その12 狂戦士モード
大分霧の晴れた路地に立っていたのは、今朝、もみじにバラバラにされたスケルトン、コツコッツだった。
どこぞの居酒屋の制服を着ている。今にも、『へい、らっしゃい!』と叫びそうな雰囲気だ。
しかし、今のコツコッツの体から漂うには、紛れもない怒りのオーラだった。
「お店の窓からもみじちゃんの悲鳴が聞こえてきて、まさかと思って下りてきたらやっぱりもみじちゃんだったのか」
どうやら彼が働いている居酒屋は、どちらかの雑居ビルに入っているようだ。
「このトカゲ野郎! もみじちゃんは僕の大切な友第。そしてもみじちゃんの友第もまた、僕の友達だ! ハレンチなことをしようとするなんて、許さないぞ!」
「どう許さないんだ?」
「スケルトンごときが俺たちリザードマンに叶うとでも?」
リザードマンたちがせせら笑った。
「コツコッツお兄ちゃん、無理しないで!」
モンスターに詳しいもみじだから、魔界におけるモンスターの強さの格付けも知っている。スケルトンは下級。リザードマンは中級といったところだ。
「大丈夫だよ、もみじちゃん」
コツコッツは、安心させるようにもみじに語りかける。
「これまで、君を怖がらせると思って秘密にしていたんだけどね。僕の家、コッツウェル家は、スケルトンの中では武闘派として有名な家なんだよ。そう、僕の体には、恐ろしい狂戦士スケルトンの血が受け継がれているんだ」
コツコッツさんがスケルトンを睨み付けた。
「人間界では、この姿は見せないつもりだった。しかし、もみじちゃんとその友達のピンチとなれば仕方ない。見せてやる、これが僕の、狂戦士モードだ!」
コツコッツは、いきなりそのばにしゃがみ込むと、地面に骨の手をついた。
『アガビラガ・バガメ・バガラヒ・デガラヒ・ガヌマ・エル・プサイント・我が家に伝わりし伝説の武具の数々よ。我、コツコッツ・コッツバーン・コッツウェルの名において、今ここに姿を見せよ!』
「これは?」
「物質召喚魔法か?」
地面から滲み出てくるような黒い煙がコツコッツの体を包み込んだ。その煙が晴れた時、コツコッツの姿は様変わりしていた。
右手には剣、左手には盾、血のように赤いマントと兜を着用している。RPGに敵として登場するスケルトン、そのものの姿だった。
「本当は、こんな恐ろしい姿をもみじちゃんには見せたくなかった。でも、君の危機を見過ごすわけにはいかない。後で怖がられることになったとしても、僕は狂戦士の本性を開放する!」
コツコッツの頭蓋骨の瞳が、真っ赤に輝いた。
「GURUGYARUGAAAAAAAA!!」
おぞましい雄叫び上げ、コツコッツがリザードマンたちに襲いかかる。
「お前ら、構えろ!」
さすがに危機感を覚えたのか、リザードマンたちもまた臨戦態勢を取った。彼らの一番の武器である強靭な尻尾を持ち上げ、コツコッツに向かっていつでも振り下ろせるようスタンバイする。
狂戦士スケルトン VS リザードマン
恐ろしいモンスター同士の戦いが始まるかと思ったが‥‥…
誰もが予想しない出来事が起こった。
コツコッツが‥‥…
リザードマンに到達する随分と手前で……
転がっていたビール瓶を踏んで……
転んだ。
ドンガラシャンシャンシャン!
コツコッツは、装備していた剣や盾、兜やマントも含めて、あっさりとバラバラになってしまった。
「へっ?」
これにはリザードマンたちも唖然としてしまう。
「コツコツお兄ちゃーん!」
もみじが慌ててコツコツの頭蓋骨へと駆け寄り、拾揚げる。
「うう、すまない、もみじちゃん。リザードマンがあまりにも強すぎて、僕、やられてしまったよ」
「いや、俺ら、何もしてないんだけどよ」
「そいつが勝手に転んでバラバラに」
リザードマンの弁明なんてもみじは聞いちゃいなかった。涙のこもった瞳でリザードマンを睨む。
「あなたたち、ヒドイ! コツコッツお兄ちゃんをこんな目にあわすなんて! この人でなし!」
「いや、人じゃねーけど」
「あんたらの血は何色よ!」
「緑色だけど」
コツコッツともみじのある意味コントな展開に毒気を抜かれるも、リザードマンは気を取り直してナンパを再開した。
「じゃあ改めて、カラオケでもどうだ?」
「ファミレスでお酒とか飲んじゃう? 飲ませちゃう?」
「いやいや、やっぱりここは尻尾のピンクのウロコを」
「きゃー、兄貴のエッチいいいいい!」
盛り上がるリザードマン。
しかしもみじは、まだ余裕を失っていない。
「わたしたちにおかしなことしたら、お友達が怒って飛んでくるわよ」
「へ、誰だよ、そのお友達って」
「そのスケルトンよりはマシなやつなんだろうな?」
バカにされる中、もみじはその名前を口にした。
「牙宇羅くんよ」
