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レインフォートレス  作者: RouTai
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第一話

1部過激な描写が含まれています。また、物理法則を無視した描写もあります。初めての投稿なので、誤字脱字不備等盛り沢山でお届けしますが、ご了承ください。

「…この断面は…」

彼女、プローシャは呟いた。

「何かあったんですか?」

私は手を止めて尋ねる。

「触るだけで解るが、断面の凹凸がナノレベルで存在しない。うちの合金盾相手にこんな芸当ができる武装なんざ限られてる。というか、私が知りうる限りでは現状6本しか存在しない。」

「…それって、まさか…」

「ありうる話だ。6本のうち1本は入手困難、1本は所有者ごと行方不明だからな。」

彼女と私の脳裏に浮かんだのは、黒刃のロングソード。そしてそれを持つ彼のこと。2年前の拠点防衛戦で崖から転落、落下予測地点周辺からは遺体どころか痕跡すら見当たらなかった。周辺を捜索するも、全く足取りは掴めず、行方不明者として手掛かりを探している状態だ。

あれから2年。有益な情報も掴めないままで時間だけが過ぎていたのに、なんで今ごろ…。

「まあ、あいつの性格を考えると、ここも危ないかもしれんな。」

部屋から出て彼女は言った。私も慌ててついていく。

「?どうしてそんなことが?」

彼との接点がほとんどなかった私。施設防衛の隊長クラスで、その理由が愛用していた黒刃で、それでなくても実力はトップクラスで、特権の濫用でほぼ仕事しないで気まぐれにフラフラして、でも面倒見が良くて…まあ、全部聞いた話なんだけど。

「残骸を残して様子を見る、回収班の後をつけて本陣に接近、潜入する。そのまま整備庫と武器庫を破壊、物資の運搬通路まで荒らして戻るのがパターンだからな。カッハハ。」

「…防衛の隊長ですよね?」

「戦力を削ぐことが結果として防衛になる、だそうだ。」

「正論に聞こえて、とんでもない暴論ですね。」

通路を歩きながら話してた時。突然警報が響く。

「まさか、な…。」

彼女は不敵に笑う。楽しみにしてるような、諦めたかのような。

『侵入者有り。現在B16区画を移動中と予測。付近の全職員は各自対応を。繰り返す。侵入者有り…』

「B16!?ここから3ブロック先じゃないですか!」

「万が一であって欲しいがな。邂逅したらここで止めるぞ。気を抜くな。」

「了解しました…。」

技術者であり臨時戦闘員である彼女と、その助手兼護衛としての私。ただし、戦闘においてはどの護衛より本人のが強い。っていうか格が違いすぎる。なんで私が施設で4番目に強い人の護衛なの。要らないでしょ正直。RPGで言うところのサポート役で回復とか補助とかするから防御優先で武器が中盤から変わんない的なポジションなのになんで護衛なの。とかそんなことを考えていた矢先、微かな衝撃音が聞こえてきた。

「ん、来たのか?」

彼女の声を横に、意識を切り替える。目を閉じて音を聴く。3ブロック先と言われた侵入者は、既に次のブロックへ入ったようだ。その次の扉の近くで、頭上の設備を破壊してるような音。接触音の少なさ。小さい爆発音。良く切れる刃物を持ってるようだ。少し重いブーツの音。男性のような足音リズム。リーチを考えると、170センチを少し超えるくらい。比較的軽装なのか。

「ふむふむ、なるほどな。やはり君は便利だ。」

音からの解析が全部独り言で出てしまうのが恥ずかしいけど、それが有益すぎるから誰も止めない。特技でも何でもない、むしろトラウマとでも言えるこんな能力。でも今は、必要としてくれる人が隣にいる。それだけで、私は救われる。

「君は自分の身を優先してくれ。相手次第では私で捌き切れる保証はできん。」

彼女が赤い刃のブレードを抜いた。血のように紅く、燃えるように赤く、目が離せないほどに朱い。現状の制作数はわずか6本、『鋼鉄や合金、軟部組織すらも紙のように切断するための武装』という目的のため、彼女が作ったブレードの1本、【ヴァーミリオン(仮)】。見た目の派手さもさることながら、武装としても規格外なのだが。

