表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異文化こみにけーしょん  作者: 作・夏井めろん 画・ピロコン
エピソード1 はじめての異文化体験
11/114

その10 もうたくさんよ


「いらっしゃいませー」


 店員さんの明るい声が響く。店内もいたって普通だった。


 幸い、この町には普通にいるはずのモンスターの住人の客もいない。そのことに玲奈はホッとする。


「玲奈ちゃんは座ってて。わたしが買ってくるから。あっ、何ピース食べたい?」


「私は1ピースでいいわ。それと、ジャスミンティーを」


「分かったよ」


 実際に疲れていたから、ここはもみじの好意に甘えることにした。玲奈はテーブル席へと腰を下ろす。


「普通だわ……」


 小さく呟いてみる。安心感に包まれるような、そんな気がした。


「お待たせー」


 しばらくして、トレイを持ったもみじがやって来た。トレイには、飲み物のグラスが2つと、フライが5ピースも入ったカゴが置かれている。


「そんなにたくさん?」


「うん、わたしもお腹空いちゃったから。丁度、割引のクーポン券も持ってたしね」


 もみじが玲奈の向かい側の席へと座った。


「はい、どうぞ。好きなの食べていいよ」


「分かったわ」


 まずはジャスミンティーで喉を潤す。こちらは普通のジャスミンティーだった。問題はフライの方だ。


 玲奈な適当なピースを手に取った。恐る恐るそれを口へと運ぶ。


 ごくごく普通の鶏肉の味だ。


「ふ、普通だわ」


 最大限の褒め言葉として、玲奈はその言葉を呟いた。


「普通かあ。わたし、お店選び、失敗しちゃったかなあ」


 もみじが落胆の息を吐く。


「違うわ。普通に美味しいって意味よ。今の私にとっては、一番嬉しい味なのよ」


 玲奈のフォローに、もみじが破顔して喜ぶ。


「良かったあ。玲奈ちゃんが気に入ってくれて」


 雑貨店、ペットショップとあんなに驚かされてきたもみじだ。少しぐらい落ち込ませたままでも良かったのかもしれないが、ついついフォローしてしまうあたり、玲奈もお人良しではあるようだ。


「この町にも、ちゃんと普通の食べ物があったのね」


 何よりも驚きなのは、この普通の食べ物を、もみじが自信も普通と認識していることだ。


 これまでのズレから考えると、まさに奇跡と言えよう。


(さすが、KFCだわ)


 会ったこともないカーネル・サンダー氏にお礼を言いたくなる玲奈。


 前の町に暮らしていた時のことを思い出す玲奈。学校帰りに、友達と一緒にこうやってKFCに寄ったこともあった。


(その時の友達は、こんなにモリモリ食べてなかったけれどね)


 早くも2つめのピースを食べているもみじを見て、玲奈はそんなことを考えた。


「このお店には、たまに我宇羅くんと一緒に来るんだ。我宇羅くんなんてすごいよ、ひとりで20ピースぐらい食べちゃうんだから。お小遣いのほぼ全部を肉に使っちゃってるって言ってたかな。あ、我宇羅くんは明日、学校で紹介するね」


 ひとりで20ピースを食べる友達が、普通の人間には思えなかったが、今この場でその真偽を確かめる気にはならなかった。


 今はただ、この普通の空間、普通の味にひたっていたかったのだ。


 気付くと、最初に手に取ったピースはもう食べ終わっていた。


 普段なら1ピースで満足するはずなのに、悲鳴の上げすぎでカロリーを使ったのか、もう少し食べたい衝動にかられてしまう。


 チラチラとまだ残っているピースに目を向けてしまう玲奈に、もみじが笑顔で言った。


「いいよ、玲奈ちゃん。遠慮しないで食べてよ」


「いいの?」


「うん。玲奈ちゃんに喜んでもらえるのが一番だから」


「……ありがとう」


 おそらく本日初めて、もみじに心から感謝をしながら、玲奈は残った2ピースのうちの小さな方を手に取った。


 見慣れない長細い形をしていて、


(クリスピーでも混じっていたのかしら?)


 と思いながら、口へと運ぶ。


「あら!?」


 玲奈の口から驚きの声が漏れた。


「これ、すごくおいしいわ。なめらかで舌ざわりが良くて」


「あ、玲奈ちゃん。それ、当たりの部位なんだよ。尻尾で決まりだね」


 もみじがはしゃいだ声を上げる。


「尻尾?」


 玲奈は、少々怪訝そうな顔をした。


 KFCのピースが、鶏の部位ごとに分かれていることは玲奈も知っていた。


 そのすべてを知っているわけではないが、尻尾という部位はなかったような気がするのだ。


「玲奈ちゃん、KFCのピースの部位の名前って知ってる? わたし、通ってるからもう覚えっちゃってるよ」


 もみじが得意気に知識を披露し始める。


「まず持ちやすくて食べやすい『足・ドラム』でしょ。それから、ちょっと小骨が多いけど、脂身が少なくてヘルシーな『あばら・リブ』。パサパサしてて好きじゃないって人はいるけど、コリコリした軟骨も食べられる『胸・キール』。ちょっと小さいけど味が凝縮されてる『手羽・ウイング』。そして脂身たっぷり、食べ応え抜群な『腰・サイ』。そして最後が、上品な味わいで大人気の『尻尾……」


