その3 選択しません!
その後、もみじと玲奈は教室へと向かった。
ブレザー姿の玲奈に、クラスメイトたちは興味シンシンといった顔になる。
自分が案内したんだとばかりにドヤ顔になるもみじが、少々腹立たしい玲奈。
「玲奈ちゃんの席は、どーしよっかー。余ってる席なんてないし」
困り顔のもみじに、クラスメイトが告げる。
「転校生の席なら俺たちで用意しといたぞ」
「え、高津くん、どうして玲奈ちゃんのこと知ってるの?」
「ゾーラ先輩が来て、軽く説明してくれたんだよ。で、早く来てた俺たちで倉庫から机を運んだってわけ。ほら、そこに」
クラスメイトが指さしたのは、教室の一番後ろの席だった。列は真ん中あたり。運ばれてきた机は違和感なくおさまっている。
さらに机の上にはたくさんの教科書が積まれていた。
「その教科書も、ゾーラ先輩が持ってきてくれたんだ。転校生用にって」
なかなか、いや、かなり手際がいい。
「それにしても、ゾーラ先輩、美人だったよな」
「本当だぜ。俺、机運びながらずっとゾーラ先輩に見とれてたもん」
「やっぱりこの学園一の美少女はゾーラ先輩で決まりだろ」
「いやいや、確かにゾーラ先輩もいいが、彼女を忘れちゃダメだろ」
「ああ、F組のフラワちゃん!」
「本当、癒やされるもんなー」
盛り上がっている男子たち。
「玲奈ちゃんのお世話はわたしがしたかったのにぃ」
もみじは悔しがっていたが、玲奈としてはありがたかった。
どうにかこの街に暮らし学校にも通う決断はしたものの、やはり慣れないのは学校の中にチラホラと混じるモンスターたちだった。
彼ら、彼女らに惑わされないように、とにかく授業に集中しよう。そう決めていたのだ。
「ここが私の席なのね」
机の上に乗っていた教科書を確認する。前の学校で使っていた教科書とは違うが、レベルは同レベルといったところだろう。これなら問題なく使えるはずだ。
「もみじ、今日の時間割りを教えて」
「えっとねー」
もみじ、沈黙。
「高津くん、何だっけ?」
「しっかりしろよ。えっとだな」
クラスメイトは、苦笑しながら教えてくれた。
「一時限目が現国で、二時限目が化学、三時限目が世界史で、四時限目が数学、昼休みを挟んで、五時限目が古典で、六時限目が、英語だな」
「うっわー、何その全然遊びがない時間割り! わたし、居眠りしないで乗り切る時間がないよ!」
もみじが大袈裟に声を上げ、クラスメイトたちの笑いを誘っている。
だけど、もみじを馬鹿にしての笑いではなかった。少なくとも、山田もみじというキャラクターはこのクラスの中では愛されているようだと、玲奈は判別する。
それにしても……
玲奈はもう一度、教科書の山を見た。細かくチェックをして、ふうと安堵の息を吐く。
「どうしたの?」
「ううん。少しホッとしただけよ。普通の教科書ばかりだったから」
「?」
「?」
顔いっぱいに?マークを浮かべているもみじ、そしてクラスメイトたち。
「その、『化学』や『生物』、『世界史』の授業があるように、『魔法』や『モンスター』、『魔界史』なんてのもあるのかなって思っていたから」
「ああ、それなら選択だな」
「うん選択だね」
もみじとクラスメイトたちは、当たり前のように教えてくれた。
その結果分かったことは、『魔法』も『モンスター』、そして『魔界史』という教科もちゃんと存在しているという玲奈にとってはあまり嬉しくない事実だった。
ただし、それはメインの授業ではなく、数に限られた数だけコマのある選択の授業で、自分でどの教科を選ぶのか決めるらしい。同列に選べる授業として、『漢文』や『地学』『天文』といったものも存在するため、必ずしも魔界関連の物を選ばなくてもいいようだ。
「わたしは、『モンスター』の授業も『魔界史』の授業も取ってるよ! 魔法も取りたいけど、それは才能がある人だけって決まってるから。ほとんどが留学生の人たちばっかりかな? でも玲奈ちゃんだったら」
「取らないわ」
「でも……」
「取らないって言ったら取らない」
もう一度、玲奈は強く言った。
魔法を使うことに、そこまでの嫌悪感はなかった。前にリザードマンをこらしめた時に放ったサンダーの感触は、個人的には嫌いじゃなかったし。
ただ、もみじの言葉を玲奈は聞き逃さなかった。
『ほとんどが留学生の人たちばっかりかな?』
つまり、魔法の授業を選択したら最後、周りをモンスターに囲まれるということになる。
考えただけでも恐ろしい。
(選択授業は、魔界とは一切関係のないものにしなくっちゃ。漢文とか、地学とか、天文とか。正直、少しも興味はないけれど)
玲奈は心の中で、そう強く呟いたのだった。