「…来たぞ。」

30メートル先の角に人影が映る。音もなく姿を見せたそれは、全身が黒い。音解析はほぼ正確で、やや細身だが締まった肉体、破れた黒の外套と、バイザーのような仮面までして顔が見えない。

双方が互いに認識した刹那、黒い影が突進してきた。その左手にはいつの間にか、黒い刃が握られている。狙いは彼女だ。迷いのない直進。30メートルが一気に詰められる。色が同化して見えにくい黒刃。その中段から。無音で高速の払い切り。しかし彼女はそれを赤刃で受け止める。その瞬間の彼女の顔には、驚嘆と興奮と憤怒が入り混じっていたように見える。

「…その技術、どこで手に入れた。」

彼女は問う。黒い影は答えず、代わりに連撃を繰り出した。常人には認識できない速度で繰り出される3連撃。赤刃は全て受け止める。更に繰り出される上段2連、からの横の連撃3回、更に上への切り上げと見せかけた下段一閃。慣れない方向からの攻撃を全てかわし、受け止め、軌道をそらして彼女は凌ぐ。

ふと、攻めきれない黒影が距離を取った。受けに回った彼女は構え直すと。

瞬間、黒刃が白光した。眩いほどの光を放ち、再び彼女に肉薄した。赤刃が受け止める。どんな仕掛けかは不明だが、あれはまるで…。

「…1つ、貴様に、教えてやる。」

彼女の声だ。怒りに震えている。5年も傍にいると、その理由も大体は理解できる。

「理論も、中身も、何もねぇ、猿真似の、ハッタリが、」

赤刃が一瞬揺らいだ。ように見えた。

「調子にぃ、」

まずい、目と耳をガードしなk

「乗るなぁァァァァァ!!!!!!」

赤刃も光る。多少離れていても赤刃の発光は目に優しくないばかりか、謎の爆発音まで伴う。私は知り得ないのだが、初期の頃は静かだった。でも派手さが欲しくなった。赤いしな!って。無駄な芸術性の追加は控えてほしい。

とか考えてる間に、黒影は距離を取り直、せなかった。バックステップに合わせて彼女が接近、低空からの切り上げを開始していた。驚きつつも反応する黒影。白い黒刃で受け止めようとして

「止まるかぁ!」

先端から3割ほどのところで切断される。赤刃はそこから無理矢理に軌道を変えて、黒影の右腕まで切り落とした。

更に襲い掛からんとする赤刃の狂人。が、黒影が袖から手榴弾のようなものを転がした。黒刃持ってるのに器用だ。いや、袖に仕掛けがあるように見える。本能的に彼女は動きを止め、距離を取り、不測の事態に備える。だが、手榴弾から出されたのは煙幕。この程度なら彼女の剣圧で飛ばせそうではあるが、動く前に黒影が先手を打つ。残った黒刃で壁を切り、崩れた場所から脱出していった。

「チッ、足落としときゃ良かったか。」

物騒な声と共に、赤刃の発光が収まっていき、ホルダーに納められる。

「今のってまさか…」

彼女の説明通りの行動、戦闘技術、それに、彼の代名詞のようなあの黒刃。偶然にしては出来すぎている。のに。

「いや、アイツじゃねーな。」

直接手を合わせた彼女はつまらなそうに吐いた。

「でも、何もかもが一致してるように見えますよ?彼だって言っても誰も疑わないくらいに。」

「1つずつ訂正しておく。まず潜入の仕方。アイツなら見つからん。警報の先にいるのは腹が立つダミーだけ。しかもそこから予測できるルートに来るはずがない。

次に黒刃。ありゃ粗末な2級品だ。大方実験用に作ってみたんだろう。オリジナルだとしたら、5回も受け太刀したら赤刃も黒刃も折れてる。なのにあんだけ打たれて、しかも切り落として赤刃が無傷?そんな話、あるわけない。

