その11 不良リザードマン
玲奈は駅に向かってひた走った。来た道は大体覚えていたから、特に迷うことはなかった。もともと方向感覚は鋭いのだ。
(やっぱりもみじ……傷ついたわよね)
今更ながら自己嫌悪。それでも、強く自分に言い聞かせる。
「仕方ないのよ。だって、あんな怖い想いをさせられたんだから。最後には蛇の肉まで食べさせられたんだから」
『でも、蛇もおいしかったでしょ?』
もみじの無邪気が笑顔が頭に思い出された。
(そりゃ、おいしいかおいしくないかで言えばおいしかったわよ)
心の中で呟くものの、何だかこの町の異常性を認めてしまうようで納得がいかない。
(でも、蛇だって分かったらもうお終いなのよ! ううん、純粋に言えば蛇じゃない。コカトリスってモンスターの尻尾なのよ!)
とにかく一刻も早くこの町から脱出しなければと急ぐ玲奈。うっすらと霧がかかって来たことにも気付いていたが、決して歩みを止めることはなかった。さほど濃くない霧で、視界に困ることはない。
ところが……
「えっ?」
玲奈は足を止めた。
駅に向かって太い道路沿いの歩道を進んでいたはずなのに、いつの間にかビルとビルの間にある薄暗い路地へとやって来ていたからだ。
いや、正確に言うなら『いつの間にか』ではなかった。
つい一瞬前までは、玲奈は歩道を賭けていたはずなのだ。
にもかかわらず、一瞬にしてこの見知らぬ場所へと飛び出していたのだ。
「どうなってるのよ……これ?」
少しだけ呆然とした玲奈が、とりあえず路地を抜けようと歩き出そうとしたその時だった。
路地の先にあったゲームセンターの自動ドアが開き、そこから3人の男たちが姿を現した。
「!?」
動かそうとしていた玲奈の足が止まった。目が見開かれ、全身が硬直してしまう。
その3人は、見るからに人間ではなかった。
サングラスをかけ、世紀末っぽいパンクなファッションに包んだその体は、ぬらぬらとしたウロコを持ち、太い尻尾が生えていた。
2足歩行するトカゲ、リザードマンだったのだ。
「兄貴の昇竜拳、マジぱねえっす!」
「そうっす! あんなの避けられねえっす!」
「そうだろそうだろ。でも、このゲーセンもしけてやがるぜ。もう代えのスティックがないなんてな。って熱くなった俺がへし折りすぎたか」
得意気にそう語るのは、中央のリザードマンだ。他の2匹とは違い、かなり派手なパンクモヒカンなヘアースタイルをしている。
もみじと一緒に町を散策している最中は、なるべくモンスターの住人を見ないようにと足もとを見て歩いていた。だからこのリザードマンたちは、コツコッツの次に玲奈が遭遇したモンスターだった。
悲鳴こそ上げなかったものの、恐怖で完全に動けなくなってしまう玲奈。
そして悪いことに、3人組が玲奈に気付く。
「兄貴、かわい子ちゃんがいるっすよ! JKっすよ! JK!」
「うっかり霧の中を走ったりして空間転移してきたっすね。普通、こんな怪しい場所に女の子ひとりで来たりしないっす」
その言葉で、判明したことがあった。
『霧の中を歩くと空間転移をする』という事実だ。普通ならありえないことだが、ここは魔界と隣り合わせの得葉曽市。それぐらいの超常現象があったっておかしくはない。
リザードマンたちが玲奈の前へとやって来る。
「ねーねー、彼女。ヒマ? だったら俺たちとお茶しない?」
「見たこともない制服だけど、どこの高校の子?」
子分リザードマン2匹が玲奈に話しかける。当然、恐怖で硬直している玲奈が答えられるはずがない。
「おいおい、そんなダサい誘い文句で今時のJKがなびくわけがないだろう」
兄貴リザードマンが玲奈の前に立った。ポケットから取り出したクシでもって自慢のパンクモヒカンヘアーをより立たせてから、キメ顔で言う。
「一緒に、オレの尻尾のピンクのウロコの数を数えねーか?」