挿絵(By みてみん)


「ちょっと待って」


 淀みのない口調で説明をするもみじに、玲奈は待ったをかけた。


「それ、おかしいわ。だって尻尾の部分は腰に含まれるんじゃないの? そもそも、尻尾って言い方もおかしいし。尾のことでしょ? 食べるところなんてないでしょ?」


「何言ってるの? 玲奈ちゃん! 腰と尻尾は別でしょ? それに『尻尾・スネーク』の部分は食べ応えだって十分だよ。だって長いんだから」


「…………」


 いやな単語が飛び出した。


 それは、玲奈を日常から非日常へと強引に連れ戻すキーワードだった。


「尻尾……スネーク?」


「そうだよ」


「どうして尻尾が、スネークになるの?」


「だって尻尾はスネークでしょ?」


 また埒が明かない会話の始まりだった。


「少し落ち着かせてね」


 大きく深呼吸をしてから、玲奈は重大な確認をした。


「ここは、KFCよね。ケンタッキー・フライド・チキンよね」


「えっ、違うよ。KFCは合ってるけど、チキンじゃないよ」


 もみじは平然とした顔で恐ろしい答えを口にした。


「ケンタッキー・フライド・コカトリスだよ」


 ファンタジーにうとい玲奈でも、コカトリスがどんなモンスターなのかは知っていた。


 鶏の体に、蛇の尻尾を持つ、モンスター。


(それじゃ、私が美味しいと思って食べていたのは……そして、今この手の中にあるのは……)


 ゆっくりと視線を、持っているピースへと向ける。


 少し玲奈が齧ったことで、衣が剥がれて中身が姿を見せていた。


 それはもう、ええそれはもう、立派な立派な、蛇!!! だった。


 しかも頭も落とさず揚げられているから、蛇の頭が口を半開きにして玲奈を白く濁った瞳で見つめていた。


「尻尾は頭もおいしいんだよね」


 もみじのアドバイスも、玲奈の耳には入らなかった。


「うーん」


 今回は悲鳴を上げる暇もなく、玲奈は意識を遠のかせる。


「ちょっと玲奈ちゃん、玲菜ちゃーーん!」


 ★


 どうにか意識を取り戻した玲奈と、もみじはKFCケンタッキー・フライド・コカトリスを後にした。


「KFCは全国チェーンだと思ってたけど、それはフライドチキンの方だったんだ。知らなかったなあ。玲奈ちゃん、びっくりさせちゃってごめんね」


 神妙な顔つきで謝るも、


「でも、蛇もおいしかったでしょ?」


 と悪びれもせず笑顔で言うもみじ。悪意がないものだから非常に、非常に質が悪い。


 そんなもみじの態度が、玲奈を余計に苛立たせた。


「じゃあね、次の場所は……」


「……よ」


「え?」


「もうたくさんって言ったのよ!」


 半ば叫ぶようにして玲奈が言った。


「雑貨屋も、ペットショップも、KFCも、全部全部、普通じゃなかったじゃない!」


「ごめんなさい。でもわたし、知らなかったから……」


「そうよ。もみじ、あなたは知らなかったのよ。あなたはあくまであなたにとっての普通を紹介してくれただけ。問題は、この町の普通が私にとってはまるで普通じゃないってこと! この町の異常さが、極まってるってことなのよ!」


 感情を爆発させ、玲奈は続けた。


「わたしは駅に戻るわ。そのまま電車に乗ってこの町を後にする。2度と来ないから!」


「えっ、それじゃ学校は? 玲奈ちゃんは明日からうちの高校に来るんでしょ?」


「転校の話は断固として断ることにするわ。遠い親戚でも頼って、どうにか他の高校に通えるようにする。そこがどんな高校であろうとも、こんな町の、おかしな高校よりはずっとマシなはずよ!」


 さらに玲奈は叫んだ。


「この町は、私が足を踏み入れていい場所じゃなかった。私みたいな普通の人間が、住めるような場所じゃなかったのよ! もみじ、あなたみたいな感性の異常な人だけが……」



 そこで玲奈はハッとする。さすがに言いすぎたと思ったのだ。


「とにかく、無理って言ったら無理なのよ!」


 玲奈なクルリともみじに背中を向けると、小走りに駆け出した。


「玲奈ちゃん……」


 寂しそうな顔で玲奈の後ろ姿を見つめていたもみじだったが、あることに気付いた。


 急にあたりが霧がかって来たことに。


「霧だ。こんな時に歩き回ると大変なんだよね。玲奈ちゃんもじっとしてくれてると思うけど……」


 そこでもみじはある可能性に気付いた。


「ちょっと待って。もしかしたら、玲奈ちゃんの知ってる普通の霧は、わたしの知ってる普通の霧と違うとか?」


 だとすると、少々問題だった。


「大変! このままじゃ玲奈ちゃんが!」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