次は白光。本来は固有能力だの付加能力だのを引き上げるもんだが、上がったのは単純な速度と威力。つまりウチで配備されてる灰白の劣化コピーだ。

最後に、あの剣捌き。トップクラスの動きをコピーしただけの3流品だ。ホントに強い奴は姿を見りゃわかる。

以上の理由で、さっきのは捨て駒にドレス着せただけの高度なイタズラだ。」

散々な言い様だ。少し相手に同情してしまう。のだが。

「つまりそれって、別の場所に彼が侵入してる可能性があるってことですか?」

「理解が早いな。整備と開発のトップ狙いはダミー。来てるとするなら、本命は武器庫の方だろうな。」

すると、間もなく再び警報が鳴る。

『武器庫にて襲撃の痕跡を確認。施設内の人員は警戒を。』

「うわぁ…」

「相変わらず、コミュ障みてぇな行動パターンだ。」

武器庫はC13区画。ここからは反対方向だ。逃走に施設内を通るはずもないので、私たちは悠長に行動分析しながら研究室に戻った。


「以上が全体の被害報告となります。」

事務員の男性が緊張した様子で報告書を読み上げた。C区画の施設の1部が破損、1部外壁の損傷(私たちのところだ)、D区画は武器庫を中心に80%が崩壊、侵入経路の1つと見られるE区画も1部損傷、居住のL区画と待機・哨戒等で戦闘員が多いB区画、事務及び指令部のA区画は全く被害なし。人的被害は転んだとかぶつかったとかの軽傷者数名で、重症以上はゼロ。

「まずは武器庫及び技術部の再整備と補充だ。施設の警備も増員。防衛機構の見直しも必要かもしれんな。して、襲撃者の情報について何か知ってる者はおるか?」

司令の声が響く。彼女は真っ先に手を挙げた。

「襲撃者ではないですが、C区画の侵入者1名と交戦、赤刃の使用及び一時開放により撃退しました。」

会場内がわずかにザワつく。実戦で彼女に赤刃を使わせて、排除や処分(つまり死亡)ではなく、撃退(生還)という結果はそれだけで奇跡に近い。しかし、間もなく会場の喧騒はより顕著になる。隣の私は確信があった。

「侵入者は全身黒ずくめ、外套も黒く、恐らくは電磁保護迷彩等を使用していたことが推測されます。身長は170センチ中盤、使用していた武装が黒刃に酷似していたことから、2年前に行方不明となった、元防衛隊特別隊長『ケルヴィン・ノワール』の関与が疑われます。」

予想通りだ。より大きなどよめきとともに、戦闘部、管理部、司令部が口々に話している。そんな中、戦闘部の指揮官が口を開く。

「黒刃に酷似、と言うが、それは本物じゃない、ということかな?」

「製造した私が断言します。あれはオリジナルではなく劣化模造品、レプリカです。逆に言うと、そのくらいの技術は漏洩してしまった、と言っても過言ではないでしょう。」

「ならば、そのレプリカと我々の銀刃、同じ技量ならどちらが勝てる?」

「同じ技術レベルなら、まだ銀刃の方が有利です。が、これまでのような圧倒的な有利とはいきません。また、レプリカの黒刃は白光の技術も使用していました。これの効果と代償については現在技術部の方で解析・検証しています。」

「そうか。ついでに聞こう。通常配備されてる銀刃について、改良の余地については?」

「隊長クラス以上では随時カスタムを実施しておりますが、ベースとなる銀刃自体に関しては比較的高いバランスを維持していると自負しています。もちろん、開発・製造に3倍の予算がつくなら、3倍良いものができるのですが?」

「人員や食料も含め、他を削りすぎると中から不満が爆発しかねない。そうでなくても多少の不満はあるようだしね。バランスは大事だ。」

「ご理解頂き恐縮です。」

ホントにあの指揮官は優秀だし、彼女に関しては女狐だなーって思う。3倍無くても作るくせに。しかも一点物。こないだ設計図落ちてたし。それに比べて、あの指揮官。聞きたいことを聞きながら、全体の気を引き締める言葉まで引き出した。開発と改造に夢中な戦闘狂が、基礎性能での有利はギリギリと言った。それがどれほどの意味をもたらすか。

