表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異文化こみにけーしょん  作者: 作・夏井めろん 画・ピロコン
エピソード1 はじめての異文化体験
2/114

その1 遅刻少女とバラバラ事件

「わーん、遅刻、遅刻、遅刻~~~! 遅刻ったら遅刻なの~~!」


 時はゴールデンウィーク明けの5月の初旬。初夏の爽やかな朝日が照らす中、ひとりの少女が住宅街の道路を走っていた。


 セーラー服姿で、ショートカットにぴょこんと飛び出したアホ毛が似合う少女だ。大きな瞳は少々たれ目、でもって能天気そうな雰囲気に溢れている。


 全力で走っているのは間違いないが、スピードはまるでともなっていない。ドタドタ、いや、バタバタといった足取りだ。これだけを見ても、少女が運動が苦手なのは明らかだった。


 この少女の名前は、山田もみじ。ここ、得葉曽市に生まれ育った15歳。今年の春から、市内にある得葉曽高校に通い始めたピッチピチの新米JKだ。


「このままじゃ、4日連続の遅刻だよ~。でも、4日連続の遅刻ってちょっとすごいかも? どうだえっへん、まいったか!」


 一瞬、ドヤ顔になるもみじだったが、さすがにエバれることじゃないと思い直す。


「あ~、昨日の夜、あんな面白いテレビやってるんだもん。反則だよう。でも録画しなかったわたしのせいかな? ううん、そんなことないよね。だってだって、リアルタイムで見たかったんだもーん! あんな面白いテレビをやってるテレビ局が悪いんだよう」


 反省するように見えて、やっぱり反省せずテレビ局に責任転嫁してしまう。これを走りながら声に出してやるものだから、息だって上がるし、ただでさえ遅い走りが余計に遅くなってしまう。


 そのことに気付かないあたり、このもみじ、『お喋り』かつ『天然』と考えて間違いないだろう。または思ったことがついつい口をついて出てしまう、『思考ダダ漏れ人間』かもしれないが。


「でもでも、まだ希望は捨てちゃダメだよっ! 走ればまだ間に合う時間だもん!」


 もみじは自分自身にそう言い聞かせる。


「わたしは、風になるんだから! ラララララ~♪」(平野レミ風)


 気合いを入れ、歌まで歌うもみじ。おかげで気持ちが奮い立ち、走る速度もややアップする。

 そのままの勢いで、もみじは前方の角を一気に右に曲がった。


 不幸な事故はその直後に起こった。たまたま道を歩いていた人物と正面衝突してしまったのだ。


挿絵(By みてみん)


 ドンガラシャンシャンシャン!


 景気の良い音を立て、その人物が盛大に弾け、さらにバラバラになった。

 それもそのはず、その人物は全身骨だけの骸骨男だったのだから。一応、Tシャツを着てズボンを履いてはいるが、骨しかないのは隠しようがなかった。


 角を曲がった出会い頭に骸骨男と遭遇する。何ともホラーな出来事だったが、もみじは少しも怖がったりしない。

 だってだって、この町ではごくごく普通の出来事だったからだ。


 今から20年前、ここ、得葉曽市に魔界へと繋がる扉が開いた。

 最初こそ混乱はあったものの、『人魔不争協定』が結ばれ人とモンスターは決して争うことなく、『お隣さん』として理想的な関係を築いていくことを約束した。


 扉が開いてしまった得葉曽市は、言わば国境の町のようなものだった。否応がなしにでも魔界の風習、文化といったものが流入してくる。学生ビザや就労ビザを持ち、この町で暮らしているモンスターも決して少なくはない。


 そしてもみじは、そんな町で生まれ育った少女だ。モンスターなんてそれこそ、小さい頃から見慣れている。


何が人間界の文化で、何が魔界の文化なのか? その区別すらついていない、まさにハイブリッドカルチャーの申し子なのだ。


 実際、今、もみじが盛大に吹っ飛ばしてしまった骸骨男も、昔から知っている近所のお兄さんといった存在だ。


 名前はコツコッツ、最初は学生ビザで留学してきていたが、今は就労ビザを取りこの町で働いているモンスター、スケルトンだった。


「あわわわわ、コツコッツお兄ちゃん。ごめんなさ~~い!」


 足もとに転がった頭蓋骨を両手で持ち上げ、もみじは謝った。


「心配いらないよ。もみじちゃん。ちょっとバラバラになっちゃっただけだから」


 骸骨男ことスケルトンことコツコッツは、明るい口調で答えた。意外とイケボだったりする。


「待ってて、今、骨を全部拾い集めるから」


「いいよいいよ、それぐらい自分でどうにかできるから。それよりもみじちゃん、急いでるんじゃないのかい? 僕のせいで学校に遅刻なんてしてしまったら申し訳ないよ」


 明らかに悪いのはもみじなのに、逆にもみじの心配をするコツコッツ。実に人のいいモンスターだ。いや、モンスターのいいモンスター? ああもう訳が分からない。


「コツコッツお兄ちゃんをこのままにはしていけないよ。それに大丈夫。骨を集めるぐらい、すぐにできちゃうから」


 もみじは散らばった骨を急いで拾い集めた。コツコッツはコツコッツで、それを起用に組み上げていく。手慣れた様子から、バラバラになるのはよくあることのようだ。


 最後に頭蓋骨を首の骨に乗せ、コツコッツが完成した。


「ありがとう、もみじちゃん。おかげでもとどおりだよ」


「本当に? 前みたいにどこかの骨を忘れてるってことないかな?」


「ないない。ほら、スムーズに体を動かせるだろう?」


 コツコッツがストレッチ体操のようなことをして見せる。

 しかし、『おやっ?』って顔で首を傾げた。


「ああ、やっぱり骨が足りないんだ。尺骨? 大腿骨? それとも仙骨とか?」


 コツコッツには小さい頃から遊んでもらっているもみじだから、すっかり骨には詳しくなってしまっているのだ。


「いやいや。それらは大丈夫そうだけど。なんかこう、脇腹がスース―するんだ」


 コツコッツはTシャツをペロリとめくって見せる。もちろんそこにあるのは骨だけで、基本スース―しているのだが……右に比べると左側がかなり風通しが良さそうだった。骨がまばらなのだ。


「ああっ、コツコッツお兄ちゃんの第5肋骨と第8肋骨と第12肋骨がなくなってる!」


 一目でそれが分かってしまうもみじ、何かすごいぞ!


「肋骨どこだろー!」


 目を大きくして道路を探すもみじ。と、もみじは少し離れた場所に座る野良ケルベロスを見つけた。

 ケルベロスとしては小型の種のようだが、それでも三つの首は健在だ。


 しかも、それぞれの首が一本ずつ、細長く白い物をくわえている。もちろん、コツコッツの第5肋骨と第8肋骨と第12肋骨に他ならない。


「ああっ! コツコッツお兄ちゃんの肋骨を離しなさい!」


 もみじが大声を出すと、野良ケルベロスは骨を取られたらたまらないと駆け出した。


「こらああ、待ちなさい~」


 もみじは慌てて野良ケルベロスを追いかけた。


「あああ、もみじちゃん。大丈夫だから! 肋骨が3本ぐらいなくたって仕事に支障は出ないから! 君は早く高校に!」


 走る野良ケルベロス。

を追いかけるもみじ。

を追いかけるコツコッツ。


 非常にシュールな光景が繰り広げられるものの、この町にとってはこれが日常だった。


「待ちなさああああああああい!」


 こうして山田もみじは、記念すべき遅刻4日連続記録を叩き出すのだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