その1 遅刻少女とバラバラ事件
「わーん、遅刻、遅刻、遅刻~~~! 遅刻ったら遅刻なの~~!」
時はゴールデンウィーク明けの5月の初旬。初夏の爽やかな朝日が照らす中、ひとりの少女が住宅街の道路を走っていた。
セーラー服姿で、ショートカットにぴょこんと飛び出したアホ毛が似合う少女だ。大きな瞳は少々たれ目、でもって能天気そうな雰囲気に溢れている。
全力で走っているのは間違いないが、スピードはまるでともなっていない。ドタドタ、いや、バタバタといった足取りだ。これだけを見ても、少女が運動が苦手なのは明らかだった。
この少女の名前は、山田もみじ。ここ、得葉曽市に生まれ育った15歳。今年の春から、市内にある得葉曽高校に通い始めたピッチピチの新米JKだ。
「このままじゃ、4日連続の遅刻だよ~。でも、4日連続の遅刻ってちょっとすごいかも? どうだえっへん、まいったか!」
一瞬、ドヤ顔になるもみじだったが、さすがにエバれることじゃないと思い直す。
「あ~、昨日の夜、あんな面白いテレビやってるんだもん。反則だよう。でも録画しなかったわたしのせいかな? ううん、そんなことないよね。だってだって、リアルタイムで見たかったんだもーん! あんな面白いテレビをやってるテレビ局が悪いんだよう」
反省するように見えて、やっぱり反省せずテレビ局に責任転嫁してしまう。これを走りながら声に出してやるものだから、息だって上がるし、ただでさえ遅い走りが余計に遅くなってしまう。
そのことに気付かないあたり、このもみじ、『お喋り』かつ『天然』と考えて間違いないだろう。または思ったことがついつい口をついて出てしまう、『思考ダダ漏れ人間』かもしれないが。
「でもでも、まだ希望は捨てちゃダメだよっ! 走ればまだ間に合う時間だもん!」
もみじは自分自身にそう言い聞かせる。
「わたしは、風になるんだから! ラララララ~♪」(平野レミ風)
気合いを入れ、歌まで歌うもみじ。おかげで気持ちが奮い立ち、走る速度もややアップする。
そのままの勢いで、もみじは前方の角を一気に右に曲がった。
不幸な事故はその直後に起こった。たまたま道を歩いていた人物と正面衝突してしまったのだ。
ドンガラシャンシャンシャン!
景気の良い音を立て、その人物が盛大に弾け、さらにバラバラになった。
それもそのはず、その人物は全身骨だけの骸骨男だったのだから。一応、Tシャツを着てズボンを履いてはいるが、骨しかないのは隠しようがなかった。
角を曲がった出会い頭に骸骨男と遭遇する。何ともホラーな出来事だったが、もみじは少しも怖がったりしない。
だってだって、この町ではごくごく普通の出来事だったからだ。
今から20年前、ここ、得葉曽市に魔界へと繋がる扉が開いた。
最初こそ混乱はあったものの、『人魔不争協定』が結ばれ人とモンスターは決して争うことなく、『お隣さん』として理想的な関係を築いていくことを約束した。
扉が開いてしまった得葉曽市は、言わば国境の町のようなものだった。否応がなしにでも魔界の風習、文化といったものが流入してくる。学生ビザや就労ビザを持ち、この町で暮らしているモンスターも決して少なくはない。
そしてもみじは、そんな町で生まれ育った少女だ。モンスターなんてそれこそ、小さい頃から見慣れている。
何が人間界の文化で、何が魔界の文化なのか? その区別すらついていない、まさにハイブリッドカルチャーの申し子なのだ。
実際、今、もみじが盛大に吹っ飛ばしてしまった骸骨男も、昔から知っている近所のお兄さんといった存在だ。
名前はコツコッツ、最初は学生ビザで留学してきていたが、今は就労ビザを取りこの町で働いているモンスター、スケルトンだった。
「あわわわわ、コツコッツお兄ちゃん。ごめんなさ~~い!」
足もとに転がった頭蓋骨を両手で持ち上げ、もみじは謝った。
「心配いらないよ。もみじちゃん。ちょっとバラバラになっちゃっただけだから」
骸骨男ことスケルトンことコツコッツは、明るい口調で答えた。意外とイケボだったりする。
「待ってて、今、骨を全部拾い集めるから」
「いいよいいよ、それぐらい自分でどうにかできるから。それよりもみじちゃん、急いでるんじゃないのかい? 僕のせいで学校に遅刻なんてしてしまったら申し訳ないよ」
明らかに悪いのはもみじなのに、逆にもみじの心配をするコツコッツ。実に人のいいモンスターだ。いや、モンスターのいいモンスター? ああもう訳が分からない。
「コツコッツお兄ちゃんをこのままにはしていけないよ。それに大丈夫。骨を集めるぐらい、すぐにできちゃうから」
もみじは散らばった骨を急いで拾い集めた。コツコッツはコツコッツで、それを起用に組み上げていく。手慣れた様子から、バラバラになるのはよくあることのようだ。
最後に頭蓋骨を首の骨に乗せ、コツコッツが完成した。
「ありがとう、もみじちゃん。おかげでもとどおりだよ」
「本当に? 前みたいにどこかの骨を忘れてるってことないかな?」
「ないない。ほら、スムーズに体を動かせるだろう?」
コツコッツがストレッチ体操のようなことをして見せる。
しかし、『おやっ?』って顔で首を傾げた。
「ああ、やっぱり骨が足りないんだ。尺骨? 大腿骨? それとも仙骨とか?」
コツコッツには小さい頃から遊んでもらっているもみじだから、すっかり骨には詳しくなってしまっているのだ。
「いやいや。それらは大丈夫そうだけど。なんかこう、脇腹がスース―するんだ」
コツコッツはTシャツをペロリとめくって見せる。もちろんそこにあるのは骨だけで、基本スース―しているのだが……右に比べると左側がかなり風通しが良さそうだった。骨がまばらなのだ。
「ああっ、コツコッツお兄ちゃんの第5肋骨と第8肋骨と第12肋骨がなくなってる!」
一目でそれが分かってしまうもみじ、何かすごいぞ!
「肋骨どこだろー!」
目を大きくして道路を探すもみじ。と、もみじは少し離れた場所に座る野良ケルベロスを見つけた。
ケルベロスとしては小型の種のようだが、それでも三つの首は健在だ。
しかも、それぞれの首が一本ずつ、細長く白い物をくわえている。もちろん、コツコッツの第5肋骨と第8肋骨と第12肋骨に他ならない。
「ああっ! コツコッツお兄ちゃんの肋骨を離しなさい!」
もみじが大声を出すと、野良ケルベロスは骨を取られたらたまらないと駆け出した。
「こらああ、待ちなさい~」
もみじは慌てて野良ケルベロスを追いかけた。
「あああ、もみじちゃん。大丈夫だから! 肋骨が3本ぐらいなくたって仕事に支障は出ないから! 君は早く高校に!」
走る野良ケルベロス。
を追いかけるもみじ。
を追いかけるコツコッツ。
非常にシュールな光景が繰り広げられるものの、この町にとってはこれが日常だった。
「待ちなさああああああああい!」
こうして山田もみじは、記念すべき遅刻4日連続記録を叩き出すのだった。