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異文化こみにけーしょん  作者: 作・夏井めろん 画・ピロコン
エピソード1 はじめての異文化体験
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その16 さようなら

 もみじが玲奈を先導してやって来たのは、得葉曽市駅だった。


 恐ろしい霧に覆われていたことなどなかったかのように、駅は賑わっていた。


「着いちゃったね」


 駅の改札を前に足を止めると、もみじは残念そうに、そして寂しそうに呟いた。


「もみじ、どうして駅なの?」


「だって、玲奈ちゃんが言ってたでしょ。電車に乗って町を出るって。それで……2度と来ないって……」


 もみじの言葉に、玲奈はハッとする。


 霧による瞬間移動からの、リザードマンからの、狂戦士コツコッツからの、魔法発動からの、大暴れするワーウルフ。


 そんな衝撃的な出来事が立て続けに起こり、すっかり忘れてしまっていたが、確かに自分はそんな言葉を口にし、もみじの前から走り去っていた。


 でも、もみじがまさか自分を駅へと連れてくるとは意外で仕方なかった。彼女の性格を考えれば、玲奈が考え直すよう能天気な説得をしそうなものなのに。


 困惑する玲奈に、もみじが言葉を続ける。


「本当はね、玲奈ちゃんを追いかけて、何としてでも引き止めようと思ってたんだ。確かにこの町はちょっと変わってるかもしれないけど、慣れれば絶対絶対、楽しいはずだから。でも……」


 もみじは悲しそうな顔で続けた。


「不良のリザードマンにからまれて、わたし、本当は怖くって。その時、モンスターに慣れてない玲奈ちゃんの気持ちがやっと分かったんだ」


 玲奈はそこで思い出した。リザードマン騒動の後の、牙宇羅との握手やコツコッツの挨拶、それらを遮ったのはもみじだった。


 きっと、少しでも玲奈を怖がらせまいと思っての行動だったのだろう。


「玲奈ちゃんの言うとおりだよ。この町は、普通じゃないんだよ。こんな町で普通にすごせるのは、わたしみたいにこの町で生まれ育って普通じゃないことに慣れちゃった……玲奈ちゃんから見れば、異常な人間だけなんだよ」


 もみじは泣き笑いのような表情で言った。


「だからわたしは、わたしには玲奈ちゃんを引き止めることなんてできないよ。できるのは、せめて友達として、見送ることぐらい」


 そう言いながらも、もみじの大きな瞳からは涙が流れてしまっていた。


「ごめんなさい。やっぱりわたしには無理みたい。だからもう行くね」


 泣き笑い……いや、もう完全に泣き顔で、もみじは言った。


挿絵(By みてみん)


「さよなら、玲奈ちゃん! 色々とごめんね! でも短い間でも友達でいられて楽しかったよ!」


 一方的にそれだけを告げると、もみじは足早にその場を去っていく。


「待って!」


 思わず呼び止めようとした玲奈の声も、残念ながらもみじには届かなかった。


「友達でいられて楽しかったって……いつ私があなたの友達だって認めたのよ」


 玲奈は、霧に飛び込む直前にもみじに向かって口にしてしまった言葉を思い出していた。


『この町は、私が足を踏み入れていい場所じゃなかった。私みたいな普通の人間が、住めるような場所じゃなかったのよ! もみじ、あなたみたいな感性の異常な人だけが……』


 ひどい言葉を言ってしまったと思うが、決して間違ったことを口にしたつもりはなかった。


 魔界との国境に位置する町、得葉素市。その実態は、玲奈が思っていた以上にホラーで、ショッキングで、クレイジーで、バイオレンスで、異常の極みだった。


 町にはモンスターが当然のように歩いていて、雑貨店にはおぞましいグッズが満載。ペットショップにはモンスター図鑑に載っているような生物がペットとして売られており、K・F・CのCはChickenチキンのCではなくCockatriceコカトリスのCだった。


 走ると瞬間移動をしてしまう普通じゃない霧に、絡んでくる恐ろしいトカゲ人間ことリザードマン。


 およそ、玲奈のこれまでの尺度では測りきれない、異常の極みのような町。


 それでも……


「迷うことなんてないのよ」


 自分に言い聞かせるように、玲奈は呟いた。


「モンスターとはかかわらない、普通の生活を送りたかったら、今すぐ電車に乗るべきなのよ」


 この町のマンションに送った荷物なんて、後でどうにでもなるはずだ。


「そうよ。それが一番なのよ」


玲奈は改札へと向かって歩き出した。


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