その13 玲奈、覚醒!
「牙宇羅くん助けて! 牙宇羅くん助けて! 牙宇羅くん助けて!」
もみじと玲奈、2人して祈りを捧げること数分。
残念ながら、牙宇羅はやって来なかった。
「もみじ、もう諦めましょう。こんなことを続けても時間の無駄だわ」
玲奈がため息交じりに言う。
「牙宇羅くん、どうしちゃったんだろ? 野生の勘、鈍っちゃったのかな?」
実際は鈍ってなどおらず、ちゃんともみじのピンチを野生の勘で察知していた。しかし、転がるボールの魅力には本能があらがえなかった。……が正解だが、もみじたちがそれを知れるはずもなし。
「何だよ、牙宇羅、来ないのかよ」
「お、驚かせやがって」
最強のワーウルフとして恐れられる斧宴璃瑠牙宇羅が来ないと分かり、警戒していたリザードマンたちが調子を取り戻した。
「さてと、じゃあさっきの続きと行こうじゃないか。オレのピンクのウロコの数、しっかりと数えてもらうぜ」
「わ、分かったわよ。ピンクのウロコを数えればいいんでしょ。でも、お願い。玲奈ちゃんは許してあげて。わたしが、わたしが全部数えるから!」
顔を真っ赤にして、泣きそうな顔になりながらもみじが声を張り上げた。
「あの、もみじ」
「何も言わないで。玲奈ちゃんに、恥ずかしいことはさせられない。汚されるのは、わたしひとりで十分だから」
「ごめん、意味が」
「玲奈ちゃんは、もうこの町を出ちゃうんだろうけど。この町のこと、嫌いなんだろうけど。これ以上は、嫌いになって欲しくないから。それに……」
もみじが泣き笑いのような表情で言った。
「例えもう会えないとしても、玲奈ちゃんがわたしの友達だってことに間違いはないから。友達を、守りたいから」
大切な友人を守るため、自らの身を捧げようとする、そんな自己犠牲の精神にあふれたもみじの姿があった。
だけど玲奈にはピンと来ない。
そもそもとして、ピンクのウロコの数を数えることの何が卑猥なのか、外から来た玲奈にはそこが理解不可能なのだ。
「ね、あんたたち。それでいいでしょ?」
懇願するもみじに、兄貴リザードマンが鼻で笑った。
「フン。オレをここまでじらした罰だ。ちゃんと2人でウロコを数えてもらわなきゃ勘弁ならないぜ。しかも1枚、2枚って声に出しながらな」
「うわ、兄貴! 声に出させるなんて、マジ鬼畜っす!」
「エロエロ大魔王っす!」
「そんなああああああ」
もみじが絶望的な声を上げる中、玲奈に我慢の限界が訪れた。
(だから、何が鬼畜なのよ! 何がエロエロ大魔王なのよ!)
ずっと置いてけぼりにされ、意味不明の話が進んでいくことに耐えられなくなったのだ。
その怒りが、リザードマンに対する恐怖心を完全に吹き飛ばした。
「もみじ、単当直中に聞くわ」
悲嘆に暮れているもみじに、そんな前置きをして玲奈が尋ねる。
「魔法って……何?」
「え?」
「だから魔法って何なのよ。あなた、魔法を習ってたって言ってたわよね。だったら端的に説明して」
「う、うん」
玲奈の勢いに押され、もみじが説明を始める。
「魔法は、魔界における特殊な技能なの。魔界の大気には魔法源って呼ばれるエネルギーが存在してて、そのエネルギーを集めてキーワードで発現させるのが魔法の原理なの。門が開いてるこの得葉曽市にも、たくさんの魔法源が流れ込んでるの。火の魔法源、水の魔法源、雷の魔法源、他にも色々」
「なるほど、大体のところは理解したわ」
軽く頷いてから、玲奈はもみじは驚愕させる言葉を口にした。
「この町に着いてから、肌に熱さや冷たさを感じたり、また別の時にはビリビリと痺れたのは、もしかしてその魔法源のせいなのかしらね」
「えっ、玲奈ちゃん。魔法源を肌で感じ取ってたの? それって、優秀な魔法使いじゃないとできないことなんだよ。エルフの先生に教わってたわたしでも、そんなこと無理なのに」
驚きの声を上げたもみじ。その瞳に、希望の光が宿った。
「だったら……だったら玲奈ちゃんは魔法が使えるかもしれない。そのビリビリだけを集めることってできる? 集まれって念じるだけでいいから」
「やってみるわ」
玲奈は軽く瞳を閉じた。
(ビリビリ、集まって)
心の中で強く念じると、全身の肌がビリビリと痺れるような感覚を覚えた。それは徐々に強くなっていく。
「もみじ、集まってる感じがするわ」
「玲奈ちゃん、そのビリビリが、雷の魔法源なんだよ! それが十分に集まったら、ここぞって時にキーワードを口にするんだよ。上手くすれば、魔法が発現するから!」
興奮した口調でもみじが続ける。
「キーワードは『サンダー』。リザードマンは雷系の魔法に弱いんだよ!」
「兄貴、ヤバいっすよ! サンダーっすよ!」
「痺れるのは勘弁っす!」
下っ端リザードマンが怯えた声を上げるも、兄貴リザードマンは余裕のままだ。
「馬鹿が。さっきの話を聞いただろ? いくら才能があったとしたって、素人に魔法なんて使えるはずがないだろう。仮にもし本当にこの人間が魔法源を感じられたとしたって、それで終わりだ。それを集めて、キーワードで発現なんて、一発で決められるはずがない。魔法が得意なエルフやノームの連中だって、2、3年訓練してようやく使えるようになるってのが魔法なんだぜ」
ちなみに、リザードマンは魔法がかなり苦手な種族だ。肌が分厚すぎて、魔法源を感じることができないのだ。
「単なるハッタリか? 集められた気になってるだけだ。おい、いい加減にしろよ」
兄貴リザードマンが玲奈の肩を掴もうと無造作に手を伸ばしてくる。
肌に感じていたビリビリがひと際強くなったように玲奈は感じた。
直観的に、玲奈は『今だ!』と思った。そこには一切の迷いも、戸惑いもなかった。
閉じていた瞳を開いた玲奈は、目の前の兄貴リザードマンに向かって叫んだ。
「サンダー!」
玲奈が感じていたビリビリが一瞬にして消えた。代わりに、兄貴リザードマンの頭上から降り注ぐは強烈な雷だった。
「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」