リザードマンたちの顔色が変わる。
「牙宇羅……もしかして、斧宴璃瑠牙宇羅のことか!?」
「あの、近隣の不良モンスターを一晩でメッタメタのギッタギタにしたって言う、この町最強のワーウルフ」
「いや、待て待て。牙宇羅が強いってのはさすがの俺も聞いてるさ。だけど、どうやってこの場に呼ぶつもりなんだよ」
勝ち誇ったように、リーダー格のリザードマンは両手を広げた。
「この霧の中じゃ、スマホは使えねーぜ。もし仮に使えて連絡が取れたとしたって、この霧が邪魔してこの場所にはたどり着けねーさ」
「あんたたちは、牙宇羅くんの野生の勘のすごさを知らない。わたしが心から助けを求めれば、牙宇羅くんにはきっと通じるはず。そして牙宇羅くんなら、この霧に負けることなくこの場所にたどり着くはず!」
揺るぎなき自信とともに、もみじは両手を組み合わせた。
「ほら、玲奈ちゃんも一緒に」
もみじに言われて、同じようなポーズを取る。
「じゃあ、2人で祈ろ! 牙宇羅くん助けて! 牙宇羅くん助けて! 牙宇羅くん助けて!」
何だかおかしな宗教のようだったが、玲奈は仕方なくもみじに従った。会ったこともない牙宇羅なる人物に助けを求める。
「牙宇羅くん助けて! 牙宇羅くん助けて! 牙宇羅くん助けて!」
★
「おーい、霧が大分晴れてきたから、試合の続き、始めるぞー」
キャプテンの声に従って、生徒たちがぞろぞろとフィールドの中へと戻る。
得葉曽高校、サッカー部の部員たちだ。今日の練習は部を2つに分けての練習試合だった。
「牙宇羅。俺たちはお前にボールを集めるからな。しっかり決めてくれよ」
片方のチームの部員たちが熱い眼差しで頼むのは、獣耳を生やした少年、斧宴璃瑠牙宇羅だった。
「おう、任せとけ」
牙宇羅がニッと白い歯を見せて笑う。尖った犬歯が現れるも、部員たちは誰も恐れない。
得葉曽市に暮らし得葉曽高校に通う彼らにとっては、牙宇良の獣耳も鋭い犬歯も、そして腰の後ろから生えている尻尾だってごくごく普通に見慣れたオブジェクトなのだ。ちょっとした個性? ぐらいにしか思っていないのだ。
もちろん、人間界に帰化しているとは言え、牙宇良の正体は強大な力を秘めたワーウルフだ。人間に交じってサッカーなんてまず普通は無理な話だ。死人が出かねない。
しかし、モンスターの力を封じる首輪を付けているのでその問題もクリアだ。この首輪のおかげで、牙宇羅も全力で部活を楽しむことができるのだ。
試合のホイッスルが鳴らされた。牙宇羅はフォワードだった。ガンガンに攻め、敵のゴールを狙う。彼の性格にピッタリのポジションだ。
敵チームのマークを振りほどきつつ、ボールを位置を見ながらフィールドを走り、チャンスボールの到来を待つ牙宇羅。
と、その時だった。牙宇羅の獣耳がピクリと動いた。
「!?」
そして彼は足を止める。
「何か、もみじがオレに助けを求めてるような気がするぜ」
それは、首輪でも封じ切れない、ワーウルフとしての野生の勘だった。
校庭の霧が晴れたからと言って、他の場所の霧も晴れているとは限らない。いや、むしろ晴れていないと考えるべきだろう。遠くを見ようとすると、まだしっかりと霧が邪魔をしているのだから。
そんな中へと飛び出していったりすれば、モンスターである牙宇羅だって霧の影響で予期せぬ場所に飛び出してしまうことだろう。
しかし、牙宇羅には強力な野生の勘があった。とにかく勘に従って走り続ければ、助けを求めるもみじの元にたどり着く自信があった。そして実際、それは正しかった。
狼は群れを作って生活をする生き物であり、非常に仲間意識が強い。ワーウルフである牙宇羅も、その本能を色濃く受け継いでいる。
もみじのピンチを察したのも、彼女を群れの仲間と認識しているからだ。そして、仲間を助けるためならば野生の勘は冴えまくる。
「もみじ! 今行くからな!」
勢いよく走り出す牙宇羅だったが、そのタイミングでチームの仲間からの声が飛ぶ。
「牙宇羅、ボール行ったぞ!」
「うおおおおおおおおおおおおおお!」
もみじを助けるために校庭を飛び出そうとしていた牙宇羅が、方向転換しボールに食らいついた。
転がるボールには逆らえない。これもまた悲しい本能だったのだ。
「牙宇羅にボールが行ったぞ!」
「何がなんでも止めるんだ!」
相手チームのディフェンスが牙宇羅の前へと立ちはだかる。牙宇羅は彼らを巧みに避け、ゴールを目指す。
「早くもみじを助けに行きたいのに! 体が勝手に!」
こうなったら、少しでも早く試合を終わらせるしか、彼が転がるボールの誘惑から逃れる術はなかった。
「待ってろよ! もみじ! すぐに助けに行くからな!」
ボールをドリブルしながら牙宇羅は叫んだ。
「この試合が終わったら!!!」