「加えて、E区画の侵入者については、切断した黒刃レプリカの1部、同じく切断した右腕を保管、急ぎで解析しています。何かわかり次第、各部の長に報告させて頂きます。以上です。」

「おい待て、その報告は聞いてないぞ!」

戦闘部のもう1人の幹部が叫ぶ。かなりゴツい体格。立ち上がった拍子に椅子が飛んだ。大きな音はあんまり出して欲しくないんだけど。

「報告書には記載しましたが、詳細を伏せていたのは事実です。が、残骸を回収しました、とだけ書いたところで解析のためにこちらに回されるでしょうし、貴方方が必要なのは現物よりも解析結果とそれに対抗する手段だと判断しました。何か訂正はありますか?」

冷静だが高圧的に彼女は答える。彼女も合わないのだろう。見るからに豪快で乱雑そうだし。

「…ふん、それもそうか。」

機嫌は悪そうだが、聞き分けは良いらしい。豪快男さんは大人しく座り直した。

「では、各員、警戒と復旧のほど、よろしく頼む。以上、解散。」

司令の一声で、会場から1人また1人と持ち場へ帰っていく幹部たち。書類をまとめていた彼女に、声をかける人物。

「先ほどは丁寧な応答をしてくれて助かった。そしてうちのがいつもすまないな。」

「伝えたいことは大体伝わったから、むしろ私が感謝したいくらいだ。デニスについてはまあ、仕方ない。」

「あの、2人は仲が良いんですか?」

「彼女と僕は同期でね。と言っても、僕のが年齢は上だ。でも立場は彼女の方が上。戦っても勝てない。」

「だがお前の、全体の戦局を見る力と作戦指揮能力は私には無いものだ。」

「文字通り、僕の生命線の技術だからね。気を抜くと指揮官がやられる。指揮系統が崩れ、大局での連携を失い、その場を切り抜けた結果、孤立して包囲され崩壊、捕虜として飴と鞭で搾られる…あぁ、考えただけでゾクゾクする…!」

「ああ言い忘れた、コイツは変なとこで興奮する変態だからな。近寄りすぎるなよ。」

「そーやって僕のイメージを崩すのはやめような。」

「事実だろう?」

「ふふ、否定はしない。」

(若干引くけど、なんか楽しそうだなぁ2人とも。)

楽しそうに話してはいるが、2人とも首から下では書類の整理や予定の確認をしている辺り、流石である。方や反応と結果を考えながら目の前を観察する戦闘狂、方や予測と観察を繰り返しながら最小被害で最大成果を目指す変態。あれ、そー考えると2人って似てる?

などと観察してたら

「それじゃ、明後日くらいにでも頼む。」

「ああ、茶菓子くらいは持って来いよ。」

荷物をまとめ終わって歩き出していた。私も慌ててついていく。

「まさか、改造依頼ですか?」

「その通り。しかも大量注文だ。」

「全部隊の、とか言わないですよね…」

「最終的にそーなるだろうな。まずは【ファム】の分。出来上がり次第部隊のランク順に。急ぎはしないが早ければ助かる、だそうだ。」

方向性は明後日まとめて持ってくるらしい。昨日の今日だ、戦力を強化するのは大事だけど…。

「施設の補修についてはもう始めている。パーツ交換で改造は再開できるし、量産の方も3週間で復旧するだろう。」

「それじゃ、帰ったら早速?」

「あぁ、頼んだよ。私は先約があって忙しいんだ。」

「…ぇ、そこで丸投げ…?」

ある程度は手伝う覚悟はしてたけど、いきなりそんな大量発注を1人で捌けって、パワハラに近いよね。



私たちがいるのはユーラシア大陸の西部。かつてはヨーロッパと呼ばれたエリアだが、資源戦争と呼ばれる世界大戦を契機に、世界大戦各国の機能は徐々に崩壊。1部の文化遺産周辺と、弱小国家と呼ばれて軽視されてきた地域を除き、北半球はほぼ崩壊。南半球も逃げ込んだ難民の影響で食料難が発生。ストレスが溜まった北民の暴動が先住だった南民の怒りを買い、処刑と称した虐殺まで行われてる地域もあるんだとか。

