その15 霧が晴れて
「ふう、こんなもんか」
ひと息つく牙宇羅の前には、倒れたリザードマンたちの姿があった。玲奈が見ていて気の毒になるぐらいに、徹底的に制裁を加えられている。かろうじて生きてはいるようだが、向こう2、3週間はまともに歩けないだろう。
牙宇羅が自分で外して投げ捨てた首輪を拾い装着した。まるで逆再生を見ているかのように、牙宇羅の姿が狼から人間へと戻っていく。もちろん、耳と尻尾はそのままだったが。
「やべっ、頭に血が上ってたから靴脱ぐの忘れてた。新しいの買わなきゃな」
変身時に弾けてしまったスニーカーを手にし、牙宇羅がため息をつく。
「来てくれてありがとう、牙宇羅くん!」
もみじが駆け寄り、笑顔でお礼を言う。
「いや、こっちこそ遅くなって悪かったな。どうしてもボールがオレを離してくれなかったんだ」
牙宇羅は玲奈をチラリと見た。
「もしかしなくても、もみじが昼休みに言ってた転校生か?」
玲奈のお迎えに気合いを入れていたもみじは、昼休みに牙宇羅と会った時に話をしていたのだ。
「え、ええ、まあ」
玲奈がぎこちなく頷く。
「オレは、2年G組の斧宴璃瑠牙宇羅だ。よろしくな」
尖った犬歯をむき出して、牙宇羅が笑いながら右手を突き出した。
その右手は、今しがた徹底的に殴ったり引っかいたりしたリザードマンたちの血で染まっていた。
それはもう、見事なまでの緑色に。
「え…………」
思わず顔を引きつらせる玲奈。この緑色の血で自分の手をべったりと染め上げるのには抵抗を感じてしまう。
「あっ、牙宇羅くん。部活、大丈夫? 抜け出してきたんでしょ?」
もみじが慌てた様子で牙宇羅に告げた。
「挨拶なら明日もできるから、早く戻った方がいいんじゃない?」
「おっ、そーだった。後半戦、ちょっと待っててもらってるんだっけ」
牙宇羅が思い出したように声を上げる。
「じゃーな。もみじ、また何かあったらオレを呼べよ。あんたも、またな」
軽く手を上げて挨拶をすると、牙宇羅は走り出した。
いまだ完全には晴れていない霧の中へ、牙宇羅の姿は消えていく。
「あっ、霧……。彼、大丈夫なの?」
「大丈夫! 牙宇羅くんなら野生の勘があるから大丈夫だよ。それにこれぐらい霧が薄くなってれば、飛ばされるにしても大した距離じゃないはずだし。異次元に迷い込んじゃうってことはないはずだよ」
言い換えれば、霧が濃い時ならば異次元に迷い込む可能性もあると言うことだ。
今更ながら、得葉曽市の恐ろしさを実感してしまう。
「あっ、そうだ! コツコッツお兄ちゃんを組み立てないと」
もみじが散らばったコツコッツの骨を集め始めた。
玲奈も手伝おうとするものの、
「大丈夫、大丈夫、わたしに任せて。慣れてるんだから」
と、やんわりと止められてしまう。
実際、もみじは慣れていた。バラバラの骨を拾い集め、さらにそれを組み立てていく。
「これが大腿骨で、これが尺骨で、これが仙骨で……きゃー、コツコッツお兄ちゃんの恥骨~~」
何が、『きゃー』なのか、玲奈には理解不能だったが、もみじはキャーキャーと大騒ぎをしながらも手早くコツコッツの復元作業を進めていく。最後に頭蓋骨を乗っけて完了だった。
「ありがとう、もみじちゃん。助かったよ」
コツコッツが申し訳なさそうな顔になる。
「でも、もみじちゃんたちのピンチを救えなかった自分がふがいなくてたまらない。リザードマンにやられないぐらい、身体を鍛えなくちゃ」
(身体……ないじゃない。骨だけじゃない)
心の中でそんな突っ込みを入れてしまう玲奈。
(それに、あなたがバラバラになったのは転んだのが原因で、あのトカゲ人間たちは関係なかったはずじゃ)
「君、西園さんだったよね。駅の近くで会った時はちゃんと挨拶できなかったから、改めて――」
玲奈に笑顔で近づこうとするコツコッツの腕を、もみじが掴んだ。
「コツコッツお兄ちゃん、そんなことよりバイトはいいの? 途中で抜け出してきちゃったんじゃないの?」
「ああ、そうだった。開店準備をしていたところだったんだ。早く戻らないとみんなに迷惑をかけてしまう」
それじゃねと優しく言うと、コツコッツはその場を後にする。
簡単にバラバラになってしまうが、誰かに組み立ててもらえれば復活は早い。それがスケルトンの特性だ。そう考えれば、ある意味、不死身のモンスターと言えるのかもしれない。
「霧もすっかり晴れたね。これなら例え走ったりしてもどこかに飛ばされたりしないよ。まあ、走る必要もないんだけどね」
もみじは玲奈に笑顔を向けた。
「それじゃ行こ、玲奈ちゃん」




