「あ~~、おいしいです~~~」


 フラワが幸せに包まれる。緑の髪の毛に咲いていた花が活き活きとし、さらにその数を増した。満開だ。


挿絵(By みてみん)


「おいしすぎて、根を張ってしまいそうです~」


「な、なんなの、これは?」


「何なのって、フラワちゃんのご飯だよ。ドリアードは植物のモンスターだから、水と太陽の光がご飯なんだよ。あと元気が出るように植物用の栄養剤も」


「……どうしてバケツに足を?」


「だって、水を吸う根っこは足にあるでしょ?」


 当たり前のように答えるもみじ。


(つまり、この子は人型の植物なのね。緑色の髪の毛が葉っぱで、足が根っこ…‥‥)


「フラワちゃん。最近、毛虫は大丈夫?」


「はい、どうにか。防虫剤を使ってますから~。でも、髪の毛が傷んでしまうんです~」


「ついちゃった時は言ってね。わたしが割りばしで全部取ってあげるから」


「はい~。ありがとうございます~」


(人間のように見えても、やっぱりモンスターなのね)


 しみじみと、玲奈は思ったのだった。



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