そんな中で、なんかのドラマにありそうな展開でこの基地を築き上げたのが現在のCEO。彼に良くしてくれたこの地域の先住者達に対して、居住区の1部フロアと、少し離れた別棟の居住区を提供した。その代わりに、施設の外周を大きく取り囲んでいる、ショッピングモールのような室内畑での農作業と、その更に外側にある人工牧場(広大だが一応室内)での牧草栽培および畜産動物の飼育を手伝うという労働を与えた。これにより、『地域環境再生施設』の建前を確保、先住者達の労働と居住を確保し、そのために必要な自己防衛施設として私たちの軍事施設がある。規模としては完全に建前だけど。

とか考えながら、居住区に繋がる通路を歩いていると。

「あー!クレアちゃんだー!クレアちゃーん!」

後ろから呼びかける声。クレアじゃなくてクレリアなんだけど、相手が子どもだから仕方ない。

「こんばんは。今帰ってきたの?」

「そーだよー!今日はね、牛さんといーっぱい遊んできた!」

「ふふ、牛さんもサルマと遊べて楽しかったかもね。」

「うん、バイバイしたらスリスリされちゃった!」

ちなみに牛は慣れてくると喉元や額をかいてほしいと寄せて来るらしい。かいてやるとヨダレが凄いらしくて、私は遠慮したけど。

「じゃぁ明日も会いに行かなきゃ、だね。」

「うん、明日もその次も、毎日行くの!」

よっぽど楽しかったのか、本当にキラキラした目を向けてくる。あぁ、本当にサルマは可愛いなぁ。とか尊んでると、ゆっくりと歩いてきた母親のハヤが追いついた。

「いつもゴメンね、クレリアも疲れてるのに。」

「サルマの元気な顔を見ると、何だか元気になれるから大丈夫。」

「でも無理しないで、昨日の今日だし。気持ちが疲れたらいつでも遊びにおいでね。」

「うん、わかってる。いつもありがとね。」

「お礼を言うのはこっちよ。サルマがこんなに元気なのも、私たちがこんなに平和に暮らせるのも、」

「あーだめ、それは言わない約束。私がいるのはハヤたちのおかげ、ハヤたちがいるのも私たちの努力の結果。その結果がサルマを元気にしてるんだから、つまり現状は私たち全員のおかげ。でしょ?」

「うん、そーだね、そーだった。よし。じゃあサルマ、クレリアと一緒にご飯食べに行こっか?」

「ホント!?いいの?」

「そーいえばそんな時間だったね。よし、一緒に行こっか!」

「やったー!」

そう言ってサルマは私とハヤの間に入って手を繋いだ。

「でも、ご飯の前に手洗いうがい、だよ?」

「はーい!」

私が促し、ハヤも嬉しそうに微笑む。

彼女は子育てしながら、サルマと一緒に学習室で勉強をして、空いてる時間でアロマを焚きながらマッサージをしてくれる、先住者の1人だ。似たような技術を持つ人たちでマッサージ用のエリアを作り、手作りのチラシで宣伝に訪ねて来たのが最初の出会い。その日に早速お願いして、2時間ほど全身をマッサージしてもらった。その間にお互いの緊張もほぐれたのか、あっという間に打ち解けた。帰り際には初対面だったサルマも迎えに来て、そのままサルマとも友達になった。以来、3人でご飯に行ったり、サルマと遊んだり。ちなみに旦那のラシードは先に体を洗ってから来るから、毎回途中から合流する。もちろん私は彼とも仲良しだ。念のため、彼の心はハヤ一筋。ハヤの親友は彼とも親友で、それ以上にはならない。名前負けしない素敵な性格だ。

「今日のご飯は何かなー?」

「サルマはね、ポトフがいい!」

肉になる家畜も育成してるけど、基本的には生命の尊さを重んじて、月に1回程度だ。タンパク源は鶏卵がほとんどで、取れる時期には豆も入る。でもそんなの子どもにはまだ難しい話で。

