第32話 魔神
「お〜い、ライト君。お〜い。おいっ」
誰かが俺の名前を呼ぶ声がする。
聞き覚えのある女の声だ。
俺は目を開ける。そこには1人の女神が写った。
「あ、やっと起きたか。私を前に居眠りとはいい度胸だね、君」
「え、っと。クライシス、だよな? ここは……俺は一体」
俺がいるこの白くて何も無い場所、前にも何度か来たことのある神の世界のようだ。
「俺は確か……プルーネとかいう魔王の手下と戦ってたはず」
確かに覚えている。俺はプルーネと戦っていた。そして俺は勝ったのだ。だが俺の中には、妙な違和感と、とてつもない疲労感が残っている。
「まあ色々聞きたいこととかあると思うけど、まずは私達の話を聞いてくれるかしら」
「話って……」
「多分だが、ライトの坊主が知りてがってるもんだと思うぜ?」
ひょっこりと、クライシスの影からベイトさんが姿を現した。
ベイトさんを見るとどこか安堵感がある。
「……あの時、プルーネを殺したのは俺じゃない。いや俺なんだが、正確には俺じゃない」
どのような言葉を選べばいいかわからない。それがこれほどまでに悔しいとは思いもしなかった。
「多分それは貴方の中にある憤怒の塊。又の名を魔神シリスロギア」
「シリスロギア……」
「簡単に言うと、中にいる魔神とライトの坊主が入れ替わったって訳だ」
入れ替わった。確かにその表現は正しいと思う。あの瞬間、俺はそこにはいなかったのだから。暗闇の中で見ていただけだったから。
「俺の中の……魔神」
自分の中に誰かがいる。そんなふうに感じたことは今まで一度もなかった。姿形が分からない何かが自分の中に。俺は、こんなにもおぞましいと感じたのは初めてだ。
「まあそう言われても直ぐには理解できないわよね」
クライシスはそう言って、何も無い俺の目の前に1つの椅子を出した。
そして俺はしばらく2人の話を聞いていた。
俺のあの黒い痣は、魔神の力が漏れだしたから出来たものらしい。だが、俺の腕がミオンの魔法を吸収したあの出来事。あれは魔神の力ではなく、ミオンのものらしい。
「彼女も特別でね。言うなれば龍の琥珀って感じかな。君の聞いた声とやらは彼女の物だろうが、とうの本人は記憶にないだろう」
「龍の琥珀ってどういう意味だ?」
俺がそう聞くとクライシスは首を横に振った。「わからない」という事だろう。
「ごめんなさい。神とて世界の全てを知っている訳では無いし、過度に人間を手助けするわけには行かないの」
クライシスは申し訳なさそうに頭を下げた。
ベイトさんもなんとも言えない表情をしていた。
俺は二人の顔を見て、なんと言ったらいいか分からなかった。聞きたいことはあらか聞いたし。
俺は帰ることを二人に告げた。どうせ長居は出来ないし。
「ライト君、君に渡したいものがある」
「渡したいもの?」
「ああ。これから魔王軍との戦いが続くだろうから、新しい剣を君のアイテムボックスに入れといた」
渡したいものっていうか、もう強引に渡されてるし。てか人のアイテムボックスに干渉とか出来ないんじゃないのか? ガバガバすぎだろ。
「きっと気に入ってくれると思うよ」
「まあ助かった。また何かあったらよろしくな」
そして俺はこの世界から姿を消した。
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