「兄貴、エロエロっすよ!」
「大胆っす! さすがは兄貴っす!」
子分リザードマン2匹が大袈裟に騒いだ。
と、
「へりゃあああ!」
間の抜けた掛け声とともに、もみじが霧の中から飛び出してくる。
「もみじ!」
「玲奈ちゃん! 良かった、同じ場所に出られたんだね」
玲奈のもとに駆け寄ったもみじが、笑顔で言う。
「じゃあ行こ! 大丈夫、ゆっくり歩けば霧の影響を受けないから」
玲奈の手を取り歩き出そうとするもみじだったが、2人の前にリザードマンたちが立ちはだかる。
「待ちなよ。せっかくなんだから俺たちと遊んでこうぜ」
「よく見るとお前も悪くねーし、これからお茶でも」
「おいおい、だからそんなダサい誘い文句じゃ今時のJKは乗ってこないって」
兄貴リザードマンがまたキメ顔になると、最高にカッコつけて言う。
「オレの尻尾のピンクのウロコの数、数えねーか? 髪の長い方は偶数、短い方は奇数でどうだ?」
「兄貴、やっぱりエロエロっすよ!」
「奇数と偶数で分けるなんて、過激すぎっすよ!」
正直、玲奈は何がエロエロなのかさっぱり理解不能だったが、兄貴リザードマンの言葉でもみじが顔を真っ赤にする。
「わたしたちに尻尾のピンクのウロコの数を数えさせようとするなんて! H! ハレンチ! 変態よ!」
(そ、そうなの?)
「玲奈ちゃん、行こ!」
クルリと背中をむけ、反対側から路地を抜けようとするも、すでに回り込んでいた子分リザードマンが立ちはだかる。
「待てよ。兄貴の尻尾のピンクのウロコの数、数えてけよな」
「そうしなきゃお家には帰れねーぜ」
ニヤニヤしながら、そんなことを言う。
さすがに挟み撃ちにされ、一瞬、ひるんだ表情を浮かべるもみじ。だけどすぐに余裕を取り戻した。
「ふっふーん。あんたたち、こんなことしていいのかな? 痛い思いをすることになるよ」
「何言ってんだ? ただの人間がリザードマンである俺たちにかなうはずがないだろ?」
「そう、ただの人間だったらね。でも! ここにいる玲奈ちゃんはただの人間じゃないから!」
(もみじ、いきなり何を言い出すのよ)
戸惑う玲奈をそのままに、もみじは大大的に宣言した。
「玲奈ちゃんは、すごい魔法が使える女の子なんだから」
「魔法だって!?」
リザードマンたちがざわついた。
「う、嘘だろ? 魔法が使える人間なんて、稀だって聞いたぜ」
「その稀な人間が玲奈ちゃんなんだよ! 何てたって、魔法の才能がすごいってことで特別留学生としてこの町に来たんだから!」
もみじは、キラキラと輝く瞳で玲奈を見た。
「さあ、玲奈ちゃん。魔法の一発でも放ってこいつらを追い払っちゃって。リザードマンは雷系の魔法に弱いはずだから」
「そんなの無理に決まってるでしょ」
「え、どうして? だってもみじちゃんは魔法の才能がすごいんでしょ?」
「……確かにそう評価されて、この町へ留学することが決まったわ。でも、それだけなのよ」
「それだけ?」
「例え私に魔法の才能があったとしたって、教わってもいない魔法なんて使えるはずないでしょ?」
「えっ、教わってないの!? わたしはてっきり、もうある程度の魔法なら使いこなせるんじゃないかって思ってたよ」
「勝手に人を過大評価しないでよ!」
2人の会話から、玲奈が魔法を使えないことを確信したのだろう。
リザードマンたちが余裕を取り戻す。
「何だよ、脅かせやがって」
「早く兄貴のピンクのウロコの数を数えろよな」
「ついでに俺たちのも」
「ほーれ、ほーれ」
兄貴リザードマンが太い尻尾を、もみじと玲奈に見せつけるように上下に振ってみせる。
「いやーーー、H!」
もみじが悲鳴を上げた、まさにその時だった。
「そこまでだ!」
路地裏に、堂々とした声が響いた。
その声の持ち主を見て、もみじは喜びと驚きが入り混じった声を上げた。
「コツコツお兄ちゃん!」