「ポトフ美味しいもんね。私は野菜のグラッセがいぃなぁ。ハヤは何が好き?」

「私はやっぱり、和食が1番かな。噛めば噛むほど野菜の旨みが増えてく味付けがいいのよね。」

旦那と一緒にご飯を食べたいハヤにすると、ゆっくり食べ進められる和食は最適なんだろうな。

そんな他愛もない話をしながら食堂に行くと、人集りができている。

「何かトラブルかな?」

「おぉ、クレリアか、いーい所に来た!ちょっと助けてくれないか!」

なんだろう、すごく嫌な予感がする。警戒して感覚をONにする。

「戦闘部とプローシャがトラブってんだ。3分待てば空いたのに、口喧嘩で10分は言い合ってる。おかげで近くに座りにくいし、結果後ろは詰まるしで、誰かが仲裁してくれないと…」

…はぁ、全く彼女という人は。

「わかりました。ハヤ、ちょっとサルマ借りるよ?」

「はいはい、サルマ、クレリアの言うことちゃんと聞くのよ?」

「はーい!」

呼びかけた男性に引っ張られて近くまで行く。ちなみにサルマははぐれないようにと抱っこしてる。さすがにちょっと重いけど、こっちのわがままで連れてる以上、この人混みで怪我させられないし。

その間に聞こえてきた言い争いの内容を整理する。待つのが嫌いな彼女が戦闘部にふっかけて、戦闘部が反発したところに強化の話を持ち出して話が拗れたらしい。やっぱりというかなんというか。

近くまで来たところで、引っ張ったおじさんが離れる。悪い、あとは頼んだ、な顔で。まったく、仕方ない。

「何やってるんですか。」

「見て、というか聞いてわかるだろう。こいつらが弁えないんだ。」

「弁えないのはあんたの方だろう!少し待てばいいだけなのにふっかけてきやがって!」

「ふっかけたんじゃない、交換条件だ。」

「んな一方的な条件は恐喝ってんだよ!知らねーのか!」

嗚呼、どっちもどっちだ。こーゆー時はイノセントな意見に限る。ので、小さい背中に手を当てる。

(サルマ、お願い。)

移動しながらサルマにお願いした一言。

「みんな、ケンカだめ!仲良く食べるの!」

小さい彼女の大きく真っ直ぐな訴え。完全に視覚の外から来た声に双方が怯む。

「む…」

「だ、だが先にコイツが…」

「仲良く食べるのぉ!」

再びサルマの大きな声。少し声が震え始めてるが、私じゃなきゃ気付きにくいレベルだ。

「…そう、だな。意地を張って済まない。大人しく待つよ。」

「あ、ああ、こちらも、大きな声を出して悪かった。それとお嬢ちゃん、ゴメンな。おかげで冷静になれた。」

「仲直り、した?」

「ああ、したよ。お嬢ちゃんのおかげだ。」

「うん!おじちゃん、いい子いい子!」

「はは、おじちゃんかあ…まだ若いつもりなんだがなあ」

苦笑いしながら、戦闘部の男性は席に戻った。そして彼女も、端に置いたトレーを取りに行ってた。たまーに子どもっぽいことをするんだよね。ま、一声かけておこう。

「子どもに怒られるなんて、まだまだだね?」

「あれは君の作戦か?卑怯だぞ。」

「大人気ない方が悪いの。」

「む…それはそうなんだが…」

「ほらほら、言い訳しないの。向こうでサルマも待ってるけど、一緒に食べる?」

「ありがたい誘いだが…うん、私も大人だ。ちゃんとお礼を言おう。」

「よしよし、偉い偉い。」

「君まで子ども扱いするか。」

「どーせ子どもにもされるんだから、予行演習ってことで。」

「…はぁ、まったく。」

そんなこんなで、結局サルマにも謝罪と感謝をし、予想通りいい子いい子され、4人で食事をしながら談笑し、遅れてきたラシードと彼女が入れ替わりになり、楽しい晩餐となった。ちなみに今日のメニューは大豆で出来た団子と根菜の和風煮込と、芋と葉物野菜のクリームスープ。冷めても美味しい和風素材が出てきたハヤは大喜びだったが、葉物が苦手なサルマが一生懸命食べて、遅れてきたラシードよりも完食が遅くなったのは彼女の名誉のために秘密にしとこう。

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